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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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クッチマム (3)

 クッチマムは目を閉じ、そのままそこで動かなくなってしまいそうに思えた。タイラはふと心配になり、

「クッチマム様!」

 と声をかけた。

 びくん、とクッチマムが目を開けた。

「今日、このまま馬に乗ってジル駅までお帰りになることができますか?」

「う。帰らなければ…」

 と立ち上がると、めまいを起こしたのか、クッチマムはよろけ、ソファにつかまった。

「どうぞ、今夜はここでお過ごしください。明日陽が上ってからお出かけになった方が良さそうです。そうすれば、明るいうちに帰り着くことができるでしょうし」

「だが…」

 と言いつつもクッチマムはまたソファにドカリと座り込み、ふうっと長い息を吐いた。

「スヌカに何か食べさせなければ…」

「スヌカ?」

「ええ。馬です」

 新たな好奇心がタイラの中でむっくりと顔を上げた。

「わたしが餌を差し上げます」

「いや…。スヌカは人見知りをするのです。少しお待ちください。一緒に参ります」

 と言い、またクッチマムは眠ったように静かになってしまった。

 タイラはキッチンへ行き、ミント、ラベンダーなどの乾燥した葉で、また新たな濃い目のお茶を淹れた。

「ち」

 とズールがそれをのぞき込んだ。

「さっきのお茶も充分おいしかったし、お客人の疲れをほぐしはしたのだけれど、あの方はもっと疲れていらっしゃるようなの。あなたのお茶に文句があるわけではないのよ」

「あ」

 とズールが笑ったようだった。たぶん、それはロミファとタイラにしかわからない笑いなのだけれど。


 タイラは新しいお茶を少し甘くして、ブドウ酒の蒸留酒を数滴加え、クッチマムの鼻先に持って行った。

「う」

 とクッチマムが目を開けると、

「さあ、これを一口」

 とそのお茶を勧めた。

 その一口がクッチマムの身体のすみずみに沁みわたるのが、タイラにはわかる気がした。クッチマムはカップを置くと、両手で顔をこすり、

「さて、とにかくスヌカを見に行かなければ。わたくしが元気になっても、スヌカが疲れていては行きつけない」

 と、立ち上がった。

「何をあげればいいですか?」

「そうですね、飼い葉か、リンゴ、ニンジン、角砂糖」

「お砂糖はあるし、カラスの巣のためにいつもやわらかい干し草、藁などを用意しています。それで大丈夫かしら」

「充分でしょう」

 タイラは馬を見たことはあったが、あまり近寄ったことがなかったので、なんだか心が弾むように楽しくなっていた。


 クッチマムがスヌカの鼻先を布でさすっている所に、タイラは半分乾燥している干し草と角砂糖を持って近づいた。

「おや?」

 とクッチマムがびっくりした。

「あ、ごめんなさい。音もなく近づいてしまって、びっくりなさったでしょ?」

「い、いや。スヌカはあなたのことが好きなようです」

「え? そんなことがわかるのですか?」

「おかしいな。ご婦人だということは関係ない。スヌカはだいたい初めて会う人に対しては目をむき、顔をそむけようとするのです」

「まあ。うれしいわ」

 タイラはクッチマムのまねをして、スヌカの鼻先に手を伸ばした。

「ははあ。わかった。あなたは乗馬をなさるのですね?」

「いいえ」

 タイラはうっとりとスヌカの顔に自分の顔を寄せた。

「そうだ。乗馬を教えて下さいますか?」

 とタイラがクッチマムの方を向くと、クッチマムは心底びっくりしているようで、

「本当に乗ったことがないのですか?」

 と聞いた。

「ええ。もちろん」

「わかりました。では、やはり今晩はここに泊めていただきます。明日、一緒にスヌカに乗って、ジルまで参りましょう。丘に乗馬の練習をするのにぴったりの場所があります」

 今度はタイラがびっくりした。

「え? そんな…」

「そうすれば、ジャスミン様のご様子を見ていただけるし…。きっとあなたなら、何かおわかりになるような気がする」

 タイラの脳裏にはまず、今寝ているロミファの姿が浮かんだ。少しの間でも一人でここに寝かせておくのは心配だった。

 でも、きっとロミファはタイラが好きなように、自由に過ごすことを望んでいるだろう。いつだってそうだった。

「わかりました。明日、ご一緒します」

 と言ってしまうと、タイラの胸に、楽しいという気持ちが沸き上がってきた。ロミファが寝ているというのにそんな風になれるなんて。そんな気持ちを抱くことを罪深いことのように感じ、目を伏せた。


 客人が宿泊できるように、ルーズと客間を整えながら、タイラはルーズに言った。

「明日、あたしもクッチマム様と一緒にジル駅まで行くことにしたのだけれど、ルーズ、あなた一人で大丈夫?」

「あ」

「ありがと」

「な」

「行ってくるわ」

「あ、そでええ」

 それは、「そう、それでいい」ということだった。

 タイラは子どもの時にもどってしまったように、弾んでくる心を押さえ、ルーズにほほ笑んだ。


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