第1章世間体を気にする男
「第0話 20歳の誕生日」
「3・2・1結衣お誕生日おめでとう!!」
一希の言葉の合図で私は幸せそうに揺れるロウソクの火を消した。
火を消すと一希はすかさず私にキスをした。
私は一希の愛情に包まれながら20歳になった。
「ありがとう!大好き!一生大好きだに!」
そんなことを恥ずかしげもなく言えるのが20歳なのかもしれない。
「第1話 出会い」
私は静岡県の浜松市という遠州弁が飛び交うとても気候温暖な町に住んでいた。
駅からは車で一時間程かかる山奥で、のどか過ぎるほど何もない町に育った。
私と一希は、高3の時に同じクラスになり、たまたま隣同士の席になったことが出会いのきっかけだった。
高1から高2にかけて、割と派手な遊び方をしていた私は、割と派手な友達とつるみ、割と派手な格好をして学校に通っていた。
成績さえよければ身だしなみについて強要されることのないうちの学校は、そういう生徒も少なくはなかった。
ただ私の場合は、どんどん勉強しなくなっていきせっかく進学校に入ったのに成績はどんどん落ちていった。
「こんな姿中学の先生みたら悲しむにー…」
とよく母に言われたのを覚えている。
中学の頃は、学級代表はもちろん、成績も優秀で、先生たちからも頼られ、クラスでもみんなに慕われる親自慢の娘だった。
でも、高校受験に疲れ、周りから頼られることをめんどくさいと感じ、『高校行ったらめっちゃ遊ぼう!』と常々思っていたことから、中学校を卒業と共に同じ高校に行く派手な子達とつるみ、髪を染め、遅くまで遊び、よく言う『高校デビュー』を果たしたのであった。
一希は、最初隣の席になったからといって特に話はしなかった。
うちは進学校ということもあって、どちらかというと真面目な生徒も多く、
一希はそちらの立場の人間だった。
顔こそシュッとしたさわやかな顔立ちだが、何もいじってない黒髪に、流行っているからしてるわけではない黒ぶちメガネに、体系はやや細めの文科系男子。更に無口で口ベタな印象。
小さい頃からずっと黒ぶちメガネをかけていることから影で『黒ぶち』と呼ばれているそうで私も自然と呼ぶ様になった。
当時の私からしたらまったく興味のない男。どちらかというと体育会系で、マッチョで積極的に話しかけてくれるようなスポーツマンイケメンが大好きだった。
(それは今も変わらない部分もあるが、それはさておき)
そんな彼が初めて私のことを気にかけてくれたことがあった。
春がおわり、梅雨のじめじめの中、毎日イライラしながら授業を受けていたころ。
私はもともと数学が大の苦手で、
苦手な数学ほど進むのが早く授業のスピードに全然ついていけなかった。
数学の先生には、ニックネームがついていて、たすきがけするときは必ず大きい声で「ここ!!たすきがけー!」と言うので、その『たすきがけ』という名前で呼ばれていた。
たすきがけは、とにかく喋るのも早いし、書くのも早いから、1時間に教科書の15ページくらい進むこともざらにあった。
全然ついていけないのに、最後に小テスト的なコーナーがあり、
10問くらいの問題を黒板にかき、先生が適当に当てたクラスメートが黒板の問題を解きにいく。
完全におてあげ状態だった私はいつも前の席の仲良しではないが授業の時だけ助けてもらう、ゆみちゃんという女の子に教えてもらっていたが、今日に限ってゆみちゃんは風邪で休み。
困っていたら、珍しく黒ぶちが喋りかけてきた。
「よ、よかったら僕のみるけ?」
声が少し震えてたような気がした。
「えっ?」
珍しく喋りかけてきたことに驚き、しばらく彼を見つめてしまった。
目は全然合わなかったが、青白く見える細長い指を震わせながら、私にノートを見せてきた。
ものすごくありがたかったので、思わず私は
「ありがとう」
ありがとうの後にハートマークが付く感じのトーンでお礼を言った。
黒ぶちの頬が少し赤らんで見えたのは私の自意識過剰の性格のせいかもしれない。
その日をきっかけになにかと黒ぶちにノートを見せてもらうことが増えた。
ゆみちゃんがいても、黒ぶちにお願いした。
黒ぶちも見せることが嫌じゃなさそうだし、
毎回見せてもらった後の「ありがとう」の後に頬が赤くなる感じが見たいというのもあった。
ちょうどその頃の私は母親に成績が下がったことをグチグチと毎日トゲをさすかのように言われ続けていて、
『高校行ったらめっちゃ遊ぼう!』と思っていたが、さすがに高3になって将来のことも不安に感じ、少しずつ勉強をしようという気持ちになっていた。
そんな私は、面白半分で黒ぶちに勉強を教えてもらおうと思い、紙に書いて授業中に渡すことにした。
『今度、休みに勉強教えて❤︎』
手紙なんて、普段もらったりするタイプじゃない黒ぶちは焦りながらその手紙を机の下で読み、更に焦りながら、その文字に大きい◯を付けた。
そして、また、あの青白くみえる細長い指を震わせながら、私にその手紙を返してきた。
すかさず私は電話番号を書き、『今日の夜9時くらいに電話して❤︎』と付け足した。
黒ぶちはそれを受け取ると、こちらは一切見ずにコクリと頷いた。
私はとにかく9時になるのが楽しみだった。
決してからかってるわけじゃないけど、黒ぶちが慌てる様はみていて気持ちがよかった!
単純に可愛らしかった。
「第2話 約束」
そして、9時になった瞬間電話がなった。
「もしもし」
わくわくを抑え、平然なフリをして電話にでた。
「あっもしもし、中野です。中野一希です。」
「あ〜黒…あっ中野くん!」
「あっ黒ぶちでいいに。みんなにそう呼ばれてるの知ってるだで。」
「そーけ!?嫌じゃないけ?」
「全然、僕このメガネ気に入ってるもんで。」
よくわからない理由だったけど、彼なりに気に入ってるならいいと思い、
「じゃあ黒ぶちって呼ぶに!」
「うん!」
電話だといつもの黒ぶちのトーンより声が明るく感じた。
顔が見れない分喋りやすいのかな。
「黒ぶちっていつも休みの日何してるよ?」
「えっ?百瀬さんは?」
「私は由香とか真理恵とかと一緒にカラオケとかだにー!」
「そーけ!ぼ、僕もそーだにー。」
「…なんで嘘つくよ?」
「えっ?」
「そんなタイプじゃないらぁ!」
「う、うん」
「本当は?」
「本当は、将棋…かな?」
「将棋?」
「うん、お父さんが将棋が好きだもんでたまに一緒に打ったりしてるだよ。」
「そーけぇ!いーら!古風で」
「でも、僕は将棋はもうやりたくないだよ!」
「…なんで?」
「友達とカラオケとか買い物とか行きたいだよ!」
なんでそんなこというんだろう?少しだけ悲しくなった…
黒ぶちらしい生き方で私は好きなのに…
「百瀬さんと行きたい…カラオケ…」
「えっ?」
微かに声が震えてた。
黒ぶちなりに、思い切ったこと言ったのかな…
少しだけドキッとした。
「いいよ。」
「えっ?」
「いついく?」
「えっ?あっでも、勉強しなきゃだら?」
「勉強なんていいら、私もカラオケ行きたいに!」
「本当?じゃあいつ行く?」
「んー明日予定あるけ?」
「えっ?ない!ないよ!なんにも!」
「そっかー!じゃあ明日お昼1時に街の花時計の前で待ち合わせでいいけ!」
街というのは、浜松駅のことで、浜松市民は浜松駅周辺に行くことを街に行くという。
「分かった!」
「じゃあまた明日ね!」
「うん!おやすみ!」
「おやすみー!!」
最後はワクワクを隠しきれなかった。
黒ぶちの声のトーンとか、照れる顔とか、もう一度思い出しながらベッドに入ったら楽しみすぎてほとんど寝れなかった。
「第3話 デート」
朝は母親の足音で目が覚め、サクッと朝ごはんを食べ、化粧をする。クマを隠す為にコンシーラーを塗り、薄めのチークをして、グロスをつけ、薄ピンクのワンピースをきて、わざと高めのヒールを履いて私は出掛けた。
うちは、山の真ん中に家があり隣に家が2、3軒しかない場所にある。
街に行く為には車で15分かかるバス停まで送ってもらい、そのバス停からバスで45分程行くと街に着く。
母にバス停まで送ってもらったが、あまりにも可愛らしい格好の私に、ニヤニヤして、
「デートだら?彼氏出来たけ?」
としつこく聞いてくる。
その茶化しを振り払うかのように車のステレオの音量を上げて歌っていた。
バス停に着くと、5分後にバスがきて、いつも通り整理券を取っていつも通りバスの一番後ろを占領した。
いつもだったらこの45分は睡眠に使う。
今日も寝てないし、寝ようと思っていたのになぜか黒ぶちの見たこともない笑顔が頭をよぎって全然寝れなった。
「次は鍛冶町、鍛冶町です。」
鍛冶町まできたらもうあと少し、もう着くと思ったら急にそわそわしてきて、鏡を取り出すと自分の顔が真っ赤な事に気付いた!
日差しが強かったせいだ!絶対そう!
このまま会うのは恥ずかしかったので、駅に着くなり、トイレに走り、顔を冷やした。
今まで恋をした事がないわけじゃない。
今まで彼氏がいなかったわけじゃない。
でも、なんでだろう?まだ会ってもないのに
、ドキドキが止まらなくなっていた。
いつの間にこんなに好きになっていたんだろう?
顔の赤みが落ち着いた頃、時計を見てビックリした。
12時30分だった。
どれだけ楽しみだったんだろう?
時間さえよくわからなくなり、ただ会いたくて急いででてきてしまったんだ…
もういいや、花時計の前に行こう。
先に着くのは自分の中のルールに反するけど…
花時計の前に着き、私はまたビックリした。
黒ぶちがもうそこに立っていた。
黒ぶちは真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。
いつから見られていたんだろう…
彼のそばまで行くと、とても可愛らしい笑顔で照れ笑いした。
さっき想像した笑顔よりも遥かに可愛らしい笑顔だった。
「早すぎるら?」
「百瀬さんだって…(笑)」
「(笑)カラオケ行く?」
「うん!」
私達はカラオケまでの道のりを微妙な距離を取りながら歩いた。
「百瀬さん!」
「えっ?」
「シュークリーム好きだら?一緒に食べるけ?」
カラオケがある大きい通りの手前の角に【クリームリーム】というシュークリーム屋さんがあって、街に来たらこれを食べるのが楽しみな女子は多い。
私もその一人だった。
その事を知っていたのか否か黒ぶちは自然と誘ってきた。
「食べたい!」
「すみません、シュークリーム2つください。」
爽やかにそう言うと黒ぶちはお財布から1000円出した。
「あっごめんよ!私も払うに!」
「いいよ!デートは男が払うもんだら。」
「…デート?」
その言葉に私は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
なんか悔しい。
私が黒ぶちの事をこんな風にさせたかったのに…
どんどん私が黒ぶちにハマっていく。
悔しくて悔しくて…
「じゃあせっかくだから味変えて交換しようよ!」
「へっ?」
私の提案に顔が赤くなる黒ぶち。
「すいません!1つカスタードで、もう1つはチョコレートでお願いします。」
「かしこまりました。」
2つを受け取り、黒ぶちにカスタードを渡すと、私はチョコレートを一口食べた。
甘くていい香りに包まれ、幸せいっぱいになった。
それを黒ぶちに渡す。
黒ぶちは、まだカスタードを食べていなかったので、両方の手にシュークリームを持ち、目を泳がせながら、カスタードを食べた。
食べ慣れていないのか、口の周りがシュー生地まみれになった。
その顔があまりにも可愛くて思わず笑ってしまった。
恥ずかしそうにカスタードを渡してきた黒ぶちの目を見ながら私はカスタードを食べる。
黒ぶちは固まってしまい、チョコレートを落としてしまった。
「あっ!」
「あっ!」
2人で笑いながらチョコレートを拾い、店員さんに謝って捨ててもらった。
残ったカスタードを食べながら私達はカラオケへと向かった。
一口食べては渡し、また一口食べては渡しその繰り返しをしている間にどんどん自分の顔が熱くなっていくのに気付いた。
改めて実感した。
彼のことが好きだ…
カラオケについて、私が会員カードを出すと黒ぶちは、とても羨ましそうな顔でその会員カードを見つめていた。
「作る?」
「うん!」
「すみません、会員カードを作りたいんですけど、」
「はい。ではこちらの用紙をご記入ください。」
黒ぶちは嬉しそうにスラスラと綺麗な字で個人情報を書き記した。
案内された部屋は少し小さめでL字型のソファーがあった
私はL字の上の方を指差し、
「こっちに荷物置こう!」
「うん!」
そして、私達はものすごい近い距離でL字の下の方に座った。
わざと近くに座るために荷物をまとめたのに黒ぶちの息づかいが聞こえる距離で、結局自分もドキドキしていた。
「なんか歌ってー」
「えっ?僕から?」
「うん。」
「わかった。」
『ピピー』黒ぶちが選んだ曲が入り、曲が流れる。
「あっ!」
「えっ?」
「この曲私一番好き!」
「僕も!」
黒ぶちが選曲したのは、ミスチルの『星になれたら』という曲で、夢を叶えるために上京する人の歌だった。
私は最初この曲を聴いた時鳥肌がたった。
特に夢なんてなかったけど、小さい時は歌がやりたくて、歌じゃなくても東京の華やかな世界、都会に憧れていた。
いつか都会に出たい。
その想いと重なり胸にささった。
そんな事を考え黒ぶちの歌を聞いた。
少しヘタだが、居心地のよくなる歌い方だった。
「ごめんよー、あんまり上手く歌えなかったわー。」
「よかったにー!なんでこの曲が一番好きよ?」
「…憧れかな」
「黒ぶちも東京行きたいけ?」
「もって百瀬さんも?」
「うん…どうせ一回しかない人生なら広い世界みたいだよ。」
「そっかー。だったら百瀬さんはカッコいいら〜」
「えっ?」
「僕は無理だもんで」
「無理って?」
「東京に行きたいって気持ちはあるだけど、僕にはそんな勇気ないだよ、家族とか友達とかせっかく築き上げてきたものを全部置いて1人でそんなところに行く勇気はないだよ。」
「そっかー。まぁ私も憧れだでね!」
「うん!でも一番好きな歌が一緒なの…嬉しい」
「……」
「……」
顔が尋常じゃなく熱くなってきた。
「私トイレ行ってくる。そこどいてくれん?」
「あーごめん、」
黒ぶちが立とうした瞬間に私はヒールが高すぎてよろけてしまい、黒ぶちの上に乗ってしまった。
その瞬間、黒ぶちのメガネが外れ、綺麗な瞳が現れた。
黒ぶちの顔が近い。お互い見つめ合ったのはたった一瞬の出来事だったが、私の心臓の鼓動が激しくなる。
聞こえてるのかな。恥ずかしい…
でもそれと同時に、黒ぶちの今にも飛び出てきそうな心臓の音が聞こえた。
黒ぶちはすぐ顔を下に隠し、私の体をそっと横にずらした。
「だ、大丈夫?」
「うん、ごめんよ。重かったら。」
「そんなことないに。」
「トイレ行くだら?」
「うん…」
私はトイレの鏡の前でうずくまってしまった。
高いヒールをわざと履いてきたのは、こうなりたかったからなのに…
あの時の私はまだ自分の気持ちに気付いてなかったから…
高いヒールなんて履いてくるんじゃなかった。
恥ずかしい、恥ずかしくて全然顔の熱が下がらない。
何でこんなに黒ぶちに惹かれたんだろう…
今まで自分が好きになった事のないタイプ。
限りなく一番話が合わないタイプ…
自分とは正反対のところにいる人。
その日のデートは3時間くらいカラオケをして、
エッグパフというオムライス屋さんで2人でご飯を食べ解散した。
普段無口のイメージの黒ぶちが意外に2人だとたくさん話してくれて会話は常に盛り上がっていた。
帰りはバス停まで送ってくれて、バスに乗るとすぐにメールが届いた。
『今日は楽しかったに。カラオケ一緒に行ってくれてありがとう。オススメのオムライス屋さんも美味しかった。さすが百瀬さんだら。百瀬さんがよかったらまた遊びに行きたいだけど、どうかな?
あっ全然勉強も教えるもんで言ってよー!』
黒ぶちは私の事が好きなのかな。
また自意識過剰の私が顔をだす。
返事を返したい気持ちでいっぱいだったが、私は返さなかった。
「第4話 仲良し3人組」
次の日、学校に登校してくると、校門のところでばったり黒ぶちに会った。
「おはよう!」
笑顔で話しかけると、
「おはよう!」
嬉しそうに微笑んだ。
「メール、返ってこんかったもんで嫌われちゃったかと思って寝れんかった。」
「あっごめんよ、疲れて寝ちゃっただよ。」
「そーけ。振り回しちゃってごめんよ!」
「あっそーいう意味じゃないに、楽しかったもんで疲れただよ。」
「そーけ?よかったー!」
黒ぶちに好きということをやっぱりまだ気付かれたくなくて、
でも、嫌ってるなんて思われたくなくて私はその中間の感情を表すのに必死だった。
教室に2人で入ると、少し教室がざわついた。
席に着いて荷物を下ろすと、由香が私の腕を引っ張り教室の後ろの窓際に連れて行かれた。
「痛い痛い!どうしたよ?」
「結衣!あんたなんで黒ぶちなんかと一緒に来てるよ?」
「えっ?たまたま校門で会ったもんで!別に深い意味はないに。」
「ふーん」
「何何?なんの話?」
噂好きの真理恵が匂いを嗅ぎつけてやってきた。
「真理恵!おはよ!なんかね、結衣が黒ぶちと一緒に登校してきただよー!」
「えー!何?結衣付き合ってるけ?」
「付き合ってないにー!」
私達3人は全員違う中学から入学してきたが、入学式にあまりにも髪の毛の色が茶髪で、職員室に呼ばれた3人だった。
普段そこまでは厳しくない方針だが入学式だけは親の手前なのか茶色が目立つ生徒は職員室に連れて行かれ、新聞紙を頭から被せられ、一時的に髪の毛を黒くするスプレーを振られる。
私が職員室に行った時は既に2人ともいて、先生にスプレーを振られていた。
私が新聞紙を被せられると2人は仲間が入ってきたことが嬉しいのか私の所にやってきて、
「ちょっと茶色すぎるら〜!」
「いや、真理恵は金髪だっただに何言ってるよー!」
とさっそく仲よさげに呼び捨てで呼び合っていた。
私も自然と仲良くなり、高1はクラスがバラバラだったが高2と高3はまさかの同じクラスになり3人で同じクラスになったお祝いのパーティ『クラパー』というのを勝手に開いていた。
パーティと言ってもカラオケの5時間パックでひたすら歌ったり、カラオケの料理をたらふく食べるいわゆるカラオケパーティだ。
そんな事をしながら私達仲良し3人組は絆を深めていった。
真理恵は浜松で割と有名な建築会社の社長令嬢でいわゆるお嬢様だった。
私とは違い浜松駅周辺に住む街っこで、学校が終わるとよく街で買い物をしているので服が欲しい時は真理恵に案内してもらって買いに行く事が多かった。
見た目は誰もが認める美人。
背が高く、スラッとした長い足がとても魅力的でツヤのある長い髪に綺麗な顔立ち。
一瞬ツンとしてそうだが、話すととても人懐こくて明るくて話やすい子だ。
金遣いは荒い方で男と何かあったり、嫌な事があると必ず
「今日おごるからカラオケ行くにー」
とほぼ強制的に集合がかかる。
高1の頃、男癖が悪かった事から真理恵の事を嫌いな女子はとても多かった。
ちょうどその頃の真理恵は、親が離婚危機で毎日の夫婦喧嘩に耐えられず、最初は私や由香の家に泊まりにきたり、私達とカラオケに行ったりしていたが、次第に夜な夜ないろんな男と街で遊ぶようになり、その噂が学校で広まり真理恵はクラスで浮く存在になっていた。
もちろんそんな真理恵の行動を私も由香もいい事だとは思っていなかったが、友達想いで優しくて決して人の悪口を言わない真理恵の事を私達が嫌いになる事はなかった。
今は親の仲も落ち着いたおかげか、そういった事はなく、私の幼なじみの勇気の事が一途に好きで、二言目には勇気の話題を出してくるとても可愛い女の子だ。
由香は、私と一緒で農家の娘で田舎育ちだ。
私の家はみかん農家で、由香の家はほおずきを作っている。
由香の町は全国有数のほおずきの産地で、全国的にも有名なあの浅草寺のほおずき市にほおずきを出荷している。
もちろん由香の家のほおずきもそこに並んでいるのだ。
ただ由香は、ほおずきには全く興味はなく、オシャレや今の流行にとても敏感で浜松にはないブランドで欲しいものがあると名古屋や東京にまで足をのばすフットワークが軽いとても派手な女の子だ。
見た目は、この高校の中で一番派手で、元々大きくて可愛らしい目はアイメイクで更に大きくなり、綺麗に整えてあるぱっつんの前髪に後ろはセミロングの髪を大きい幅のコテで豪快に巻き、決して縛る訳ではない可愛いらしくて派手なピンク、赤、金のシュシュを日によって変えながら手首に巻いていた。
身長は3人の中で一番小さくきゃしゃな体型で、将来はファッション関係の仕事就くことを目標に毎日いろんなファッション雑誌を授業中に愛読している。
この3人の中だったら圧倒的に地味なのは私だ。
そもそもが高校デビューで田舎者の私は、化粧もファッションも全く分からず、姉の部屋に勝手に忍び込みポップティーンと言う雑誌を開いて、化粧講座のページを開き、見よう見まねで化粧をしたり、雑誌に載っていたワンピースによく似たワンピースを安い服屋で探し周ったりしていた。
見た目は、当時【やまとなでしこ】というドラマの松嶋菜々子の髪型に憧れて外はねショートボブに挑戦したが顔が丸くて童顔の私には似合わないとかなり不評でただのボブに落ち着いた。
体型も日本人のザ・標準で特に人より秀でている部分はなかった。
高1の時に二人に出会った事が私をどんどん変え、化粧も服も徐々にオシャレになり、今の私がいるのは本当に二人のおかげだった。
「第5話 分析表」
チャイムがなり3人の楽しい時間は終わった。
その日の一限目の授業が数学で早速やる気をなくしていた私。
席につくなり頬杖をついて寝ようとしていると、震える手がプレゼントを持って私の机にやってきた。
その手には、ノートの切れ端をきちんとハサミで切って、二つに折りたたんだお手紙のプレゼントが入っていた。
私が黒ぶちの顔を覗くと照れながらもこちらをみて微笑んだ。
その笑顔に私がドキッとしてしまい目をそらしてしまった。
手紙には、『約束通り勉強も教えたいもんでまたもし百瀬さんが時間あったら連絡くれるけ?』と書いてあり、私はその手紙に大きい◯をつけて黒ぶちに返した。
黒ぶちは隠しきれない笑顔をこちらに向けてきた。
その笑顔には私もどうしても答えたくなって自分が思う最高の笑顔を黒ぶちに見せた。
学校が終わると家に帰りベッドに横たわって携帯とのにらめっこの時間が始まった。
私は自分に自信があった。
中学の頃は全くモテなかったけど、高校に入り一ヶ月くらいで同級生や先輩など10人に告白された。
もちろん困惑したが、何故かその時の私は冷静で、どうして私みたいな平々凡々の女がモテたのか分析してみたくなった。
小学校の時に自己紹介ノートと言って、友達の名前、ニックネーム、星座、血液型や座右の銘、どんな子がタイプかなどクラスメート全員のを集めるタイプの人間だった。
その後に、あの人はこんな人がタイプなんだーなど一人でニヤニヤしながら見て、楽しんでいた。
当時好きだった男の子が書いていた、好きな人のタイプは可愛い子、あまりにも面白くなく、一気に冷めた。その中でひときは輝いて見えたのは、好きな人のタイプ、強い女と書いてあったクラスでいるかいないかよくわからない存在の山田くんに私はこの言葉だけで惹かれてしまった。何が強いのか、体なのか、心なのか、はたまた全然違うものなのか、その日から私は彼が何を思ってそんなことを書いたのか、何故彼はこんなにクラスで浮いているのか全てが気になり自分なりに彼の授業中や休み時間などを見続けながら分析していた。すると山田くんのいろんな素顔が見えとても楽しかった!!
誰にも言わず心の中で感じるこの推理が溶けていく事が私は快感だった。
その時の自分が蘇ってきたのか私は告白してくれた男の子達に私に告白した経緯を尋ねた。
すると10人中8人が「あの時僕に笑いかけてくれたよね、あれがすごい嬉しかったんだ」「笑顔が可愛いよね、もっと仲良くなりたいと思ったんだ」とにかく私の笑顔を褒めてくれた。
男性は、ある程度オシャレに気を配る普通めの女の子が物凄い愛想がいいと惹かれる。
という結果に至った。
正直な話、彼達に特別に笑いかけたりした記憶はほとんどなく、おそらく無意識にやっている私の唯一無二のスペックなのかもしれない。
私はこの時初めて自分の需要というものを知った。
何かに特化していない私の事をこんなにも男性が必要としてくれる喜びを感じた。
もちろんまだ高校生だった私達は、告白する事をそこまで深く考えていない。
価値観の違いや、将来の夢、結婚の事などは少しも毛頭にない。
「第6話 2度目の約束」
とにかく私は、そこからいろんな法則を勝手に分析して生み出し、自分なりの解釈で黒ぶちにはもう少し連絡をするのは止めようと思っていた。
でも、、会いたかった。
こんなにも会いたいと思ったのは初めてで、人の気持ちばかり分析して、自分の気持ちは分析しきれずにいた。
我慢出来ない気持ちに初めて自分で作った法則を破ってみた。
「今週の土曜日空いてるけ。」
返信は1分できた。
「空いてるに!連絡きて嬉しい!何時にどこにする?」
「13時に黒ぶちの家がいいだけど…」
「僕の家け?!」
「ダメ?」
不安ながらも私は自分の気持ちを押しに押していた。
「良いけど僕の部屋綺麗じゃないに…じゃあ富塚のTSUTAYAに来れるけ?」
「行けるに!いつも街行く時のバスの通り道だに!」
富塚は、街からそこまで離れていない住むにはとてもいい場所だ。
「そーけ、よかった!じゃあ13時に待ってるでね。」
「じゃあ、また明日学校でね。」
「うん、またね!」
約束してしまった…
「第7話 家デート」
一週間はあっという間に過ぎ、金曜日の夜、私はボーとしていた。
普段はデートの前日はいろんな準備で忙しいのに何一つ法則に従う事なくベッドに横たわっていた。
もういいんじゃないか。そもそも今回は法則を破って連絡をしているわけだから意味ないんじゃないか。
そんな事が頭によぎる。
いや、私は黒ぶちと付き合いたい!
だったら、やれることはやらなくちゃ!
私は『家デートの分析表』を取り出した。
夏の家デート、『服装について』上がオシャレTシャツ、下がポリエステル素材のフワフワスカートで少し長めだといやらしくみえない。靴下は白、靴は女の子らしいスニーカー。
『髪型について』髪の毛の下だけ軽くコテで巻く。
『小物について』地味めのシュシュを一つ持って行く。小さめのバックを持っていく。
よし、準備万端。
またベッドに横たわる
明日黒ぶちの家に初めて行く、それをこの準備で実感し、また顔が熱くなる。
次の日、バスに乗って気がついた、勉強道具を全て忘れた!
今回は全然上手くいかない…
自分が情けなくなった。
黒ぶちに勉強道具を忘れた事をメールで伝え、私は富塚のTSUTAYAに向かった。
勉強道具を持ってこないなんて浮かれて遊びにきた女感丸出しだ。
悔しい…
TSUTAYAに着くと黒ぶちがTSUTAYAの外で待っていた。
私を見つけた黒ぶちは手を振って走ってきた。
その姿を見たら私のこんなくだらない気持ちどうでもよくなってきた。
「ごめんよ、勉強道具忘れちゃって…」
「いいよ、そんなん気にしんくていいでね。家に全部あるで使いな!」
「ありがとう…」
TSUTAYAから10分くらい大通りから外れた道を歩くと黒ぶちの家が見えた。
白い外壁のとても立派な家で、それだけで黒ぶちの家の財力が分かる。
家のドアノブに手をかけながら黒ぶちが固まった。
「どうしたよ?」
「あのさー、家に女の子入れた事ないもんで…親も二人とも家にいるもんでなんか変に勘違いされたらごめんよ。」
「いいに、逆に気使わせてごめんよ!」
「あー、僕は全然大丈夫だでね!じゃあ、入ります。」
尋常じゃない程緊張している黒ぶちが可愛すぎて笑えてきた。
「ただいまー。」
黒ぶちの声が完全に裏返る。
私は笑いをこらえて、
「お邪魔します!」
すると奥からお母さんが登場し、
「いらっしゃーい!お待ちしてました!まあ可愛らしい子!」
「ありがとうございます。」
「止めてよ、母さん!」
「いいじゃない!どーぞ、上がって!」
「失礼します。」
「汚くてごめんよー!」
「とんでもないです!お城みたーい!」
「やだー、嬉しい!」
黒ぶちのお母さんはとてもテンションが高い優しそうなお母さんだった。
黒ぶちの部屋は2階の一番奥で、手前は弟さんの部屋だ、3個下の弟さんは高校受験の勉強の為昼間は塾でいなかった。
黒ぶちの部屋は必要な物以外何もないとても殺風景な部屋だった。
真ん中に置いてある正方形の黒い机の前に私達は向き合って座った。
「部屋広いら!」
「なんにも無いだけだに!」
「確かに、」
「ちょっと、笑」
「笑」
「あっ、飲み物持ってくるでちょっと待っててよ!」
「ありがと〜!」
部屋中、黒ぶちの匂いがして、それはとても心地よい気持ちになりちょうど日差しも入り込み、昨日なかなか寝付けなかった私にとっては天国のような場所だった。
「………………ん……あっ!寝ちゃった!」
「おはようー」
「ごめん!」
「気にしんでいいに、僕も今復習終わったで!眠かっただら〜?ゆっくりでいいに〜」
「やるやる、もう勉強やる!」
「大丈夫け?」
「うん!」
「…よし、じゃあちゃっちゃやるか。一番苦手なのは数学だら。」
「うん…」
いつもより黒ぶちが頼もしく見えた。
「どっからわからんよ?」
と黒ぶちから渡された数学の教科書を見たら赤線、黄色マーカーいろんな色が教科書中に引かれていた。
私は気が付いたら泣いていた。
「どうしたよ?!」
とんでもなく慌てる黒ぶちの目を見て、止めどなく涙を流しながら、
「ねぇ、私黒ぶちの事好きだに…」
「えっーーーー!?」
とんでもなく拍子抜けした返事に思わず笑ってしまった。
「すごい嬉しいだけど…」
あれ?私フラれるのかな…
まぁ今回はあまりにも法則にのっとって動けなかったからしょうがないか…
「僕から言いたかったもんで…」
「えっ?」
「僕もずっと好きでした…結婚してください。」
「えっ?結婚?笑」
「そこまで考えて言わないと失礼だら。」
「笑、そうだね、笑」
「なんで笑うよ〜!」
「ごめ〜ん!笑」
私は嬉しすぎて笑いが止まらなくなった。
もう自分を取り繕うことをやめようと誓った。
「第8話 好きになったの理由」
将棋部の黒ぶちは、高1の夏に部室で将棋を指していると、廊下ではしゃぐ女子の声が聞こえ、ふと見ると私達仲良し3人組だった。
「ちょっと将棋部の前だから静かにしなきゃダメだに!集中してるだでー!」
と私が言ったそうで、
その言葉に感銘を受けて好きになったと語ってきた。
黒ぶちらしいなぁー。
「だから、高3になって同じクラスで、しかも隣の席になった時は、ど嬉しくてもっと仲良くなりたいって思っただよ!」
「ありがとー。」
「あのー、百瀬さんは…僕の事…いつから…」
「わかんない…気が付いたら好きだった。気が付いたら連絡してただよ。」
嬉しかったのか、顔を真っ赤にしてうつむいた。
週末が終わり月曜日、
私達は待ち合わせして一緒に登校した。
手を繋いで教室に入るとクラス中がざわつき私達に視線が集まる。
幸せすぎて周りが全く見えてない私達は、そのまま隣の席に座り2人の世界に入っていた。
それを見ていた、由香がまた私の腕を引っ張って教室の後ろの窓際に連れて行く。
「ちょっと痛いに!」
「痛いじゃないにー!聞いてないだけどー!何?付き合ってるけ?!黒ぶちと」
「うん!」
「うん、じゃないら!この間、違うって言ってたら?」
「この間はまだ付き合ってなかったもんで」
「いや、好きなら好きって言ってよー!」
「ごめん、なんか照れくさくて、同じクラスだもんで。」
「どびびったー!」
「結衣、由香おはよー!」
「ちょっと!真理恵!結衣と黒ぶち付き合ってるだにー!」
「えー!?そーけ?いつの間に付き合ったよー?!」
「一昨日、一希の家で!」
「一希って呼んでんじゃん!早っ!家?じゃああんたたちもう?」
「なんもしてないにー。真理恵エロすぎ!」
「いや、結衣が家とか言うもんでー!」
「まぁでも黒ぶち奥手っぽいらー!真理恵もそう思わんけ?」
「まぁね、でも男なんだからやるときはやるら!」
「ちょっと勝手に話進めんでよ!」
「えっ?結衣から見たらどんな感じよ?襲ってきそうけ?」
「秘密!」
「なんで秘密よ〜じらさんで教えてよ〜!」
由香が興奮し過ぎて、私の腰をくすぐってきた。
「やめてよう〜!」
だってそんな大切な事。誰にも言いたくない。
私の中で大切に考えていきたい事だから。
「第9話 変化」
私と一希が付き合った事は私達が手を繋いできた事もあって学年中ですぐ噂になった。
高校に入ってからは、誰と誰が付き合って誰と誰が別れてというのは風の噂ですぐ耳にする。
私は同じ高校の人ときちんと付き合ったことが無かったので毎日が嬉し恥ずかし楽しい毎日だった。
一希は私と付き合うようになって、とても明るくなり、私が仲良くしてる男友達とも親しくなり、特に勇気とはとても気があった。
ただ、勇気はどちらかというと派手な遊び方をするタイプでそれに連れてかれる一希を心配する気持ちもあった。
一希は自然と今までの仲間とはつるまなくなり、私の仲良くしている仲間達とつるむようになった。
ある日気がつくと一希のズボンが下がっていた。
当時とても流行っていた腰パンというものだ。
一希の変わっていく姿に、少しの絶望感と責任感に苛まれる。
「第10話 焦り」
私達は付き合って1ヶ月が経ち、毎月記念日にはプリクラを撮る約束をした。
その日、一希の親が、帰りが遅くなるので2人でゆっくり家で過ごそうと誘われ、プリクラを撮った後、一希の家にお邪魔した。
一希がいつもに比べてものすごくそわそわしてることから、今日なんでここに来たのか勘付いてしまった。
だいたい、親がいなくて家においでよだなんてそれしかありえないのだ。
勇気に教えてもらったのだろうか。
2人でゆっくりこの壁を越えたかったので、もしそうだったとしたらとてもやるせない気持ちだ。
3週間前、
付き合って1週間経った土曜日、私達は街に買い物に行った。
2人でお互いの服を選んだり、ご飯を食べたり、映画を観たり1日を2人の為だけに十分な程使った。
その帰りに街から少し歩いたところにある公園に行った。
夏の始まりだから夜だけど涼しくてときどき気持ち良い風が私達の髪を揺らした。
ブランコを漕いだり、滑り台を滑ったり少し遊んで落ち着いてベンチに座ると、一希がうつむいていた。
「どうしたよ?」
「僕、キスしたことないだよ…」
「嬉しい」
「えっ?」
「あの…もちろん…エッチも」
「嬉しい」
「えっ?女の子ってリードされたいから経験してる人の方がいいんじゃないけ?」
「誰にそんなこと聞いたよ?」
「いや、勇気くんとか、あと雑誌とかにも書いてあった」
(どんな雑誌読んでんだよ…私の可愛い一希をこんな気持ちにさせてただで済むと思うなよ。…雑誌め!)
「他の女の子がどう思ってるかしらんけど私は嫌じゃないに。今の一希が好きだに。」
「ホント?じゃあ僕他の女の子とやらなくていいけ!」
「当たり前じゃん!そんな事したら…二度と口聞いてやんないでね!」
「やだ!」
「一希は一希のままでいいだに。ゆっくり進んでいこう!」
「うん!」
安堵感と喜びで一希の笑顔がまた一段と可愛くて、私は一希にキスをしてしまった。
「えっ?」
「あっごめん!すごい好きって思っちゃっただよ…」
「謝らんで、でも僕からしたかったから、もう一回、、」
「うん。」
「あっ」
空を見て指を指す一希の視線の方向を私が見た瞬間、一希は私にキスをした。
「えっ?」
あまりにも幼い方法に私は笑いが止まらなくなり、それに引っかかる自分も単純で可愛いと思えた。
それなの…
それなのに、今日の一希はまた何か焦ってるように思えた。
「結衣ちゃん」
と小さな声で呟くと私の事を抱きしめ、頬に、唇にキスをして、
(その後はもうこの勢いにノッて!じゃねーよバカ!)
私は押し倒された体をゆっくり起こしながら、
「一希どうしたよ?」
「えっ?」
「この間、ゆっくり進んでいこう!って言ったら?」
「うん、でも勇気くんが、結衣ちゃんからキスしてきたなら向こうもそれを早く望んでるんじゃないけって、結衣ちゃんは経験豊富だもんで。」
「…勇気がそう言ってたけ?」
「うん。」
「…私が経験豊富だって?」
「えっ?あっうん。」
「私…したことないよ。」
「えっ?それは嘘だら?だって勇気くんが…」
「したことない!…信じて…」
一希はしばらく私の目を見つめた後、私の両手を強く握り、
「わかった!信じるよ!」
「ありがとー。」
一希は、もう一度私の事を強く抱きしめ、強めのキスをした。
そのまま優しく押し倒され、私達はその日結ばれた。
そして、私は初めて一希に嘘をついた。
「第11話 進路」
その日から私達は頻繁に会い、一希は私の事をすごく求めてくるようになった。
私もそれにたくさん答えたくて私達はより一層親密な関係になっていった。
夏の終わり、一希に初めて進路について聞かれた。
そういえば私達は、愛し合うことに夢中で、そんな話を一切していなかった。
「俺は浜松の大学に行くに。もうあんまり勇気とも遊ばんし、これからはかなり集中しんとだでね!」
「私は大学行かんに。」
「えっ?なんで?一緒に浜松の大学行くと思ってただけど!」
「あー、大学に興味ないだよ。」
「えっ?じゃあなんで進学校入ったよ?大学行くためじゃないけ?」
「んー、そこまでは考えてなかっただよ。ただ私立より公立が親は喜ぶら?それで少しでもいい高校入った方が更に喜ぶら?それでたまたまって感じ。」
「へぇーえっ?じゃあどうするよ?専門学校でも行くけ?」
「あっ私、就職するだよ!」
「えっ?」
「もう夏に説明会も受けてきただよ。」
「なんでそんな大事なことずっと黙ってたよ?」
「えっ?ごめん、私も前から決めてた訳じゃないもんで、由香と真理恵と話してて今年の4月くらいかなー。たまたま進路の話になってたまたま決めたもんで。」
「進路のことってそんなたまたま決めることけ?」
「でもすごくいい仕事だなと思っただよ!私って愛想いいら、だからサービス業がしたいなと思ってただけど、由香と真理恵に言ったら『バスガイド』向いてるらって言われて、人前に立つのも好きだもんでそーすることにしただよ。」
「はっ?バスガイド?」
「うん!いいら!」
「よくないよ、男はみんなバスガイドの事エロい目で見てるだに、運転手さんとかお客さんとかにも狙われるだに!」
「考えすぎだら。そーいうエロいビデオ見過ぎ。」
「…。」
(見てんのかよ。)
「とにかくもう夏休みに説明会にも行っただよ!そしたらね、バスガイドの先生みたいな人がいて、すごい綺麗な人でね、その人に『百瀬さんはバスガイド向いてると思います!』って言われたもんでもう絶対受かったら〜!」
「そんなんいっぱい面接来て欲しいから誰にでも言うだに。」
「違うに、みんなの前で言われただに!」
「…結衣、おかしいら。」
「えっ?」
「普通じゃないら。」
私は一希の言葉にイラっとした。
「…普通って何よ?」
「普通に大学に行く事を普通って言うだよ!」
「そんな怒らんでもいいじゃん。」
「結衣の親だって絶対反対するら。それは普通の考えじゃないって思うら。」
「うちの親?大賛成だに…まぁビックリはしてたにー、てっきり大学行くと思ってたもんで」
「だら?」
「今年の6月くらいに大学観に行くっていう名目で由香と真理恵と名古屋の大学の文化祭行っただよー。それもあってビックリしてた。」
「えっ?4月に決めて、親には言ってなかっけ?」
「絶対そーしよって思った訳じゃなくて、まだ大学の感じとかみてからでもいいかなーて思ったもんで遊びも兼ねてみんなで行っただよー!」
「進路の事適当に考え過ぎだら。」
「適当じゃないに!私みたいな普通の女の子が何をしたらこの世で役に立てるかなって考えてみただよ。そしたらやっぱり私の笑顔をよりいろんな人に見てもらって、元々旅行も好きだったし、天職かなって思っただよ!大学行かないからって世間からはみ出してるみたいな言い方すんな!」
「…言い方強いら。そこまで否定してないに。」
「おまえはそんなつもりないかもしらんけど、それくらい言ってるのと変わらんぞ!」
(やってしまった、、)
「言葉遣い汚いよ。やっぱり元ヤンなの?」
「はっ?」
(高校デビューだぞ!何言ってんだこいつ!)
「勇気が言ってた、高1の時ちょっとやばそうな人達とよく遊んでたって。だからそんな喋り方になっただら?」
「ねぇ、勇気の言うこと信用しすぎだら!」
「だってそんな汚い言葉遣いするからそう思うら!」
「…小・中学の時、よく口喧嘩してた男の子がすごい言葉汚くて、私も真似て一緒に汚い言葉使ってたの。そしたら今でも誰かと喧嘩する時こーなっちゃう。気をつけようと思ってるんだけど、ごめんね。」
「そーだったんだ、俺もごめん、勇気がいっぱい言ってくるからさー、全部気になっちゃって。」
「…私の言うことを一番に信じてよ。」
「…ごめん。」
「…うん。」
「就職の事もごめん、結衣がちゃんと決めたなら頑張ってね。」
一希をそういうと私の頭をそっと撫でた。
「第13話 嫉妬と本音」
私達はその後、お互い就職活動、大学受験に没頭して、
春にはお互い合格して、無事バスガイドと大学生になった。
私は高3の3月に、免許も取得し一希とドライブも出来るようになった。
一希は、私が運転してるのを見ると必ず、
『こういうのは男が運転するだに!あー夏休みまで取りに行けないだにー!』
と、ふてくされる。
『そんなのどっちがなんて決まってないにー。』
一希は、【男とは】【女とは】という勝手なイメージがあり、たまにそれに縛られるのがしんどい時があった。
一希と付き合って1年が経とうとしていた。
一希はうちの親にもとても気に入られていて、よく遊びにも来ていた。
私もまた、一希の親に気に入られて一希の家にも遊びに行っていた。
親公認の仲になり、私達はとても居心地がいい毎日を送っていた。
一希は夏休みに入りすぐ免許を取り、私は由香と真理恵と旅行に行ったりと夏を満喫していた。
そんなある日一希から夜中に電話がかかってきた。
「会いたい…ちょっとだけ出てこれるけ?」
「良いけど、一希じゃなかったら親が、心配するで玄関まで来れるけ?」
「分かった。」
ピンポーン
「遅くにすみません、ちょっとだけ行きたいとこあって。すぐ戻るんで結衣お借りします。」
「はいね!一希君免許取ったばっかりだら?気をつけなよ!」
「はい、すいません!」
玄関を出た瞬間、さっきまであんなに親に笑顔を振りまいていたのに、急激に冷たい目つきに早変わりした。
苛立つ様にドアを閉めると急発進で車を走らせた。
「ちょっと怖い!ゆっくりでいいに!」
「うるさい」
小声でそう言うと、しばらく無言で車を走らせた。
なんで怒っているのかさっぱり分からない私はとりあえず今までの自分のしたことの中で怒りそうな事を考えていた。
車はしばらく走り、セブンのコンビニの前で止まった。
「どうしたよ?」
「この間の合コン、なんかあったら?」
「はっ?」
私は真理恵にどうしてもとお願いされ、一希と同じ大学の同級生と合コンをすることになった。
真理恵は一希と同じ大学に通っていて、科は違ったが、真理恵と同じ科のサキちゃんという女の子が、一希と同じ科の健司君を狙ってるそうでそこをくっつける為の、3対3の合コンに呼ばれた。
一希に伝えるととんでもなく嫌がって、最後は泣き出したので、私は慌てて真理恵に電話して断ったのだが、一希が男らしくなかったと謝ってきて最終的にはここで断ったら俺の株が下がるとまで言いだし、半強制的に行かされる事になった。
「健司君がおまえの女抱いたって言ってきただよ。」
「えっ?抱かれてないに。」
「でも首筋にキスしたのは本当だら。」
「はっ?……キスなんかされてんに、ただあの人トイレから戻ってくるときに女の子全員に後ろから抱きつくだよ。私も一回避けれなくて抱きつかれただけど。」
「えっ?」
「本当あの男のどこがいいか全然わからんわ。帰りにサキちゃんにももう一回やめときなって言っただけど全然聞いてなかっただにー!」
「抱きつかれたんだ…」
「いや、まぁ避けれんくてごめん。」
「本当は抱きつかれて嬉しいと思ったら?だって健司君は、長身で、マッチョで、イケメンでとにかくモテるに。」
「バカだら?」
「だって、結衣そういう男タイプだら?」
「そんな風に思ってる時間あるなら自分がマッチョになれ!どんなにスペック高くたって愛が感じない男はダメだに、上辺だけ繕ったって所詮薄っぺらい皮なんかすぐ剥がれ落ちるんだで。」
「…本当に浮気してないら?」
「うん、あんな男に抱かれるくらいなら死んだ方がまし。」
「…分かったよ。信じるから、お願いだからもうそういう所行かないで。」
(いやいや、あんたが、、と言うのは心にしまっておこう。)
「やっぱり自分の彼女が周りの人に軽く見られるのはいやだ。そんなの結衣の価値が下がっちゃうよ。」
言葉の端々に気になる箇所が幾つかあったが今日は黙っておこう。
今思うと、ここできちんと話あっておくべきだったのかもしれない。
本当に大切なことは何か、、
「第14話 旅行」
私は、男の子が来る遊びは行かなくなった。
バスガイドの仕事も起動に乗り始め、いろんな地方に行って一希や仲良し3人組のお土産を買ってくるのが楽しかった。
特に私が気に入っていたお土産は、いろんな地方物産の携帯ストラップで静岡県だと、ウナギやミカン、お茶などが可愛らしくされて携帯のストラップになっていた。
私自身、それをたくさん集めていたが最初に買ったミカンのストラップは一希とお揃いでとても気に入ってくれたので果物限定でイチゴ、ブドウ、梨、桃、サクランボなどは必ず一希の分も買って一緒に携帯につけるのが楽しみだった。
一希とは、私が休みの日は必ず会っていて、ほぼ毎回エッチをしていた。
私は、毎回、ホテルに行ったり近くのファミレスでごはんを食べるこの平凡な日々も決して嫌ではなかったが、2人で旅行したいと常々考えていた。
私が行ったことあるコースでとても素敵なコースがあったのでそこに行く約束をした。
一希もとても喜んでくれて初めての二人で行く旅行にワクワクしていた。
私が選んだコースは山梨のサクランボ狩りを午前中にして、その後ヒマワリ畑に行き最後は山梨の温泉旅館に宿泊すると言うプランだ。
一希はとてもはしゃいでいて、私も買ったばかりのデジカメでこれでもかと一希を撮った。
夜は夜で一希は楽しみにしていたらしく、いつも以上に盛り上がった。
一希は今までにそんな事をした事がなかったのにハメを外してしまったのか、急にゴムを外したいと言い出した。
私は、ダメと言ったが、一希の力に負けてしまった。
ダメと言いつつ、私が全力で抵抗しなかったのは一希のあの言葉を思い出していたからだ。
『結婚してください。』
将来を考えて付き合ってくれてる一希なら私は今の仕事をやめて幸せな奥さんになるのもいいと思った。
東京に行きたいなんて2人で言ってた頃が懐かしいとさえ思った。
その旅行をきっかけにたまにゴムなしでやることが増えていった。
「第15話 一希の夢」
そんなある日、一希の親の結婚記念日で毎年その日は家族で少し高いお店で食事会をするらしく、そこに私も呼んでもらった。
一希のお父さんは、学校の先生で今は市内で一番頭の良い高校とされている北高の日本史の先生をしていた。
お母さんは専業主婦をしていて、昔は北高の
英語の先生をしていた。
とても頭の良い家系で、弟さんは北高生だった。
私はこの食事会で初めてその事実を知った。
私達が通っていた高校はは市内で3.4番目の学校で…一希はそれをどう思っているのだろう。
私が大学に行かないと言った時あんなに怒ったのも少し分かる気がする。
でも、一希の両親は決して勉強を強要するタイプの厳しい家庭ではなく、むしろすごく暖かく子供想いで私にもとても親切にしてくれた。
お父さんが席をたってトイレに行くと、お母さんが一希に話しかけた。
「今日、お父さんに言うだら?」
「うん…」
お父さんが戻ってくると一希はおもむろに話し出した。
「お父さん、僕大学卒業したら建築の専門学校に行く。将来は建築家になりたい!」
「…そうか。」
私も初耳だった。
お父さんは少し悲しげな表情にも見えたが、あとでお母さんにこっそり聞くとお父さんは一希に先生という仕事をしてもらいたかったんだそう。
でも一希は、昔からの夢で建築の勉強を地道にしていたそうだ。
真面目で一生懸命な一希を私も応援したいと思った。
食事会が終わり、一希は私を家まで送ってくれた。
「今日は付き合ってくれてありがとね!夢の話いきなりしてごめん!俺頑張るでね!」
「うん!私応援するに!」
一希と付き合って2年経とうとしていた。
「第16話 不安な夜」
私達は付き合ってからまだ一度もお互いの誕生日当日にお祝いが出来ず、
私の20歳の誕生日当日、初めて一緒に祝うことが出来た。
その日も私達は深く愛し合った。
その一カ月後生理はこなかった。
私は一人で薬局に行き、妊娠検査薬を試す。
陰性。
正直ホッとした。
その1週間後、生理がきた。
その1カ月後、一希の誕生日で私は料理やケーキを作り一希に振る舞った。
その一カ月後、生理がこなかった。
私は妊娠検査薬を買いに行き、試す。
陽性
でも妊娠検査薬だけじゃまだ確実じゃないからと、必死で産婦人科を調べた。
私のお腹の中には赤ちゃんがいた。
その日の夜、一希に電話すると、一希は酔っ払っていた。久しぶりに勇気や他の仲間に会い陽気になっていたのでその日は話すのをやめた。
不安で、真理恵に電話すると、真理恵はすぐ私の家に来てくれた。
私の決意を真理恵に話すと真理恵は応援してくれると私を励まし、この話はまだ誰にも内緒にしておいてくれると約束してくれた。
次の日、一希に話があると呼び出し、ファミレスで話すことになった。
「ごめんよー、急に。」
「いいに!何よ?急に会いたくなったけ?昨日勇気とかと初めてお酒飲んでさー、すごい楽しかっただよー!」
「話あるって言ったら?会いたいとかじゃなくて」
「あーごめん。どうしたよ?」
一希の楽観さにイライラしていた。
「昨日、電話で言えなかっただけど…」
「うん!」
「…………妊娠した。」
「…。」
「一希の誕生日にエッチした時から一カ月くらいたっても生理がこなくて、不安で妊娠検査薬買ったら陽性で、産婦人科に行ったら赤ちゃんがいただよ。」
「…。」
「一希?」
「…。」
「ねぇ、聞いてる?」
「…下ろすら?」
「えっ?」
「おろすってことでいいだら?」
「…なんで一言目がそれなの?」
「いや、俺無理だに、まだ大学生だし、分かってるら?結衣だってまだ就職したばっかりでこれからまだ働きたいら?」
「…私は、産んでもいいと思ってる。」
「はっ?」
「一希の子供なら産んでもいいと思ってる。仕事だって、産休もらって落ち着いたら復帰すれば無理じゃないもんで…」
「俺は無理だに!」
「…。」
「ってかこの事誰にも言ってないら?」
「…昨日、どうしても一人で不安で真理恵に話して、来てもらった。」
「はっ?なんで真理恵なんかに言うよ!?」
「真理恵なんかって何よ!」
「あんな尻軽女は口も軽いに決まってるら!馬鹿だら!」
「真理恵の事何も知らんくせに何言ってるよ!」
「なんで誰かに言うよ!だから女は嫌なんだよ!」
「はっ?」
「言っとくけど、真理恵は、あんたが酒で酔っ払ってろくに返信もしてこなかった間中、私の為にずっと起きててくれて、私の涙拭いててくれるようなとっても素敵な親友だに!」
『…ごめん、言い過ぎた、でもおろすら?』
『…。』
『おい!なんで返事しないよ!』
『…おろしたくない。』
『はっ?今の俺らじゃ育ててくのなんて絶対無理だら?だいたい親に何て言うよ?できちゃった結婚なんて絶対嫌だでね!友達にも絶対見下される!俺らが築き上げてきたものが全部壊れるだに!分かってるけ!?』
『…築き上げてきたもの?』
『親の信用とか、世間体とか、俺の大学生活とか、俺の夢とか!!おまえは適当に生きてきたからいいかもしれないけど、俺は絶対に無理だでな!』
『…分かった。』
一希が一番大切にしてることは、私でも、私の気持ちでもなく、自分の見られ方だった。
でもそれは、最低ではなく、当たり前の事かもしれない。
急に、あの頃、よく自分が男の子の分析表を書いていた事を思い出した。
もちろん、全員の男子がという訳ではないが、自分が叶えようとしている未来に何か急に煩わしい物が乗っかってきたら、誰でも嫌だと感じ、背を向けてしまうんだと思う。
一希と付き合ってからは分析表は開かずに生活していたので、私は久しぶりに分析表を開き、あの一希の言葉を一文字も逃さず分析表に記載した。
今の私は一希にとって、とても煩わしい存在で、一希は妊娠している私を特に痛わう気持ちはなく、おろす日の日程をすんなり決めて帰ってしまった。
一希の気持ちを理解しているようで、私は全く理解していなかった。
あの言葉を分析表に書いたが、だからと言ってその先に生み出される結果に納得がいかなかった。
体調は最悪で、毎日吐き気に苛まれた。
おろす日の前日まで私は仕事をした。
どうしても親に言わないでほしいという一希の為に私は緊急連絡先に真理恵の名前と電話番号を書いて、当日は一希に送ってもらう事になった。
一希に不安だからずっと付き添ってほしいと言ったがそんなところを誰かに見られたら嫌だからと、付き添う約束はしてくれなかった。
おろす日、お母さんにはデートだと嘘をついて、一希が愛想よく振る舞い家を出た。
私のあまりにも落ち込む姿にお母さんは若干心配していたが、一希がそれを誤魔化した。
病院の前で車が止まり、一希が一言、
『じゃあ、また終わったら迎えにくるから。』
私は今にも吐きそうに気持ち悪い体を押し殺して一希に伝えた。
『…やっぱりおろしたくない。』
『はっ?ここまできて何言ってるよ?』
『一希がお金厳しいならうちの親に頼んでしばらく育ててもらうから!』
一希がお金の事を気にしておろしたいと言ってる訳ではないことを分かりながらも、私は必死だった。
『何度言わせるよ!俺は嫌だ!まだ大学生なんだに!夢だってあるし全部棒にふれっていうだか!?俺は、絶対嫌だに!絶対におろせーーーー!なんで俺がお前のために…』
『…。』
『もう無理だ…』
『ごめ…』
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だー!!』
彼は私の方のドアを開け私を外に押し出し、
ドアをあけたまま、
アクセルを全力で踏んだ!
『わーーーーーーーーー!!!』
一希の叫び声が街中に響き渡る。
彼は時速100キロ程出したのか300メートル先の建物にぶつかり、即死だった。
お葬式の日、自分の両親と一希の両親に頭を下げられ、赤ちゃんをどうしても下ろして欲しいと泣かれた。
お葬式の二時間後に私はすべての愛を失った。
お通夜の夜、彼の綺麗な顔を見ながら私は、あの日のことを思い出した。
付き合って半年たった冬の寒い日、私はインフルエンザにかかり、1週間学校を休んだことがあった。インフルにかかった3日目の朝、熱が上がりすぎて、過呼吸になり気を失い救急車で運ばれた。
誰に聞いたのかわからないが、
彼は柄にもなくあんなにも大事にしていた授業を抜け出し、私の病院まで土砂降りの雨の中、自転車で10キロはある道のりを走ってやってきた。
目を覚ました私の目の前にはビショビショに濡れた彼が心配そうに私の手を握っていた。
「なんで?」と聞いた私に
「わからない、気がついたらここにいた」と言って笑った。
その手はとても冷たくて、震えていて、でも大きく立派な手にも見え、心はとっても暖かくなった。
そこには世間体という言葉では言い表せない現実があった。
彼のその日の事を思い出し、私は、血まみれになった果物のストラップを抱きしめ、大粒の涙を流した。
彼は確かに私を愛していた。
愛していたんだよね…
今となっては誰も知る由がない。
『かわいそう…』微かな声が聞こえた。
背中にたくさんの視線を感じ、自分が今悲劇のヒロインということに気づく。
消えたい…
この街から消えたい…
小さな小さな街だからこんな事はすぐに広まり、どこにいても自分の居場所を見つけることが出来なくなりそうで…
押しつぶされる前に…
この街から…私は、あの街へ
2人の憧れの東京へ行く事にした。
誰も知らない街でやり直そう。
〜つづく〜