第八話 戦人。
「面白い物見せてもらったよ。ポロス」
シアンをギルドマスターの執務室に残して、応接室の方に呼ばれたポロスは少しバツの悪い顔でソファーに座っていた。
「ババア。そこで止めることないんじゃねぇのか?」
「黙れ戦闘狂め。だれがババアだ、だれが!」
「別に戦闘狂じゃねぇよ!それに、ババアは俺より年上……!」
「バキッ」という音と共に、誰も触れてないティーカップが割れて中の紅茶がテーブルを汚す。だが、コレを誰がやったのかは明白だ。
「ほぉ、三年間会わない内に随分とよく喋るようになったじゃないか。久々に教育してやろうか?」
「すみませんでした!!」
ポロスは空気を読んで一瞬も待たずに頭を深く下げた。
「冗談はさて置き、良くやってくれたよ。大満足だ」
割れたティーカップはそのままにしてヴァノアは向かいのソファーでは満足そうな笑みを作る。
「俺がやったんじゃねぇよ。彼奴のアレは誰の指導や努力と才能だけでなれるもんじゃねぇ。正直、バケモンだな。彼奴は」
「お前がそこまで言うのなら期待できそうだな。ま、実力の一端はこの目で見たが、あれだけじゃないだろう?」
「ああ、多才は無才に劣ると言うが、あれは凡人だけの話だとはっきりわかったぜ。天才にそんな言葉は通じねぇ」
「天才……ねぇ」
天才と言う言葉に何か嫌な感情でも持っているのか、ヴァノアはその言葉に眉間に微かな皺を作る。
「ババア。ババアの剣筋、彼奴に見せた事あるんじゃねぇか?」
「最初に会った時見せたね」
「彼奴の主力武器はレイピアだ。剣筋もババアの物とよく似ている。多分それ見て真似して自分の物にしたんだろうな」
「それは本当か!?一回だけだったぞ!」
「それができるから天才だって言ってんだよ。それ以外にも旅の途中に会った戦人の技術を色々身に付けているんだ。魔法も含めて」
ポロスは何時にも無く真剣な目でヴァノアを見ながら自分の言葉がどれ程重要なものなのかを訴える。ヴァノアもそれを感じ取っているようでさっきより真剣な顔になっていた。
「……それは化け物としか言いようがないね。いや、私の見込みを軽く超えている。まだ八歳でしかなないのにそこまでとは……」
「これからどうなって行くのか正直見当も付かねぇ。今はまだなんとか俺の手に負えるが二年か、三年経ったら逆立ちしてもムリだろうな。彼奴は頭もいいし、性根もいいやつだが、だからこそ少し融通が利かねぇ面もあるんだ。曲がれない奴は折れる。折れた奴はぐれる。ぐれた奴が強いのは色んな意味で危険だ。だから俺に預けたんだろう?でも、力の成長が早過ぎるんだ。この後それを何とかするのはババア、あんただぞ」
「知ってるよ。でも、私も気を引き締めないとダメだね。なめられないようにもっと強くならなくっちゃ」
「うえぇっ!?それ以上強くなれるのか、ババア!?だって全盛期とっくに過ぎっ……!」
ポロスは自分の口が滑って禁句を口にしたことに気づき慌てて口を閉じるが既に時は遅かった。
「はい。再教育決定。日時は追って知らせるよ」
綺麗過ぎるヴァノアの笑みとは正反対の未来がポロスの目の前を過ぎって行った。
◇
「待たせてしまって悪いね。坊や」
「いいえ。お久しぶりです。ギルドマスター」
暫くして執務室に入ってきたヴァノアにシアンはさっき忘れてしまった挨拶を済ませた。
「全く、その律儀過ぎる挨拶変わってないんだね。他の奴等ぐらい気楽でいいんだぞ」
「でも、ギルドマスターは前回の戦勝式で正式に伯爵になりましたから、尚更無理です」
「原則的には貴族も国王陛下の民の一人だよ」
「原則だけで通じる世の中じゃありませんから」
「そこまで言うのかい……本当に八歳の子供とは思えないね」
ヴァノアは苦笑いをしながら自分の椅子に座り机の書類を手にとった。
「成長の仕方は人それぞれですから」
自分の精神年齢を誤魔化すための白々しい言い訳だったが、ポロスとの会話の後だったせいで、ヴァノアにはそれが違う意味で伝わってきた。
(成長の仕方、つまり自分が天才であることを認識している?これはこれで後に問題になるのでは無いだろうか?)
あくまでヴァノアの関心は戦人としてシアンが何処まで活躍出来て、その影響を肯定的な方向に出来るか、それだけだ。
だが、異常な成長を見せているシアンが自分の成長速度が異常であることを知っていることは《自分の力に溺れる危険性が高くなった》と見るべきかも知れない。そう判断せざるを得なかった。
異例を認める条件を付けたのは自分だ。無理やり成長を妨げることは出来ない。既にシアンを戦人にする書類も出来上がっている。書類に無いのは自分のサインだけだ。
だが、すんなりとその書類にペンを走らせる気がなかなか湧かない。
そこでヴァノアはシアンに一つの質問をすることにした。
「坊や、人間をどう思う?」
これは一種のテストだ。シアンの過去は調べて知っている。裕福じゃない農家の息子として生まれ戦争に巻き込まれ難民になり色々苦労してきた。だからこそ出せる返事は決していいものにはならない。
しかし、今の時点でこんな質問をするのは「正解じゃないと戦人にはなれない、かも知れない」というニュアンスが含まれる。
ここで戦人になる為いい子ぶった返事をするか、正直に自分の感想を言うか。ヴァノアはそれを見極めることにしたのだ。
「まだ、人間のことは分かりません。まだ、経験が足りませんから」
(この世界の人間の事は、だけど)
シアンはそうやってその質問を回避した。それはヴァノアも知っている。だから追い立てるようにもう一度質問を投げる。
「人間を知らないのに戦をするのかい?」
ヴァノア自身が考えても大人げない追い込みだ。
だが、シアンが逆に返してきた質問がヴァノアの頭を強く打つ。
「他人の全てを分かるようになれば戦う必要なんてないんじゃないですか?」
つまり、知らないから戦をする。それがシアンの答だった。
(百点満点に二百点だよ、坊や。これはもう私が出来る事は信じて見守るだけしかないね。さっきの戦闘のせいで貴族院の老害共が色々接触してくるかもしれないと思ったけど、この子なら心配無用だね。)
ヴァノアはそこで何も言わずに署名欄に自分のサインを入れシアンに渡した。
「これを持って受付にいきなさい。これで坊やも戦人だ」
◇
戦人。
全ての戦に関わる人がそう呼ばれるが、職業としてその単語を使うことが許されるのは、どこの国でもギルドに登録して正式なギルド員になった人だけだ。
ギルド員は一から十までランク付けされており、実力とギルドへの貢献度によってランクが上下する。
誰であっても始まりは十級で、ギルド本部でのみ貢献度の審査が行われランクが変動する。五級からは試験があり、一級にはギルドの幹部と他の一級の会議によって上がることが出来る。
ギルド員には幾つかの義務がある。
1.ギルド員の間で死闘は禁止。腕試しは必ず訓練場で行う。
2.ランクごとに設定されている年間仕事量を必ず処理する。
3.戦争などの緊急招集に備え、二ヶ月内に一度必ずギルドに自分の居場所を知らせる。
それ以外にも仕事の失敗に関するペナルティとかギルドに対する迷惑行為とかの幾つもの義務を守ることが出来れば、ギルド員は13歳以上の人間全てに発生する国税を免除され、ギルドと締結している色んな機関でも優遇される。
そして、全てのギルド員には他では簡単に手に入れることが出来ない特殊な物を無償で貰える。
それは複製が出来ない特別な腕輪だ。
身分証とアイテムボックスとしての機能を持っているその腕輪は、世界で唯一、エルフ族とドヴェルグ族が共存している南の大国、ウーディラント公国でしか作れない先端技術が集結されたシロモノだ。
その国はその技術を門外不出としているが、幾つかの国のギルドには完成品の取引を行っている。勿論今シアンがいるラザンカロー王国のギルドもだ。
シアンは受付の中年女性、ミリアーナから全ての説明を聞いてその腕輪を貰うと、それを腕に付けてみた。
かなり大きかったその腕輪はミリアーナの指示通り少し魔力を流すと、腕の形に合わせるようにサイズが調節され、シアンの左手首に何の違和感なく、まるで元いた場所に戻ったかのように装着された。
「失くさないように気を付け下さい。壊したり失くしたりすると、大金貨2枚の賠償金が発生しますから」
「大金貨2枚!?」
国ごと貨幣は違うが、この国では大と小の銅銀金の6種類の貨幣があり、その中で一番高い大金貨は小麦の市価を基準に日本円に換算すると1000万円相当。
つまり、2000万円の賠償金が発生するとのことだ。
シアンは三年間、稼いで貯めた自分の全財産を思い浮かべて、すぐにでもこの腕輪を外したくなってきた。
(現在、自前のアイテムボックスに入っているのが小金貨94枚ぐらい。三年間の生活費用を差し引いてそれぐらい貯めることが出来たのに……一体何年稼いだらコレの値段になるんだ?)
《『約5年半ですね。でも、これからはちゃんとした依頼料と素材の売却料が手に入りますから。そこまでは掛からなくなると思います』》
(でも、早いとこランク上げないとだめだな。ランク低いと依頼料も大したことないし)
《『心配しなくってもすぐに上がります。焦っても何のためにもなりません』》
(ありがとう。でも頑張らなきゃな)
《『はい。頑張りましょう』》
「何か他に質問ありますか?」
「いいえ。説明ありがとうございました。そろそろ僕は宿を取りにいきます。宿が決まったらすぐ知らせに来ましょうか?」
「いいえ。明日で結構ですよ」
そうやって無事ギルド員登録の手続きが終わり、シアンはギルドを後にした。
ギルドを出るシアンの後ろ姿をギルドの中にいた何人もの戦人達が目で追っている。
皆の何処か警戒している視線とは違い、一人だけとても違う雰囲気を持つ人物がいた。
「シアン君……か。この国もこれからおもしろくなりそうだな……」
誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いたその人物は、自分の顎鬚をさすりながらシアンが出たギルドの門をとても楽しそうな顔で見つめていた。