海辺の小屋 (2)
ある雨の日。
やはりザルクールは海岸線を歩いていた。小屋を出た時にはまだ雨は降り出していなかった。どうせそんなに大雨にはならないだろうと踏んでいたのだが、ほどなくして弱い雨が降り始めていた。引っ張っているかごには水はたまらない。だが、暗くてよく物が見分けられなくなってきた。もう寒い季節の始まりだったので、雨に当たって、身体がすっかり冷え切っていた。ザクもしょぼくれて、なんだか元気がなくなってきていた。
「やれやれ、今日はもう帰るか」
ザクの方を見ると、ザクもザルクールを見上げていて、クーと悲しそうな声を上げた。
「そうだな。今日はあたたかいスープが必要だな」
ザクはうれしそうにしっぽを振った。
ザルクールは出かける時には小屋に明かりをつけない。雨の日には月も出ないから、小屋に近づくとあたりは真っ暗だった。ザルクールはランプに火を灯し、それをたよりに歩いていた。が、小屋に近づいて行くと、小屋の入り口にぼんやりと黒い男が立っているのがわかった。
暗闇が好きなザルクールは暗い中でも影を見分ける目を持っていた。ザルクールは驚きもせず、何も見つけていないかのように、いつものように小屋に向かった。
「おまえがロジモンか?」
と、その黒い影が聞いた。
ザルクールはその男の声には答えず、身体で黒い男を避けると、ギロリと怖い目だけを向けた。ザクはうなって、黒い影に飛びかかる準備をしていた。
「ロジモンなのか? どうなんだ?」
黒い影が重ねて聞いた。
「さあな。だんな。人にものを聞くときには、まず自分の身分名前を明かしてからでないとな。人の所に訪ねてきて、礼儀を知らない輩には答えられねえな」
ザルクールはかごにランプを置くようにかがみ、置くと同時にそこに備えていた棒をつかみ、身構えると男をにらんだ。
「名前は…、明かすわけにはいかない」
と影の男が言った。
「じゃあ、何か見せるんだな」
黒い影はしばらく考えて、マントの下から、ピカピカ光る金貨を見せた。それはぼんやりした光のなかでもはっきりわかる。純度の高い金貨のようだった。
「欲しいものは?」
「毒」
「その金じゃあ足りねえな」
「ここは寒い、中に入れてくれ」
「それじゃあ、ここでマントを脱いでくんな。こわい物持っていないとも限らねえんでな」
黒い影は小屋の前に張り出した屋根の下で黒いマントを脱いだ。ザクは用心深く男を嗅ぎまわった。
「銃と剣は、ここに入れてくんな」
ひっぱっていたカゴをザルクールがあごで示すと、黒い影は仕方なしに、右足に沿って隠していた剣と、ズボンの中に隠していた銃をそのカゴに入れた。ザルクールの声は低く心の底にひびいてくるようで、その態度に隙はなかった。嘘は通用しないと直感したのだ。
ザルクールが小屋の扉を開け、いくつかのランプに火をともして暖炉に火をくべる間、黒い男は入り口で待たされ、ザクはまだうなって黒い男をにらんでいた。
「その椅子に座ってくんな」
ザルクールが言うと、男はテーブルを前にして、出口に近い椅子に座った。
「で、どんな毒だい?」
「味もなくにおいもなく、少しずつしっかり身体にたまっていって、ある時、一度に効いてくる毒。数年かかってもしょうがない」
「それを一度に売るわけにはいかないんで」
「どういうことだ?」
「いい毒は、効き目がずっと長持ちするということはないんでね。ここから持って帰ったら、少しずつ、最低でも三日に一回、なるべく早く使う。そして使い切ったらまた買いにくるんだね。
それにさっき持っていた金貨だがね、それではまあ三回分くらいの薬しか売れねえな。だけどな、この毒は飲んでいる本人はまったく気が付かねえ。少しずつだが、しっかり身体の芯にたまっていくんだ。だから金がかかってもしょうがないと思ってくんな」
男は少し考えた。
「しょうがないだろう」
男は納得して、金を払った。帽子を目深にかぶっていて、顔ははっきりとは見えなかった。でもザルクールは気にしなかった。どうせこの男はまたここに来ることになるのだ。
それに男はずいぶんと若い声をしている。まだ子どもといってもいい年齢に違いない。それをさとられないように声を落とし、威厳をもって接してはいるが、ふと出した手が小刻みに震えているのがわかった。
今ならザルクールの方が力があるだろう。




