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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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地下の住まい (2)

「リク、こっちに来てくれ」

 オヤジさんがかすれた声で言い、リクは身を固くした。

「寒いんだ」

 「寒い?」もう、暑い季節が始まろうとしているのに? なにか変だ。それになぜ「来い」と命令しない? 

 リクは、身を固くしたまま、動くのをやめた。そのほうがいいような気がした。

「リク聞こえているのか?」

 なんだ、リク、リクって…。リクは目を閉じて、じっとその言葉の雨に耐えた。

「オレはもう長くないぞ」

 ギクリとした。

「うれしいか?」

 返事はしたくなかった。

「オレが動かなくなったら、足でけって、そのへんにころがしておけばいいさ、ふふふふ」

 オヤジさんの笑い声は不気味だった。

「ここには何人もの捨てられた子どもが来て、オレは、そいつらを育ててきた。りっぱに一人で生きていけるように、な。オレもそうやって育てられたからな。もっとずっとこわいヤツに。そのヤツがいてくれたらな。オレがどんなに優しいかがわかるのにな。残念だな。ふふふ」

 いったい、何を話し始めるのやら。一人でベラベラとしゃべる、その声をただの子守唄のようにして、リクは眠ってしまうことにした。

「あいつは鬼だったな。でも、鬼でもオレに食べさせたんだ。ふしぎだ。なぜだろう。食べさせるくせに、オレをこきつかい、いじめぬき、踏みつぶし…、そしてどんどん弱っていった」

 石橋の上を、馬車が通り過ぎたようだった。昼間はそんな音は聞こえない。夜が静かに広がっていることをリクは感じた。

「何人もの子どもが、オレを嫌い、お前の年くらいになると、ここを出て行った。それでいいんだ。自分が物を取ってきたら、自分の食べるぶんは自分だけで食べたいとだれでもそう思うからな、ふふふふ」


 リクはそれでふと思い出した。ここにいた少年のことだ。その少年シャリオはリクより少し年上で、リクが気が付いた時には、もうここにいた。そして、ふと気が付いたらいなかった。

「シャリオは、今、どうしているのだろう」

 と、リクはふっと言葉をもらした。

 オヤジさんは、そんな言葉にはちっとも気が付かなかったようすで、まだ一人でしゃべっていた。

「お前は、捨てられたんじゃないぞ、リク」

 これは、オヤジさんの口ぐせだった。また、その話か…、とリクはうんざりしてきた。

「白いレースを着た巻き毛のご婦人が、か細い手にお前をかかえてな、シャリオにおまえを渡したんだ。そのシャリオの後ろにオレは立っていた。ご婦人は泣いていたよ。きっとあれがおまえのママだ」

 (ふん)、とリクは腹の中で笑った。とんだ作り話だ。それとそっくり同じような話をシャリオから聞いたことがある。赤ん坊だったシャリオも白いレースを着た巻き毛のご婦人が連れてきたということで、その前にここにいた、もう名前も忘れてしまった男の子に赤ん坊だったシャリオを渡して行ったという話だった。そして、それがシャリオのママだと。


 ある時まではリクは、その白いレースの巻き毛のご婦人がいつか日傘をさして、優雅に、ここにリクを迎えに来てくれることを夢見ていた。ママってどんなものか、なにかすごく甘ったるい夢のようなものなんじゃないか、とリクは想像していた。

 だけど町に行けば、どこにも白いレースの巻き毛のご婦人がいて、そういうご婦人は、汚い物を見るようにリクをにらみつけたり、まったくリクがこの世に存在しないかのように無視して、つんとすまして歩いて行ってしまった。きれいな洋服を着たきれいな男の子や女の子の手を引いて。

 そういう子どもたちも、リクを蔑んだ目で見て、ご婦人が見ていなければ石を拾って投げつけてくることもあった。

 それに気が付いた時、知らん顔をするご婦人もいたし、「あらあらいけませんよ」などと言いながらもちっともいけないと思っていないご婦人もいた。


「子どもがたくさんいた時には、そうだな、七人はいたぞ。そいつら全部がここにいたんだ、想像できるか?」

 オヤジさんは、返事が欲しいのではない。ただ、そこにリクの影が必要なだけで、今、そっとリクがいなくなったとしてもそのまま話し続けるのだろう。そんな夜は、今までにもよくあった。リクはそのオヤジさんの言葉のひびきだけを子守唄のように感じとり、迎えに来てくれた眠気にからだをまかせることにした。

 オヤジさんもそのうち寝てしまう。朝がきたら、朝の気分に合わせて、また一日を始めればいい。


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