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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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タイル工場 (1)

 スコロバ駅は、ジャム郡の東端にあり、昔はジャム・サ・シラと呼ばれていた。その後東北にあるスコロバドラ山のトンネルが貫通すると、その山を越えて続くサイカ郡へ至る緑のディーゼル車が走るようになり、サイカ郡への乗換駅にもなった。

 サイカ郡への線路がまだ引かれていなかったころには、山に囲まれた静かな村だった。


 スコロバの大きい建物はタイルで飾られた建造物が多い。プラットホームへの入り口にあるくぐり門、役所、寺、などが特に有名だが、スコロバ・サ・セロト大通りに並ぶ店もタイル貼りの店が多く、またこの大通りは砕けたタイルをモザイクにして舗装してあるので、タイルの町と呼ばれることもある。


 スコロバの塔は昔はタイルの焼窯の煙突だった。その時はねずみ色だった。すぐ隣にタイル工場があり、そこで働いた人たちはその窯の熱を利用した大きな公衆浴場で汚れと疲れを落とした。

 まだそこが工場として使われていた頃には、それ以外の建物はほとんど何もなく、工場の周りに、工場で働く人たちが住む住宅がぽつぽつとあり、ここは工場の従業員の暮らす村だった。


工場が栄えると、そこで働く人が増え、商店街ができ、町になっていった。タイル工場はどんどん拡大し、町での生活とは切り離されるようになり、南側の山のふもとに移され、スコロバの中心は繁華街になっていったが、タイル工場はもちろん今でもスコロバの原動力になっている。


 現在、煙突のほかには、公衆浴場の湯船だった所がそのまま残されており、花壇になっているが、周りに貼り付けてあるタイルはその当時の物だ。ここがタイル工場の町だったことを象徴するように、その後、煙突の外側にも、筒抜けになっている内側にも新たにタイルが装飾された。

一枚のタイルは三十センチくらいの正方形。白が基調の地に、紺、こげ茶、エンジなど深く落ち着いた色で模様が描かれている。

 幾何学模様が多いが、昆虫、動物、植物などの絵が描かれているものもある。表面に光沢のあるうわ薬が塗られ、つやつやしている。

 この塔はジャム郡では一番の観光名所になり、スコロバは今ではセロト駅に勝るとも劣らない人の出入りが激しい場所になった。


 しばらく塔を見上げて立ち尽くしていたが、リクは何かに気が付いたように、深呼吸した。そこにはセロトとは違った賑わいがあった。セロトでは何かに追い立てられでもしているように、もっと人がピリピリと動いていた。スコロバにはそれよりはのんびりとした空気が流れていた。

 リクは緊張しながらも、胸を張って、スコロバのタイル工場を目指した。


 タイル工場までは、ロッカに教えてもらった通り、スコロバ駅から乗合馬車に乗った。もう、昼に近い時間になっており、乗ったのはリクのほかに、老夫婦だけだった。

「ぼうず、観光かい?」

 と老人が聞いた。

「いえ、働きに来ました」

「ほう、どこから?」

「セロトです」

 と、隣に座っていた老婆が急にびっくりしたように、

「おやまあ。セロトだったら、働く所はたくさんあるだろうに…」

 と口を挟んだ。

「いやいや。スコロバのタイル工場なら、ちゃんとした宿舎もあるし、ちゃんと教育もしてくれる。若い人にとっちゃあ憧れの場所だ」

「だってあなた、それは昔のことでしょう?」

「なにを言っているんだ、まだまだタイル工場は栄えるぞ。わしだって、ずっとタイル工場で働いていたおかげで、今の生活があるわけだからな」

 リクはガタガタと馬車の揺れに身を任せながら、ぼんやりとこの老夫婦の話を聞いていた。

「でもね、お兄さん、今の若い人にはもっと魅力のある場所があるのよ。うちの息子たちだって、タイル工場に働きに行くのを嫌って、皆ほかの所に出て行ってしまったんですから!」

 と老婆が訴えると、

「おいおい。これから働く方に失礼だぞ。タイルはほかの所からもどんどん注文がきているし、建築業も盛んだ。まだまだ衰えん。ここの良さがわからない奴はほかに行けばいい。こうやってまた新しく働く若い人がやって来てくれれば、その人がスコロバを支えてくれるんだぞ」

 と老人が言った。

「まあ、そうですけれどね」

 老夫婦は終点の一つ前の停留所で下りた。田園風景の広がるきれいな所で、まるで統一されたように、同じようなタイルの屋根が重なるように並んでいて美しかった。


 馬車の終点で降りると、リクは背筋を伸ばした。

 工場の入り口で紹介状を見せると、入り口のすぐ横にある応接室でスコロバ家の親戚すじの、コラットという工場長と面接した。そして、リクに直接仕事を教えてくれるという、これまたスコロバ家の遠い親戚らしい、ジュレットという青年がリクを工場の宿舎に案内した。

「今日は、工場の中を見学すっからさ。荷物は?」

 と聞かれても、リクの持っているのは、オヤジさんが残した革の腰袋だけだった。

 リクはその袋を触り、

「あ、あの…、郵便はどのように出したらいいのでしょうか?」

 と唐突に言うと、ジュレットはなんだかやけにゲラゲラ笑い。

「やだなー。そんなの郵便局に行って聞いてよ」

 と言うのだった。


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