地下の住まい (3)
次の日の朝、オヤジさんは起きて来なかった。ぐったりとして、天井を見つめていた。
「オヤジさん!」
リクは恐ろしくなって、そばによって見た。
「リク。おれはオヤジさんじゃあない。ロザモンという名前があった。だからロザとでも呼んでくれ」
オヤジさんは力がないのに、何かを一生懸命に話そうとしていた。
「おれにはふたごの兄弟がいた…。なんでもよく知っている人、いろいろ作れた人だよ…」
リクには返事の仕方がわからなかった。
ただ、お腹が空いてきていて、何か食べ物が食べたくてしょうがなかった。お腹がグルルルルと鳴った。
「おい。もう、おれは食べないぞ。ここにあるものは、全部食べていい。くさらないうちに食べろ」
とオヤジさんが言った。
「金貨も使え。みんなお前のものだ」
そしてしばらく目を閉じ、またぶつぶつと話し始めた。
「おれたちは何でもそろっていて、なんでもたくさんあるところにいたんだ。おれのオヤジさんは、本当のおれのオヤジさんで、おれたちは大きくなると、こわい大人がいっぱい働いている工房に働きに出されたんだ。おれたちはそこでまた新しい名前をもらった。ガラだ。こわかったけれど、いいこともたくさんあったな。だが、戦争が始まってしまえば何でもそこで途切れてしまう」
言葉がもつれているようで、意味がかき回されているみたいだった。
「ああ、あれが見たいなあ…」
オヤジさんは口をもぐもぐさせた。リクは今すぐにでも食べ始めたいところだったが、そのままオヤジさんを見つめていなければいけないような気がした。
「たくさん作ったんだよ…。音のする時計をな。からくりのしかけがある。時間が来るとな、兵隊が行進する。音楽はパイプのオルガンから流れる。バレリーナがくるくる回って踊るのも作ったな…。木こりが木を切って、鳥が歌うのもあった…」
オヤジさんの目はもう、ここの場所には焦点が合っていなかった。それは、どこに合っているのだろうか。夢の中なのだろうか。
「並んでいた。たくさん…。かなづち、工具、金属、ねじ、どれを使ってもいいんだぞ。物を作ることがどんなにすばらしいことか、おれは、今作らなくなってやっとわかった。あの場所がおれの天国だったと、ここに来てわかった。物が作れるということはな、夢のようなことだ。いろいろな人がやって来る。聞いたこともない遠い所からやって来たやつらがいたんだ。パイプのオルガンを仕込んだ人形を作りたいと…。おれたちが作ったあの人形は一番のできだったな…」
と、オヤジさんが目を閉じた。
「まぶしい…」
そう言うと、オヤジさんは、声をふりしぼるように、確かめるように一言一言をリクに伝えた。
「リク…。おね…、がいが…、ある……。おれが、う・ご・か…なく、なったら、おれの、かわ…、ふくろの中。手紙を…」
そこまで言うと、びくとも動かなくなった。
リクは、しばらくぼうっとしていたけれど、とにかく、何かを食べようと思った。オヤジさんがいつもいろいろ食べ物を取っておく、金属製の箱を見てみた。リンゴ、ビスケット、野菜のしんやら、雑穀など、けっこういろいろ入っている。
もうオヤジさんが動かないなら、それを食べつなぎながら、何かを探しに行かなければ。
すごくお腹が空いているというのに、何かを食べたいという気持ちがないのが不思議だった。リクは動かなくなってしまったオヤジさんをしばらく見つめていた。黒く汚れがしみついている毛布から、オヤジさんの手の一部が見えた。
リクはそこに触ってみた。まだほんのり暖かい。
「ロザ」
とリクはオヤジさんが今言っていた名前を呼んでみた。オヤジさんは答えなかった。
つぎにオヤジさんが言っていた新しい名前というのを呼んでみた。
「ガラ」
やはりオヤジさんは答えなかった。
「もう、動かないんだね」
答えがないのがわかっていながら、リクはおやじさんに話しかけてみた。
風が冷たかった。リクは身震いすると、自分の手足を確かめるように動き始めた。




