第4話もう走りたくないです
「なぁダニエル、良いのか? こんなもの貰っても」
太陽が真上に登ろうかとという頃、モッサリーナのロビー前で俺は聞いた。
こんなものというのは俺がいまペン回しのようにくるくると回しているダガーのことだ。
「いいわよ、安物のダガーだし。ていうか、危ないからそれやめなさい」
ダニエルは俺のダガー回しを呆れたように注意してくる。
俺が何故こんなものを持っているかというと、実はこれから初クエストに行くのだ。
そして、その事をダニエルに報告すると、このダガーをくれた。どうやらダニエルも昔、冒険者をやっていたらしく、これはその時使っていたものだと言う。
そして、俺は今、初のクエストにワクワクしていた。異世界にきて早数日が立っているが、今のところ異世界に来たという実感があまりない。
理由は単純。まだ魔物や魔法と言った要素を見ていないからだ。
これから、それが体験できるのだ! ワクワクしないわけがない!
「お待たせ! さ、早く行きましょ!」
だが、ここに俺よりワクワクしてる奴が一人やってくる。
張りきった声をあげ、俺達の前にガシャガシャと音を立てながら姿を現したエルザだった。
「なんでだよ!」
エルザの格好をみて俺はつい突っ込んでしまった。
エルザは頭から足まで重厚な鎧に身を包んだフル装備でやってきたのだ。
まるでこれから魔王でも倒しに行くの? 最難関のダンジョンを攻略しにでも行くの? と言いたくなる。
「いや、今回行くの簡単なクエストだから。そんな装備いらないから」
「あ! そ、そうね! ちょっとまってて着替えてくる」
そう言い慌ててまた自室へ戻っていく。
そんなエルザを見てダニエルは優しく微笑んでいた。
「うふふ、エルザうれしそうね。
あの子、人と接するのが苦手で、パーティーにも入れず、友達とかもあんまりいなかったのよ。
だから、ノラちゃんが来てからほんとに楽しそうにしているわ」
「そうなのか。でも、なんで俺に対しては普通なんだ? それにダニエルもエルザとは仲がよさそうだよな?」
「私はあの子と付き合いが長いからね。……ノラちゃんに普通に接することが出来るのは似ているからかしら」
「似ている? 誰とだ?」
俺がそう質問すると、ダニエルは神妙な顔になる。
そして、少しの沈黙の後、口を開いた。
「実はね、あの子――」
「お待たせ! 今度こそ大丈夫よ!」
しかし、ダニエルが喋ろうとした瞬間、準備を終えたエルザが再びやってくる。
そして、俺はやってきたエルザの格好に気を取られてしまう。
今度の恰好は杖と白を強調としたブラウスにフレアスカート、そして、ニーソックスだ。
特にニーソックスとフレアスカートの間にある絶対領域が素晴らしい。エルザのいい具合にむちっとした足とベストマッチだ。
「これも、ダメ……かしら?」
エルザは不安そうに聞いてくる。
「ううん、そんなことない。むしろ、これがいい! 最高だ!」
「本当!? 良かった」
エルザは安心したように喜ぶ。
いやーしかし素晴らしい。エルザがこんなにもニーソが似合うとは。これからは常にニーソ履いといてもらおうかな?
と、俺はここでダニエルが俺を見ているのに気づく。
「あ、悪いダニエル、何の話だっけ?」
そいえば、ダニエルと話していたんだった。つい、エルザの恰好に夢中になってしまった。
「はぁ、いえ、この話はまた今度にしましょ。
さぁ、いってらっしゃい二人とも」
ダニエルはため息をつくとそう俺たちを催促した。
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「うおー、広いなー」
目の前にはうっそうとした草原が広がっていた。草木は風に揺られたなびいている。
俺達がやってきたのはヘルメス草原だ。ここに生息する盗人ラビットという魔物を狩るのが今回の目的で、クエスト内容なのだ。何でも旅人や冒険者からアイテムを盗むいやらしい魔物らしい。
「さて、やるか! ……あ、ちょっと待てよ」
早速、行動しようと息巻いた俺だが、気になることがあった。
「なぁ、今更なんだが、エルザのクラスって何なんだ? 杖を使うからマジシャンか?」
そう、それはエルザのクラスだ。俺はまだエルザのクラスを知らなかったのだ。
「私はクレリックの一つ上のクラス、プリーストよ。回復魔法や補助魔法なら任せて!」
え? 一つ上のクラス? 確かギルドによると二十レベル以上で上のクラスだから、意外と高レベルなんだな。いやいや、それよりも人と接するの苦手なのにその職業は向いてないんじゃないですか?
「えっと、攻撃系の魔法って何がある?」
「ん? ないわよ」
「……そ、そうなのか」
よく今まで一人でやってきたなこいつ。というか、さっきのあの鎧プリーストならいらないだろうに。
そう思いながら、俺は腰に付けたホルダーからダガーを手にとろ……ん? あれ? ダガーがないぞ? 確かにホルダーに入れたはずなのに。
「シシシシ」
そこに一つの笑い声が聞こえる。笑い声がした方向を見るとウサギ型の魔物がいた。その手には俺のダガーを持ち、馬鹿にするように笑っていた。
「ノラ、こいつよ! 今回のクエストの目的、盗人ラビットよ!」
「え! こいつ? もうエンカウントしちゃったの!?」
俺がまさかの遭遇スピードに驚いていると、盗人ラビットはすぐさま走っていく。
「ちょ、まて、こんにゃろ! ダガー返せええええ!」
俺もその後を追って、全力疾走する。
しかし、追いかけ続けるもその距離は縮まらない。
くそ、はやいなあいつ。しかも、脇腹が痛くなってきた。運動不足か?
「とまりなさい!」
だが、先回りしたエルザが盗人ラビットの前に立ちはだかる。
「よし! エルザ、このまま挟み撃ちで捕まえるぞ!」
「わかったわ」
エルザは盗人ラビットを捕まえるために中腰になり手を広げる。盗人ラビットはそのままエルザに向かって走り続ける。
そして、エルザと盗人ラビットが触れようかというとき。
「捕まえ、てぇた!?」
エルザから変な声が出る。なんと盗人ラビットはエルザの数寸手前で直角に曲がったのだ。
「て、ちょ、エルザ危な――」
そして、俺は走っている勢いを止めれず、エルザとぶつかってしまった。
しかし、俺はぶつかるときにエルザの小振りながらしっかり発達した胸に顔をうずめることが出来、ラビットナイスと思ったのだった。
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それから盗人ラビットに翻弄されながらも気合で走り続け、苦労の末、盗人ラビットの捕獲に成功した。
「よし! やっと捕まえたぜ! こいつめ、苦労させやがって。
ダガーは返してもらうぞ……ってあれ?」
しかし、周りを見ると先ほどまでいた草原ではなく森の中に入ってしまっていたことに気づく。
「ここどこだ? こいつを追いかけてずいぶん奥まで来ちまったな。
エルザともはぐれた臭いな」
そんなことに気を取られていると盗人ラビットは俺の手からするりと抜け出し、逃げ去ってしまう。
「あ、こいつ、まて! ……って、今はそれよりエルザをさがさねーと」
盗人ラビットもダガーを持っていく余裕はなかったらしくダガーは取り返すことには成功していたので、俺はエルザを探し始めた。
「おーい、エルザどこだー? 迷子になってんじゃねーぞー」
しかし、どの方向からも声は帰ってこない。
どこに行ったんだあいつ?
「きゃああああああああ」
悲鳴! しかも、これはエルザの声!?
そう、感じた瞬間、俺の足は悲鳴が聞こえた方向へ駆けていた。
体に引っかかる枝や草木のことなど気にせず夢中で走った。とにかく走った。
そして、数分走ったその先にエルザはいた。
だが、そこにいたのはエルザだけではなかった。一匹の魔物もいたのだ。
その魔物は牛の頭をもち俺の倍はあろう筋骨隆々の巨躯。その姿はまさにミノタウロスそのもの。盗人ラビットとは比較にもならない威圧感を発する魔物がエルザと対峙していたのだ。
「何だ、こい――」
「逃げて! 今すぐ逃げて!
こいつは私たちが手に負える魔物なんかじゃないわ!」
エルザの必至の叫び。
それはこの状況が並々ならない状況だということを物語っていた。