ザルクール (1)
朝、明るい光、たくさんの人、真ん中、自分に似合わない言葉。
夜、暗闇、一人、端っこ、自分に似合っている言葉。
いつの頃からそんな風に思っていたのかはわからないけれど、ふと気が付くと、ザルクールはその自分に似合っている場所に住んでいて、人目を避けるように暮らして来た。
その生活はいつも満ち足りていて、欠けていることは何もなかったはずだ。
だが、その日届いた一通の手紙がザルクールに欠けていた何かを思い出させることになった。
それは、か細いゆうびん配達の男が持って来た。
人は必要な何かがここにあると思えば、探してやって来た。だが、ただ手紙が届くなどということは、初めてのことだった。
ザクはいつものように、見知らぬ男を警戒したが、ゆうびん配達の男は、人なつこい目をくるくると回して、しゃがみこみ、ザクに手を差し出した。
ザクは上目遣いにザルクールを見上げ、こっそりとシッポを振った。
その隙にザルクールは、そっと封筒を開け、中を覗いた。
中には紙が一枚入っていただけ。
『手紙を出す。
だから、たぶん、もうおれはいない』
たったこれだけが書かれた手紙だった。差出人のことはどこにも書かれていない。
だが送って来た人ははっきりしている。それは昔一緒に暮らしていた、双子の兄弟、ガラクールに決まっていた。
兄弟は、自分が場所を移った時には何かの形で知らせを送り合ってはいたが、最後にザルクールが先に知らせた『海、松林先、岬』という暗号のような言葉の並び、そのままの宛先で手紙は送られてきていた。
さて、最後にガラクールが知らせて来た場所は、どこだったか? それはあまりにも簡単だったので、どこかに書き留める必要もなかった。
『セロト、橋、下』
しゃがみこんでザクをなでている郵便配達の男に、ザルクールは聞いた。
「お若い人、この手紙はセロトから送られて来たのですか?」
「いいや、消印はスコロバになっていましたよ」
と言う。
「スコロバというのは、セロトの橋と関係がありますか?」
「ううん…。ないと思うけど…」
ゆうびん配達の青年はそう言うと、居心地が悪くなったのか、「では」と、帰って行った。
その背中が見えなくなるまで、ザルクールは扉も閉めず、入り口に立って考えていた。
どもうすっきりしない。
まったくいまいましいと思いながらもザルクールはそれを自分の目で確かめたくてうずうずした。
ガラクールはいつでも物事の要旨を簡潔にまとめ、自分だけが納得できる理由をとくとくと語る人だった。ザルクールはその言葉のすべてを受け入れることができず、だからといって何が違っているのかはわからず、解決しきれない考えのカスみたいなものが自分の中にたまっていく感じが嫌だった。
ガラクールとは一緒に協力し、作り、成し遂げた物もたくさんあったが、彼の言うことはいつもうさんくさく、反発を抱くことが多かった。
それは長年の間に二人の間に溝を作っていたようだ。自然に二人は違う方を向き始め、離れた場所で暮らすようになった。
だが、幼いころから長い間一緒にいたからなのだろうか? お互いの存在は自分の影のようにどこかにつきまとっていて、それを完全に記憶から消すことは難しかった。何かを考える時に、ふっとガラクールのことを思い出し、ヤツならどう考えるだろうか、と気になった。
そのガラがどうやら、この世から消えてしまったらしい。
ザルクールは重い腰を上げると、旅のしたくを整え、まず魚市場まで行き、そこからは人の好さそうな漁師を見つけ、馬車で海駅まで連れて行ってもらった。
「めずらしいね、え? 岬の人だろう?」
とその老人は言った。
「海に行きたいのだが…」
とザルクールは言った。
「駅まで? え? いいけど、まさか、犬も一緒に行くんじゃないだろうね」
「一緒だ」
その白髪の漁師はザルクールとは対照的な真っ白な髭をなで、ザルクールを駅まで送った。
ザルクールはもちろん、充分すぎるお礼を渡し、まぶかにかぶった帽子の下から顔は見せず、だまってプラットホームに立った。
時間を調べてもいなかったのだが、しばらくすると機関車が止まり、プラットホームに降りて来た車掌は青い目を目いっぱい開き、くもりのない満面の笑顔で、
「いやあ、すごい大きな犬ですね。すみませんが、客車には乗れません。貨物の方に乗って下さい。ここは終着駅ですから車両の点検をします。出発までまだ少し時間が必要です。でもどうぞ。車両の中に入っていただいていいですよ」
と一番後ろに続く箱型の車両を指さした。




