ジルムンドリド家 (2)
クッチマムの後ろ姿をジャストランドは静かに見つめていた。今「楽しい」と言っていたけれど、楽しそうにしているのを見たことがないな、とジャストランドは思っていた。それとも? 楽しいと言っているのだから、あれが本当に楽しいことなのだろうか?
ジャストランドはランドンを厩舎につないで、艶やかなこげ茶色の背中を念入りに拭いてやった。ランドンはそれに答えるように、首をふるわせ、ジャストランドに何か言おうとしていた。
ジャストランドはランドンの白い鼻先をなでて、飼い葉を一つまみ口に持って行った。
ランドンはうれしそうにそれをもくもくと食べた。
「楽しい…?」とジャストランドはランドンに話しかけてみた。
「うん、楽しそうだな、ランドン。おまえは、ここが好きだな? わかるよ。ぼくと走っていると風になったみたいだ。風の中を走るのが好きなんだとわかるよ…」
そして、心の中で思った。
(クッチマム兄さんは、あれで、楽しいのだろうか?)
そこに灰色のスヌカに乗ったマッカラムがやって来た。葦毛の馬で、ランドンより年取っているけれど、丈夫でよく走る。
「おい、ジャス! ほら、鷹狩に行くぞ。お前も覚えておくんだ」
「はい」
ジャストランドは答えて、またランドンの背に乗った。
このところ、マッカラムはやけにいろいろ教えてくれる。弓矢、剣の使い方、馬の乗り方、障害の越え方。ジャストランドが何をしていようとおかまいなしに、マッカラムは気まぐれに呼びに来るのだ。
今のところ、ジャストランドはその誘いを一度も断ったことがなかった。それをさせない強さがマッカラムにはあった。それに、マッカラムの目を見つめると、吸い込まれるようになんでも肯定してしまう。そして、ジャストランドの心の奥の奥の方から、何かが呼び覚まされる。
それは何なのか? いつもわからない。だけれど、その何かは記憶の深い深いところに眠っていて、喉元までせりあがって来ることがあるのだ。そうすると、ジャストランドは息苦しくなってしまう。
そんな時、マッカラムの瞳はさらに厳しく強い光を持ち、ジャストランドに食い入るように注がれる。
「おいどうした?」
とマッカラムが聞く。だけど、どうしたのかはわからない。だから、やっと「なんでもありません」と答えるのだ。
マッカラムとスヌカの後ろを追いながら、ジャストランドはまた考えた。
(マッカラム兄さんはこれが楽しいのだろうか? うううん…。確かに楽しいのかもしれないけれど…)
ジャストランドはそんな思いを振り切って、スヌカを見失わないように、腹に力を入れて着いて行った。
二人はジルの丘で、鷹狩をして、野ウサギを二羽捕まえた。
「これは、クッチマムに持って行ってくれ。たのむ」
厩舎まで二人で走って帰って来ると、マッカラムは木の棒にくくった野うさぎを、ジャストランドに渡した。
「はい」
と、そこに庭に散歩に出ていたジャスミンが通りかかった。
「あら! マック! お久しぶり!」
その声で、マッカラムの表情が硬く凍ってしまったようになったのを、ジャストランドは見た。それは今まで見たこともないようなマッカラムの様子だった。
ジャスミンは薄いピンクのレースの日傘をさして、ゆっくりとこちらに近づこうとしていた。
「ね、たまにはお顔をお見せになって」
ジャスミンの声はいつになく、高く、空気をよく伝わっているように聞こえた。
マッカラムは下を向き、それには答えずに、スヌカを走らせた。
「マック! お願い! たまにはお顔をお見せになってね!」
そのすがるようなジャスミンの姿も、またジャストランドには初めての感覚だった。




