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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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黒の館 (1)

 ロミファが赤ん坊を抱えたルーズと初めてドラ・サ・ミミュウの森の入り口に立った時、森の中には道の跡もなく、その奥の崖の上にある館は木々の中に埋もれるように見えるだけだった。おまけに、黒い雲が立ち込め、今にも雨が降り出さんばかりの空模様だったので、その一帯の色がなくなり、木々の分け目もわからなくなった。


 ルーズがタイラを抱いていたので、ロミファが先に立って、生い茂る草と大きな木々の間に入り胸丈ほどに伸びている細い木々を押し分け、切り分けて館の方に向かわなければならなかった。それだけでもうっとうしいのに、目の前に最初に立ちふさがった木に触ったとたん、まるでそれが合図にでもなったように、いきなり空が割れ、雨が降り出した。あっと言う間に皆はずぶぬれになった。


 やっと館の入り口にたどり着くと、ロミファの手は木々のささくれで傷だらけになっていた。館の鉄の門戸はさびかけて、半分傾いていた。その隙間から、三人は敷地に入った。門戸から館の扉までの敷石も草に埋もれていて瓦礫が落ち、ネズミ、蛇、虫たちの棲家になっていた。

 雨でぬれてすべりやすくなった敷石を踏み外さないように、蛇を踏んでしまわないように注意深く進み、やっと踏み石の最後の石を踏みしめると、その先には屋敷の扉まで石段があり、その石段を一歩ずつしっかり確かめながら上がるたびに、ゴソゴソと小さい生物が動き退散した。


 館の扉を開けるのがまた一苦労だった。

 ロミファはルーズの手の中にいたタイラを受け取り、大きいボストンバッグを開くと、その蓋にとりあえずの居場所を作って横たえた。タイラはぺちょぺちょと口を動かしていて、目の前で動く自分の手を不思議そうに眺め、その動きを追って時々笑い声をあげていた。蓋に当たる雨の事はちっとも気にしていない様子だった。

「タイラ、いい? 少しここにいてちょうだい。ママたちにはやることがあるの」

 ロミファがまっすぐにタイラの目を覗くと、タイラはしばらくロミファを見つめたが、また一人遊びにもどり、ぶぶぶと唇を鳴らしていた。

 ロミファはまずルーズを自分の前に立たせ、目を閉じさせた。

「ルーズ、あなたには力があります」

 ロミファはルーズの頭の上に手をかざすと、艶やかな、心の底に響く声で小さく続けてルーズの耳に囁いた。

「あなたには、物を解き明かす力があります」

 そうやって、ルーズの中に眠っている力を一つずつ集めては呼び覚ましていった。ルーズはただそこに立って、びくとも動かなかった。そうやってかけていったいくつかのまじないで、作業の準備が整うと、

「さあ、扉をあけましょう」

 と、ルーズの身体を扉にもたせかからせるように押し、ルーズは扉に額を当てた。

 ルーズの手は自然に動き、扉のノブを探り当て、その下にある鍵穴を探り、しゃがんでその穴をじっと見つめた。その穴の中もすっかり虫の棲家になっていた。ルーズは細い木の棒を拾い穴の中から邪魔者を取り除いた。鍵穴が通ると、その穴から中を窺った。

 ロミファは後ろからルーズを支え、ルーズの後頭部に自分の額を当てた。そして、首を傾げると扉の右下にあった石の灯篭の中を探った。ここも虫の棲家だった。朽ちた葉が湿ったベッドになっていて、ハサミムシやらみみずのようなものがたくさんうごめいていた。その中に鍵があった。

 ロミファにとって、ある特別な物を探すのは比較的容易な事だった。ことにこの館のことについては、小さい時に母や母の母、つまり祖母から時に触れて話を聞く機会があり、そのひとつひとつを鮮明に覚えていたわけではないけれど、記憶の中には秘密が隠されていることがある。

 物を探すという意志、扉と扉に触れたルーズ、ルーズが覗いた鍵穴、伝え聞いていた館のこと。それらのかけらが集まって鍵のありかを導いた。

 そして扉が開いた。


 館の中は乱されてはいなかったが、何もかもが古びていて、土ほこりや蜘蛛の巣に覆われていた。だが、扉が開き、外の空気が中に流れ入った瞬間に、そこは誰かを待っている場所になった。ロミファの気持ちにしっかりと応える温かさが残っていた。

「良かった」

 ロミファは心の底からそう言い、そこにへたり込んだ。

 ルーズはその気配で我に返り、あわてて、雨の中からタイラを引き上げてきた。そしてタイラを抱えたままロミファの横に座り込み、大きくため息をついた。

 しばらくそうやっていたら、タイラが泣き出した。

「おやおや、お腹が空いたのね」

 ロミファは立ち上がり、

「まず、キッチンを見つけないと」

とルーズに手を差し出して、ルーズもよっこらしょと立ち上がった。その日は、バッグの中に入っていた湿ったパンを皆で分けて食べ、一つ一つの部屋を確認して、裏の井戸を確かめ、とりあえずその日それぞれが眠る場所を整えた。

 次の日からは、ゆっくりとルーズの力を呼び覚まし、一緒に片付けられるところまで片付け、力尽きると休み、買い出しに出かけ、扉からの石段、その先の踏み石、鉄の門戸を直し、部屋の一つ一つの調度を確かめ、調度を直し、黒の館はだんだんに生活のできる場所へと変わって行った。


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