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クロウ   作者: 辰野ぱふ
33/53

タイル工場 (4)

 次に人でにぎわっている飲食店に入った。ジルビールというビールの酒場だった。

 リクはまだお酒を飲んだことがなかった。

「ここのビールはうまいぞ」

 と言われて、飲んでみることにした。

 それは、今までに感じたことのない感覚になる飲み物で、気持ちが大きくなり、陽気になったような気がした。

 そのほかに、鳥のもも焼、ジャガイモの揚げたもの、ラルクレの青豆ニンニク味というのを取ってみた。

 おいしかった。

「さっきのペンダントはおまえが持っていたらいい」

 とシャリオが言った。

「きっと値打ちものなのだ」

「本当だったら、金貨何枚になるのかな?」

「それはわからないけれど、ほかの石や装飾品だって、五枚以上になることはまちがいないよ。だけど、どうせオレたちみたいな弱そうなチンピラが売りに行っても、本当の価値の値段でなんかで売ってはくれない。タイル工場では新人ならひと月働いて金貨一枚だからね、まあ、五枚になったんだからすごいよ。それでいいことにしておこうぜ」

 リク一人だったら、何もできなかった。シャリオに会えてよかった、と思った。


タイル工場に向かう馬車に乗ると、もう辺りは暗くなり始めていて、通りに灯がともり始めていた。

 馬車の揺れに身をまかせると、またお腹の中がかき回されるような感じで、ビールを飲んだ後の感覚が呼び覚まされるようだった。

 スコロバクードラ山は暗い影になっていて、そこに近づいて行くのはなんだか不気味な感じがした。


 工場の敷地は区切られているわけではないけれど、働く人が住んでいる家が増えてきて、だんだん工場に近づいてくると、工場にもたくさん灯が揺らめいているのが見えてきて、山の下から山を照らしているような、不思議なきらめきのある場所に吸い込まれるようだった。

 終点で降りると、ぼんやりしているリクに、シャリオがゲンコツを繰り出した。

 シャリオは体形を変えずに、腕だけを動かしてリクをねらったのだけれど、リクは空気の動きでそれを察知してゲンコツを避けた。

「お。まだ、なまってないな」

 とシャリオが言った。

「いつも殴られていたからな、何かがわかるみたいだ」

 とリクは言った。

「そうそう。オレもそうだった。オヤジさんがいつも不意にゲンコツよこしたから、なんかどこかでゲンコツがわかるんだな」

「そうなのか」

「いいか、そういうことは、知らないうちに身についていることだから、ここに来ても忘れるな。オヤジさんのことは大嫌いだったけど、これはオヤジさんからの贈り物なんだな」

「おれ、別に嫌いじゃなかったよ」

 とリクは言った。動かなくなったオヤジさんのなんとも言えない、悲しみに包まれた身体を思い出していた。

「ま、とにかく忘れないようにしよう」

 シャリオはもう一度ゲンコツを飛ばし、リクはそれを器用にかわすと、自分も両腕を身構えて、右手を繰り出し、ゲンコツとゲンコツを合わせて、二人はフフフと笑った。

「じゃあな、また明日な!」

 と二人はそれぞれの宿舎に別れて行った。


 リクはこの工場が気に入った。

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