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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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タイラ (1)

 何年かの間に何人もの客人を迎えるたびに、ロミファは少しずつ弱っていき、暖炉のそばにベッドを置くようになった。


 タイラはすくすくと育ち、一人でよく遊び、よく笑い、木に登り、森を歩き、生き物を探すのが好きな少女になった。

「ママ、今日はね、リスがいたの。静かにしているとね、リスもあたしのことを探しているんだよ。木にね、サササーって登ったり下りたりできるの。じっとしているとね、木の一部になったように見えるの」

 タイラはその日見たこと、知ったことを楽しそうにしゃべり続ける。

「食べることができる若い芽を見つけたわ! ルーズに言ってやわらかく湯がいてもらう! それにね、芽の出たところが人の顔みたいに見えて、すごく楽しいの。ねえ、見てみて」

 森で拾った木の実、石ころを大事そうに抱えて帰り、自分の部屋に並べ、きのこや植物を調べ、種を拾い裏庭に蒔き育て、その一つ一つのことを細かくロミファに報告する。ロミファはそれをいつもうれしそうに聞いた。


 実際、タイラの話を聞いていると、ほんとうに楽しいし、ロミファの心の中に残ってしまう人の苦しみのようなものが、溶け出して行くように思えるのだった。


だが屋敷に客人が来るとわかると、その前日からロミファは緊張し、タイラを近づけなくなる。客人が屋敷から出て見えなくなるまでは自分の気配を消し、じっと部屋で息をころしているようにと教えられた。そして客人が帰った後も一晩たたなければ、ロミファの部屋には入ってはいけないと厳しく言われた。

でもタイラの好奇心は強く、応接室の隣からそっと客人を覗き、ロミファと客人の声に耳を傾けた。


「タイラ、また聞いていたのね」

 客人が帰った次の日、少し気力が戻るとロミファはタイラを呼びつけ、いつも悲しそうに言った。タイラはそのたびに目を伏せ「ごめんなさい」と言った。

「いいのよ。タイラ。それがあなたのしたいこと。知りたいことを知ろうとすることはだれにも止められない」

 ロミファは優しくタイラの髪をなでた。

 客人が来るたびにタイラの瞳は少しずつ暗くなり、陽気な笑いや無邪気な仕草は抑えられ、静かに澄んだ瞳でじっと物を見つめるようになっていった。そして言葉を発することが少なくなっていった。


 タイラに遊び友達はおらず、ある日、巣から落ちたカラスの赤ちゃんを拾ってきて育てるようになった。飛べるようになるまでは、自分の部屋で育てたが、大きくなってからは自然の中に返すつもりで、外で飼うことにした。

 家の裏庭に大きな鳥小屋のような金網張りのものがあったのだ。止まり木もある。何かの鳥を飼っていたのだろうか。

 タイラはそこをカラスの居場所にすることにした。金網を覆い尽くしていたつる状の植物を取り払い、転がっている朽ちた木々を拾って集め、雑草を取り、壊れている止まり木を直し、ほかに藁を入れた巣を作り、そこを整えると、カラスが集まるようになった。

 カラスがタイラの話し相手になった。

 カラスたちはタイラが餌を運ぶのを待ち、タイラの言葉や合図を覚え、その合図で木から木へ移って飛んだり、タイラが投げたものを拾い、持ってくるようになった。

 タイラはカラスにその日のことを話し、返事を促した。

 カラスの目は黒いただの光る石のようだったが、それでも木々や植物のようにじっとはしていない。今のタイラには動くものがおもしろかった。


 学校に通い始めるようになった最初の週に、タイラは学校には行かずずっと家にいたいと言った。

「だって、ママ、学校で教えてもらうことは、ちっともおもしろくないの。それに…、子どもたちがおもしろいと思っていることは、私がおもしろいと思っていることとぜんぜんちがうわ。何を話していいかわからないの」

 ロミファはベッドの中からタイラの手を取った。

「でも、タイラ。学校には行って欲しいの。人が集まるところにいるとね、ここにではわからないことがわかるの。この家の中だけのことではあなたには足りない。違うということを知って欲しいの。外に出るのよ」

 タイラは聞きわけが良かった。この日ロミファにたった一度そう言われてからは何も文句も言わずに学校に通った。


 ドラ・サ・ミミュウの森は昼でも薄暗くて気味が悪い。学校では「一人で入って行ってはいけません」と教えられる。わざわざ先生に言われなくても、なんだかいやな感じがするから、子どもたちはだれも一人でなんか森に近寄らない。

 でも、タイラはそうはいかない。その森に入って、途中からゴツゴツの岩の登り道をずっと歩いた先にタイラの家があるのだから。

それにタイラは相変わらず森が大好きだった。

 学校では言葉を習い、数字を習い、ロダモンドの地理や歴史、物の作り方を習った。でも森には言葉では言い尽くせない事の成り立ちが詰まっていた。学校から帰って森に足を踏み入れると、そこが自分の居場所だと感じた。そしてホッとするのだった。


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