海辺の小屋 (1)
バルメコ地方ジャム郡には二つの路線がある。一つは黒いディーゼル機関車が走る線。それは郡の西から東までを貫いて走っている。二つの線が交わった郡の中央、セトロ駅より西に二駅進んだ所に、マッカラム・ジルムンドリド駅がある。
もう一つの路線は赤いディーゼル機関車が走る線で、南北を貫く。北の終着駅がジャム・サ・ドラ。南の終着駅が海の駅だ。ここの駅には気取った名前はついていなくて、ただ「海」と言えばこの駅を指す。
だがその海の終着駅から海辺は見えない。海辺まではさらに一時間ほど歩かなければたどり着けない。海辺で取れた新鮮な魚介類は、終着駅と海辺との中間にある市場で取り引され、ここの間は馬車が行き来している。この魚市場は朝まだ暗いうちからにぎわっている。
この市場の先に、大きな海水浴場があり、水に入って遊べる暑い季節には人出がある。だが、それ以外は静かな場所だ。
その海水浴場から松林の中に分け入り、いくつかの松林を抜けた先に小さい岬がある。その突端、海辺に突き出した岩山に上った所に、ザルクールという老人が住んでいた。
ザルクールの小屋は石積みの頑丈な小屋で、海側は絶壁になっている。ザルクールはそこに毛足の長い大型の雑種犬ザクと一緒に暮らしていた。
小屋を入った所にキッチンがあり、頑丈な木でできたテーブルが置いてある。奥に二つの部屋があり、ひとつは寝室で頑丈なベッドが置いてある。もう一つの部屋には、たくさんの箱が置いてあり、壁には水を通さない透明な袋に入ったものがたくさん刺して飾ってある。ザルクールはここを宝の部屋だと思っている。
家もテーブルもベッドも家具も何もかも、岩山の石を掘り出し、海岸に流れついた材木を使ってザルクールが全部自分で作ったものだ。どこにもきしみはなく、どこも頑丈に作られている。
ザルクールは気候の良い時は漁師をしていて、ザクと船を出しては魚を獲りに行く。海の駅には漁師たちが住んでいる漁師町があるのに、そこを嫌っていて、市場で自分の魚を売りさばく時にだけしかそこには近づかない。ザルクールの住む岬の周辺にはザルクールの住む小屋しかなく、月の出ない夜は真っ暗になる。
漁師たちは、ザルクールを見ても黙っていて、話かけたりしない。ザルクールは一匹オオカミで誰の助けも借りず、誰からの情報も得ず、自分で自分の船を作り、風をはかり、天気を見て出かけて行く。一人で仕事をしているというのに、ざくざくと魚を水揚げすることもあるし、珍しい魚、大きく生きのいい魚を持って来ることもある。
漁師同士はけん制しあっていても、時には情報を交換するものだ。漁のやり方についても、教え合うものだ。だけれど、ザルクールは他の漁師の目を見ることもなく、ひっそりやって来て、ひっそりいなくなる。
ザルクールのことを良く思っていない漁師もたくさんいて、ザルクールがザクを連れて市場に入って行くと、ざわめきが一瞬静かになる。冷たい鋭い目を向ける者もいるが、ザルクールはいっこうに気にしない。
たぶん、ザルクールは寂しいという言葉を知らない。いつも一人でいることが似合っていて、ザク以外には話しかけるということもしない。
漁に出ない日、ザルクールは海岸線に沿って、ザクと何キロも歩く。その時には、かごにひもをつけて、引っ張って歩く。それは、ザルクールの楽しみの一つでもあった。
海岸線にはいろいろな物が流れ着くのだ。貝殻や魚、そのほかの海の生物の生きたもの、死んだもの、乾いたもの、海藻、木切れ、丸太、木の実、サンゴなどはもちろんのこと。ビンだの缶だの、コルク栓、水に溶けない袋、なんだかわからない陶器のかけら、ガラスのかけら、難破船から流れてきたと思われるような、箱、ドレス、時計、宝石、さびた剣、ページのかたまってしまった本、こわれた楽器、ランプ、釣り具、家具、家具のかけら、使い方のわからない機械、そういう機械の破片、とにかくありとあらゆるもの。
見る人によってはただのゴミだろうが、ザルクールは海岸線を注意深く観察して、何か気になるものがあると拾い、引っ張っているかごに放り込む。砂に埋もれていても、ザクが見つけてザルクールに知らせる。物の見分けがつく明かりがあるうちはとにかくどこまでも歩き、日が沈むとランプをつけて、小屋に戻って行く。
ザルクールは整理好きで、漂着物はいくつもの箱に分けられ、小さい物は透明袋に入れて整理されていた。また、鉱物に詳しく、薬作りの名人で、鉱物の他にも乾いた魚介類、海藻、木や草を粉にしたり、植物を煮出したりして、いろいろな薬を作る。そのうわさは静かに影のように伝わっていて、人知れずザルクールの小屋を訪ねる者がいる。探し物をしに来るものもいる。
松林を抜けた所に一軒だけある小屋だから、秘密を持ち、隠れてやって来る者にとっては都合がいい。




