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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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リク (2)

 リクは一日、警察で保護されることになった。その間に数人の警官が穴ぐらの片付けを手伝い、オヤジさんの遺体をセロトの共同墓地に、ちゃんと埋葬してくれるということになった。

 ロッカと警官たちと穴ぐらに向かう間、リクはなんだかオヤジさんを裏切ってしまったような、重たい気持ちになってくるのだった。


 穴ぐらの入り口は、セロト橋のふもとから橋の下に入り込んだ所にある。そこには橋の工事の後残された道具や工具、残りの大きい積み石、中くらいの石、小さい石がいくつか積み上げてある場所で、入り口は大きい積み石の陰になっていて、かなり中に入らないと直接は見えず、わかりにくい。

 昔はセロト川の水がもっと多かったので、もっとわかりにくかった。

「こんな所から出入りしていたのか…」

 とロッカが念入りに入り口を確認しているので、なんだか、リクはドキドキしていた。

「まったく、ドブネズミ野郎とはよく言ったもんだ」

「ほんとだよ。ちょろちょろして、つぎつぎに子分を育て、自分はここで子分を働かせてたんだからな」

「まったくクズみたいなヤツだったな」

「クズねずみか?」

「ハハハ、そんなところだな」

 警官たちはそんな風にオヤジさんの悪口を言い合っていた。

オヤジさんはドブネズミを嫌っていたが、警官たちはオヤジさんのことをドブネズミと同じように思っていたのか。そう思うと、なんだかオヤジさんが可哀そうに思えた。

 それに、警官が穴ぐらに入って来ると、いかに橋の下のただの洞穴とは言え、自分のねぐらを荒らされるようで、心が痛くなった。


 それに、リクは今になってオヤジさんが言っていたことを思い出していた。

『リク…。おね…、がいが…、ある……。おれが、う・ご・か…なく、なったら、おれの、かわ…、ふくろの中。手紙を…』

 はて、手紙ってなんだったのか? 今頃になって急にリクは気になり、なんだかそれをロッカたちに見つからないようにしなければいけないのではないか? と思った。

 皆が穴ぐらに入り込み、ランプに火を灯し、あちこち探し始めると、リクは落ち着かない気持になってきていた。


 袋ってなんなんだ? とリクはオヤジさんがまだそに眠っているうように横たわっている、黒く湿った毛布の方を見た。

 オヤジさんの頭の所に革袋があった。いつもオヤジさんが腰に巻いていたやつだ。あの中にその、なんだか手紙が入っているのだ。きっと。

 リクはドキドキしながらも、それをさとられないように、こっそりオヤジさんの遺体に近づくと、音を立てないように気をつけながら、その革袋を自分の腰に巻いた。

 ロッカがギロリとそれを見た。

 リクの心臓は飛び出しそうになったが、静かに息を吸い、気持ちを落ち着けた。

「なんだ? その袋は?」

「へい」

 と言って、しまった、と思った。こんな時にオヤジさんの言葉がやけにはっきり蘇った。

「あ、は、はい」

 とリクは返事をし直した。そして続けて言った。

「これはおれの物なんです」

 ロッカはまだ鋭い目をじっとリクに注いではいたが、ふと目線を落とし

「そうか…」

 とだけ言った。

 リクはロッカに感謝した。今、この時にリクの言うことを通してくれた。この人は絶対にいい人だ。リクはその革袋を落とさないように気にしながら、警官と一緒に穴ぐらの片づけを手伝った。


 その晩、警察の留置場の横でリクは眠った。お湯の出るシャワーに入り、温かいスープとパンをごちそうになった。生まれて初めてちゃんとした建物の中で食事をして眠ったのだ。


 次の日、リクはスコロバのタイル工場で働けるように、ロッカに推薦状を書いてもらった。

「いいか、リク、おれの顔に泥を塗るんじゃないぞ。きっとおまえならやって行ける。いつも町で走り回っているおまえを見て来た。おまえはじゅうぶんに賢いし、すばしこいし、機転もきく。自分の力になるもの、自分のためになるものを見極めて、それを自分の物にするんだ」

 ロッカはスコロバまでの切符を買ってくれ、硬貨十枚をこずかいにくれた。

「どうせ、おれのことを覚えていることなんかないだろうが、何か困ったことがあったらやって来い」

 とロッカが言った。

「へい」

 と言い、またハッとして、リクは「はい」と言い直した。


 リクは腰に巻いた革の袋をしっかりと抑えた。そして、初めて黒のディーゼル線に乗った。

 機関車の窓から見える景色はおもしろかった。動くものに乗ったのも初めてだったし、なにもかもが新鮮で輝くように見えた。

 セロトを出発してしばらくは、レンガ造りの建物が並ぶ景色になり、田園風景が続くかと思えば、林の中のような所を抜け、また少し建物が見え出すと次の駅についた。そんな繰り返しをしていくつかの駅を過ぎると、だんだんスコロバの塔が見えて来た。


 その塔を見るのはもちろん初めてのことだったが、なんだか人の話の中に出て来たことがあったので、そんな物があるのだろうとはわかっていた。

 次に機関車が止まったら下りるのだ。

 ロッカは「寝過ごすんじゃないぞ」と言っていたが、窓の外を流れる景色を追うのに一生懸命で眠るヒマなどなかった。それにスコロバは終着駅じゃないか。

 リクはなんだかウキウキしていた。これからは自分の意志で、自分で進めることのできる新しい生活になるのだ。

 

 スコロバの駅に降りると、スコロバの塔はすぐ目の前にあり、実際に見てみると、リクの想像を超えていた。

「タイルってのはなんなのだろうか?」

 リクはそれさえも知らなかった。

 お日様の光の中で、光を反射しているその塔に見とれ、リクはしばらく立ち尽くしていた。

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