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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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ジルムンドリド家 (3)

 ぼうっと母の姿を見ているジャストランドに気が付き、ジャスミンはとろけるように微笑んだ。

「ジャス。あなた、マックとも親しいのね。お願い、今度マックに頼んで。私の所に顔を見せてくれるようにって」

 ジャストランドは、困ったように笑った。

「あの方の目の奥には、あなたのお父様が持っていらしたような強い優しい光があるの。ああ、ジャスクが生きていた頃は本当に毎日が楽しかったわ。いつもジャスクは私だけを見つめて下さったわ」

 ジャスミンは夢見るように言った。そして、悲しみに沈みこむように、その場にへたり込んで泣き出した。

「どうして、何もかも変わってしまったのかしら。ええええ、もちろん、私はお花に囲まれて、好きな時に好きな物を食べて、編み物をして、ハープを弾いて、あなたのような賢い息子に恵まれて、じゅうぶん幸せですとも」

「お母様」

 ジャストランドはなすすべもなく、ジャスミンのそばに傅くと、ジャスミンの手を優しく取った。

「ごめんなさい。ジャス。何が足りないのかわからないの。私はもう充分いろいろなものを持っていると言うのに。ジャスクのことを思い出すと、心に穴が空いてしまったようになるのよ」

 ジャストランドには何も返す言葉が浮かばなかった。

「ジャス、お願い。私の手を取って、お部屋に連れて行ってくれる? 優しく、王子さまみたいにね」

 ジャスミンはレースのハンカチで涙を拭い、無邪気に笑うと細い手をジャストランドに差し出した。

「はい、お母様」

 ジャストランドは、ランドンを厩舎につなぐと、ジャスミンをかばうように立たせ、部屋までうやうやしくエスコートした。


 ジャスミンの部屋に入ると、むっとユリの花の匂いがたちこめていた。その白に合わせて、ベッドやテーブルクロスも白になっていた。

「ねえ、ジャス、今日はここに泊まって行って、一晩中お話をしましょう」

 とジャスミンが言った。

「あ、お母さま…」

 とジャストランドはジャスミンの手優しく取り、テーブルの上に置いた。

「わたしは、今、マッカラム兄さんにお約束したのです。さっき鷹狩で射止めたウサギをクッチマム兄さんの所に届けなければなりません」

「まあ! なんてこと! うさぎなんて!」

 ジャスミンはウサギのスープを飲むことがあり、それはマッカラムが仕留めたウサギだったこともあったはずだ。だが、ただそれを知らなかったのだろうし、知ろうともしなかったのだろう。

「じゃあ、それを届けたらここに来て下さる?」

 と優しくほほ笑むジャスミンの目をまっすぐ見ずに、ジャストランドは言った。

「お母さま、わたしには勉強しなければならないことがあります」

「まあ、大きくなって、忙しくなってしまったこと」

 珍しく、ジャスミンは機嫌をそこねたようだった。

「もちろん、学校の勉強もありますし、マッカラム兄さんから、ブドウ畑と、ブドウ酒について学ぶように言われていますし、たしかに、忙しいのです」

 ジャスミンはぷいっとそっぽを向き、

「いいわ。わかっています」

 と言うと、また優しくほほ笑んで、

「でも、必ずマックには伝えてね。一度でいいの。ここに来て、お話をして欲しいと、お願いしてね」

「わかりました」

 ジャスミンの部屋を出ながら、ジャストランドはなんだかすごく頭が疲れてしまっているように思った。きれいで、かわいくて、純粋な母のことをいつも思っていたかった。だが、最近、ふと疎ましく思うこともあるのだ。

 ジャストランドは今、いろいろなことがわかっていく過程がおもしろかった。

 (しょうがない)とジャストランドは思った。自分が学習して積み重ねた知識は、いずれはこの家を助け、ジャスミンのことも助けることになるのだ。

 いつまでも母の相手をして遊んでいる時代は過ぎ去ってしまった。


 母の部屋からハープの音が聞こえると、ジャストランドは少しほっとした。

 だいじょうぶ、母はいつでも錆びず、古めかしくならず、何か自分を輝かせるものを見つけていくことができるだろう。


 ジャストランドは厩舎にもどると、ランドンの手入れを済ませ、その目を見つめ

「また明日」

と言うと、ウサギをクッチマムのいる給仕場に届けた。

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