紫苑
「なぁんか…、昔のこと思い出しちゃったなぁ」
わざと少し大きな声を出してみる。それでも変わらず返事はない。彼は外を眺めるのをやめ、今度は私が持ってきた千日紅を見ていた。チャンス……! と思い彼の近くへ更に寄り、話しかける。
「何の花か分かる……?」
こういう時、これでも彼の反応はほぼない。だけど。
「……は、な……?」
「……っ!!」
目線は花に向いたまま。だが確かに聞き取れるか否かの小さな声で「花」と呟いた。声自体、聞くのが久し振りである。
「そうよ! 花! 七緒、分かるの?!」
「…は、な…キ、レイ……」
「っ………!! 七緒…っ!」
急いで先生を呼んだ。駆けつけた先生に事の次第を話す。すると先生が憶測ではありますが、と驚くべき事を話し始めた。
「恐らく記憶の逆行と思われます。何かが引き金となり無意識の内に記憶の逆行が起こり、それが無意識下の発声へと繋がった……と考えるのが妥当でしょう…。何かとても強い、綺麗な思い出だったのでしょうね…」
まさか。彼は私と同じ事を考えていたというのか。いや。あり得ない、そんなこと。そんな、都合の良いこと。
「さ……く、ら……?」
「………? っえ、あ、…はぁぁっ………!」
だって、だってだってだってだって……だって!!
何でよどうしてよ何故なの理由を教えてよ誰かねぇ私を助けて…!
「な…なお、な…の?」
「さくら」
もう嫌よとうとうおかしくなっちゃったの私。何で彼が私の名前を呼んでんのよ。幻聴なのこれは。夢なのこれは。
…………どうだっていいわ。今、目の前にいる彼は真っ直ぐに私の方をみている。私だけを、見ている。
彼の瞳に私が写る。
鼻が触れる。
唇の感触を最後に、私の意識は途絶えた。
彼が、七緒が、紫苑の花束を持っているのが見えた。
紫苑の花言葉
君を忘れない