ムーニーのやおや(2)
その騒ぎの中、
「白菜を半分と、大根を一本、しいたけ五枚、リンゴを三個お願いします」
つんとすまして、静かな声がムーニーの耳に届いた。
タイラだ。
タイラはムーニーの八百屋に向かって左の横道からさらに左に入った、ドラ・サ・ミミュウの森の中を抜け、石山を上ったがけの上の黒の館に住んでいる。この店からは子どもの足では一時間近く歩かなければならない。
ドラ・サ・ミミュウの森は陰気で、暗くて、カラスが多くて気味が悪い。その先のタイラの住む館のまわりにもいつもカラスが群がっている。
(おやおや、いつも暗い子だこと)とムーニーは心の中で思ったけれど、口には出さなかった。タイラはマミリと同級生で同じクラス。学校でもちょっと変わった子としてみんなが一歩引いたところから見ている。
ムーニーはなんでもポンポンと口から思った通りのことを話して、いつも明るくガサガサしているけれど、タイラには気をつけている。自分の言ったことで、マミリがタイラのことを嫌いになってもいけない。
ムーニーはいつだって、皆が仲良く、和気あいあいとにぎやかに、楽しく過ごすことを願っているのだ。
「タイラ、お母さんの具合はどう?」
ムーニーはいつもよりは少し声の調子を落として、タイラに聞いた。
「いつもと同じようなものです。寝ています」
とタイラが答えた。
この子は病気の母親を抱えて、いろいろ世話をやいているといううわさだ。タイラの住む屋敷は「黒の館」とよばれるごとく、真っ黒で、タイラもまだマミリと同じ十一歳の子どもだと言うのに、黒のドレスを着こんでいる。ドレスはすっぽりと足元まで長い。
お天気が良くても肌を出していることはないし、日傘まで黒い。なんだって、いつも、黒、黒、黒なんだろう。母親が病気だからって、亡くなったわけでもないのに。そんなだから、タイラはこんなに暗い子なのだ。
「ねえタイラ、たまには、明るい服を着てみたらどうかしら? おばさんの家にね、明るい生地があるから、良かったら、今度、アキにたのんで、あなたにぴったりのドレスを作ってあげるわよ。とても軽い布なの。若い女の子にはすごくいいと思うわ」
アキの家は、町いちばんの仕立て屋で、どんな生地もその人なりの素敵な洋服に仕立ててくれる。
「けっこうです」
タイラは子どもらしくない、すました、つんとした、冷たい声できっぱりと言った。
「このお洋服は母のお下がりで、母がわたしと同じくらいの時に着ていたものです。とても気に入っているのです。ちっとも色あせないし。黒といったって、暗いといったって、いろとりどりの光る色が混じっています。よく見てください」
ムーニーはムッとした。本当に生意気な娘だこと。ああいえばこう言う。それも顔色一つかえずに、すまして、ナイフで切るように。
ムーニーがじっとその洋服を見ると、たしかに生地はとても高級なものと見えて、金銀の光沢がかくれており、日の光によっては地味にではあるけれど、宝石のような赤、白、黄色、青、緑などの光がキラキラと浮き立って見える。でも、結局は黒い色の中に埋もれてしまう。
(まあ、いいさ。いろいろな趣味の人がいるものだからね)ムーニーは心の中で思った。タイラのことを少し哀れにも思っているのだ。この年で家のことをいっさいやっているといううわさだし、お手伝いの料理女も年老いていて、この頃はお使いにさえ出て来ない。
「じゃあ、この青豆、おまけしておくよ。これね、ラルクレが新しく作っている豆なの。ほかのお店じゃあ売っていないのよ。スープにすると、とてもおいしいよ」
タライはちょっと困ったような顔をした。でも「ありがとうございます」と言って、ムーニーから野菜の袋を受け取った。
ジャニ、ドニ、バリーはいつもだったら騒がしいのに、部屋のかげからそっとこの様子を見ていた。そして、たがいに肘でつつきあって、「見た?」「見た?」と言い合った。
なんせ、タイラは変わった子だから学校のほかの学年の子も、そばには近づかないでそっとどこからかかくれ見ては、うわさをしあっている。
「ねえ、知ってる? タイラって、カラスを連れているんだぜ」
ジャニが言った。
「そんなこと、だれだって知ってら。だって、タイラが動くたびに着いてくもんな」
とドニ。
「そうなの? そうなの? ほんとなの?」
まだ学校に行っていないバリーは知りたくて知りたくてうずうずする。
「あんたたち、お客様のこと、いろいろ言うのはおよし」
マミリがぴしゃりと釘を刺す。
「ね、マミリ、タイラと同じクラスでしょ? 授業中に外にいるカラスは、みんなタイラのカラスなの?」
「知らない!」
マミリはぷいとそっぽを向いて
「いらっしゃい!」
お客様の相手をした。
実はマミリはあまりタイラが好きではない。同じクラスでもほとんど話したこともないし、話しかけても、チラリとマミリを見る目線が冷たい。返事も「ええ」「いいえ」とかそのくらい。短くて、さっぱりしすぎている。
マミリはムーニーほどは図々しくもなく、底抜けに明るいというほどではないけれど、でも、友達とは仲良くしたいと思っているし、学校では気持ち良く過ごしたいと思っている。
タイラは別に人にめいわくかけるわけでもないから、注意はできないけれど、話しかけてときどきカチンと頭にくることはあった。それにカラスたちは、本当にタイラのあとをくっついて飛んできているように見える。授業の間は騒ぎもせず、学校の大きなカシの木やクヌギや、窓から見える所に五、六羽は止まっていて、休み時間にタイラが動き出すと、カラスも飛んだり、カーカーと鳴いたりする。帰り時間には、タイラの後ろを着いて飛んで行く。一羽残らず。
そんなこと、あるだろうか? マミリはもう自分はすっかり大人の仲間になったつもりでいるから、何ごとも頭から決めつけてはいけない、と思っているのだけれど…、本当にそういうふうに見えるのだ。