タイル工場 (4)
次に人でにぎわっている飲食店に入った。ジルビールというビールの酒場だった。
リクはまだお酒を飲んだことがなかった。
「ここのビールはうまいぞ」
と言われて、飲んでみることにした。
それは、今までに感じたことのない感覚になる飲み物で、気持ちが大きくなり、陽気になったような気がした。
そのほかに、鳥のもも焼、ジャガイモの揚げたもの、ラルクレの青豆ニンニク味というのを取ってみた。
おいしかった。
「さっきのペンダントはおまえが持っていたらいい」
とシャリオが言った。
「きっと値打ちものなのだ」
「本当だったら、金貨何枚になるのかな?」
「それはわからないけれど、ほかの石や装飾品だって、五枚以上になることはまちがいないよ。だけど、どうせオレたちみたいな弱そうなチンピラが売りに行っても、本当の価値の値段でなんかで売ってはくれない。タイル工場では新人ならひと月働いて金貨一枚だからね、まあ、五枚になったんだからすごいよ。それでいいことにしておこうぜ」
リク一人だったら、何もできなかった。シャリオに会えてよかった、と思った。
タイル工場に向かう馬車に乗ると、もう辺りは暗くなり始めていて、通りに灯がともり始めていた。
馬車の揺れに身をまかせると、またお腹の中がかき回されるような感じで、ビールを飲んだ後の感覚が呼び覚まされるようだった。
スコロバクードラ山は暗い影になっていて、そこに近づいて行くのはなんだか不気味な感じがした。
工場の敷地は区切られているわけではないけれど、働く人が住んでいる家が増えてきて、だんだん工場に近づいてくると、工場にもたくさん灯が揺らめいているのが見えてきて、山の下から山を照らしているような、不思議なきらめきのある場所に吸い込まれるようだった。
終点で降りると、ぼんやりしているリクに、シャリオがゲンコツを繰り出した。
シャリオは体形を変えずに、腕だけを動かしてリクをねらったのだけれど、リクは空気の動きでそれを察知してゲンコツを避けた。
「お。まだ、なまってないな」
とシャリオが言った。
「いつも殴られていたからな、何かがわかるみたいだ」
とリクは言った。
「そうそう。オレもそうだった。オヤジさんがいつも不意にゲンコツよこしたから、なんかどこかでゲンコツがわかるんだな」
「そうなのか」
「いいか、そういうことは、知らないうちに身についていることだから、ここに来ても忘れるな。オヤジさんのことは大嫌いだったけど、これはオヤジさんからの贈り物なんだな」
「おれ、別に嫌いじゃなかったよ」
とリクは言った。動かなくなったオヤジさんのなんとも言えない、悲しみに包まれた身体を思い出していた。
「ま、とにかく忘れないようにしよう」
シャリオはもう一度ゲンコツを飛ばし、リクはそれを器用にかわすと、自分も両腕を身構えて、右手を繰り出し、ゲンコツとゲンコツを合わせて、二人はフフフと笑った。
「じゃあな、また明日な!」
と二人はそれぞれの宿舎に別れて行った。
リクはこの工場が気に入った。




