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クロウ   作者: 辰野ぱふ
39/53

クッチマム (2)

 グアラから取り上げた鳩の足には、細い真鍮の筒がくくり付けられており、その中から細長い紙が二枚出て来た。

 その紙には

『ジルの領主 長きにわたり効く毒 ××年死去』

『もし、他殺の疑いあれば、マッカラム ジルムンドリドを疑え』

 と書かれていた。

「ジルムンドリド?」

 とタイラは考えた。確か今、マッカラム・ジルムンドリドがジル丘の領主のはずだが。

 まあどうせ自分とは関係がないだろうと思い、タイラはその紙は捨ててしまった。だが意味がわからない分、記憶には変に強く刻まれてしまっているようだ。

 それに、そのジルムンドリドと名乗る男が来るとは、なんだかできすぎた話しだ。


 ズールがお茶を淹れて持って来た。

「どうぞお召し上がり下さい」

 とタイラが言うと、クッチマムは心底疲れ果てている様子で、

「ありがたい」

 とカップを両手で包み、その温かさを愛おしむように一口一口飲んだ。

 タイラはつかつかとルーズに歩みより、ルーズの両肩をがっしりとつかみ、その目をのぞき込んで、

「ルーズ、お願い。外につないでいる馬にもお水をあげてちょうだい。バケツにいっぱい」

「おもた…」

 何か言おうとしているルーズの額に、タイラは自分の額を重ねた。

「わかっています。ルーズ。あなたは重さを感じないわ。きっとその水を馬にあげると、あなたの身体は暖かくなり、軽くなるわ」

 ルーズは「ち」と言いながら、しぶしぶ部屋を出て行った。


「ありがとうございます」

 というクッチマムの向かいに、タイラは座り直した。

「あの、失礼ですが…。ジルムンドリド様とおっしゃると、ジルの丘の領主、マッカラム様のご親戚すじの方でしょうか?」

「あ。はい。マッカラムはわたくしの兄です」

「まあ」

 タイラは用心深く一つ一つ言葉を探してみた。

「あの…、××年にお亡くなりになったというのは?」

「え? ああ。もう十五年も経ってしまったのですね。それは、父のジャスクールが亡くなった年です」

「ずいぶんと前のことなのですね」

 タイラはいつも母と客人とのやりとりを聞いていたので、いくつかの言葉の断片がつながり、引きずり出されてくるのを感じていた。

 タイラの好奇心は活動し始めていて、めまぐるしく、自分の記憶の中の言葉を探っていた。

「ジャスクール様は…。毒でお亡くなりになったのでしょうか?」

「毒?」

 クッチマムがあまりに驚いてタイラを見たので、タイラはたじろいだ。だが、そんな様子は見せず。

「ええ。わたくしどもは、たとえば、ご病気のような、身体を害する病変のようなことも毒と呼んでおりますので」

「あ、ああ。それでしたら。どうもマスカ様と父上は同じ病気だったようなのです。なるほど! そういう意味では、どこかでその毒がうつったと。そのように考えることもできるかもしれません」

「そうですか…」

「実はわたくしの母も同じ病のようなのです」

 タイラの頭の中では言葉と記憶が綾のように絡まりそうになっていたので、一言ずつ探るように言葉を探す必要があった。

「あの…、失礼ですが…。では、マスカ様というのは? あなたのお母さまではないのですね?」

「あ、はい。わたくしども、三人兄弟なのですが、皆、母親が違うのです」

「まあ。それでは、この先、クッチマム様のお母さまをここにお連れになるご予定ですか? どちらにせよ、もう母は誰のことも診ることはできないのですが…」

「い、いや…」

 クッチマムの疲労の色は濃く、今にも倒れてしまいそうだった。

「実は…。ジャスミン様という、その…。マスカ様のがお亡くなりになった後に、父、ジャスクールの奥様になられた方がいらっしゃるのですが。その…。ご乱心なのです」

「ご乱心?」

「え、ええ…。ジャスクール様の亡霊がジャスミン様をお訪ねになったと。で、その…。ジャスクール様の子どもを授かったと」

「まあ」

「それが、近くの、町医者を呼びましてそのことについては確認しまして…。それが…。本当にお腹の中に子どもが育っていると…。ジャスミン様の…」

 ここまで一気に話すと、クッチマムはまたソファに沈み込み、

「いやはや。ジャスミン様が夜な夜な高い声でお笑いになったり、歌われたり、踊られたり…、昼と夜が逆転するような生活になってしまいまして…。この数か月の間、わたくども、皆で心配していたのですが…。でも、とにかく…、先週、本当に男の子をお産みになったのでございます」

「それはとても不思議な話ですね」

「ええ。できればジャスミン様をここにお連れしたかったのですが、もう、馬車に乗っていただくこともできません。なんと申しますか、話が通じない状態になっておりまして…。ただ、赤ちゃんのことは愛おしんでおられ、気持ちが静まっている時には授乳をされましたり、抱きたいという意思はお持ちで」

「それはご心配でしょう」

「はい。ですから、わたくしがロミファ様にその様子をお話しして、今後どのようにしたらいいか、そのヒントを得るために参ったのでございます」

「それは…。残念でございますが、さきほどもお話ししましたように、今の母はお受けできる状態ではないのです」

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