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第七十話 合理の国


 シアンがメイブレンの正体に気付いたのは、アンリのお陰だった。


 四年前、まるで個人図書館のようなメイブレンの家に行った時、書庫にある本の中にウディーラントに関する書籍が異常すぎるほどあったことをアンリが気づいてシアンに知らせた。

 ウディーラントに関する情報はこの大陸ではそこまで多く知られていない。

 それだけでは疑うようなことではないのだが、その書物の中に一冊だけ、一般人が持ち得ない書籍がアンリに疑問を抱かせた。

 それは……。


 「それにしても、あなたは自分の正体がばれたことに驚かないんですね」

 「驚いてるよ。だが、驚いたから何か変わるわけではない。特に正体を隠していたわけではないからな」

 「そうですね。あんな本を書斎に堂々と置いてあるぐらいですからね」

 「あんな本?」

 「ええ。『ダンストン戦術論』ですよ。ダンストンの初代当主が書いた古代戦術書。ウチの書庫にも一冊あります。だが、それ、四冊だけしか写本がないんですよね?一冊はモラークの王宮書庫に。もう一冊はウチの母が伯爵位を叙爵する時、陛下から貰って、ウチの書庫に。そして残り二冊は別の国で禁書処分を受けて燃やされた。その事件以来、本の写本は作られていないはずです。つまり、そこにあったのは写本ではない」


 それは、シアンが以前屋敷にいたその本をかなり面白く読んでいたから知っていたことだった。


 「そう、それは原本だ。あの本の山でそれに気付きそこから私まで辿り着くとは、全く大した洞察力だよ、少年。それぐらいなら、我が国の公王とも問題なく会談が出来そうだ。では参ろう。公王が待っている」

 

 メイブレンは満足したように、頷いては懐の中から魔石を一つ取り出し、何かの詠唱を唱え始める。

 

 「ま、まって!ギルドの中での魔法使用は……」


 静かにシアンとメイブレンの話を聞いえていたヴァノアが慌ててメイブレンを止めようと手を伸ばした。だが、その時、魔石から光が飛び出し目の前に光の扉を作り上げた。


 「ゲ、ゲート……」

 「ヴァノア殿。少しばかり少年を借りるぞ」

 「お母様。心配しなくっとも直ぐに戻ります。むしろダラダラと時間を無駄にする必要がなくって楽ですから」

 「シアン……少しは順序と言う物を考えないと後に問題になるぞ。他国の国王と国の一大事を先に話し合うなど……」


 ヴァノアは困ったような顔でシアンを咎めた。


 「時間は有限です。特に性急になっているわけではないですが、これは善です。善は急ぐに越したことありません」

 

 シアンはヴァノアにそう答えながら腕輪の中から、こっそりマキアデオスから貰った全権委任状を取り出しヴァノアに見せる。

 好き勝手やっても問題になるわけではない。そう言っていたのだ。

 ヴァノアは余りその委任状で権力を振り回すのは好ましいと思えなかったが、一回深いため息を吐いて渋々と頭を縦に振った。

 

 「……わかった。行って来なさい。正し、直ぐに戻ること。そして、戻ってきちんと報告しなさい。わかった?」

 「はい。直ぐに戻ります」


 シアンは笑顔を見せてそう答えた後、直ぐ執務室の隅に移動し、何かの魔法を使い始めた。


 「!?少年!それは……」

 「転移魔法の目印です。直ぐに戻るなめのね」

 「……我が国でもしもの事があった時、脱出するためではないのかね?」

 「それもありますね。今僕は何処かで縛られるわけにはいきませんから」 


 素知らぬ顔でメイブレンを凝視するシアン。

 その言葉の中には、自分を縛ることは出来ないから諦めろ、という意味が含まれていて、メイブレンもそれを察知していた。


 公王から貰った指令は、統合ギルド設立の発案者を連れて来ることだ。

 元々閉鎖的な国であるウディーラントにとって、ギルドとは世界との唯一の繋がりとも言える。


 基本的にギルド以外とは貿易もなく、戦争もしない。

 だが、彼らの技術力が極めて高い故、数回か戦争を仕掛けられはしたが、彼らはあっさりそれを退けていた。そして、その国のギルドには完全に交渉を切ると言う制裁を食らわせることで、他の国がそんな野望を抱くのも潰した。


 そういう経緯を持つ国がギルドの出で立ちに関して、多大な関心を持つのは当然なことであって、シアンもそれを良く知っている。

 だから、ウディーラントが統合ギルドを創ろうとする自分に接触してくることを予想していたのだ。

 しかし、問題はその意図がギルドの統制にある可能性だった。

 

 ウディーラントは国家だ。当然国益を考えるはずだ。それを踏んだ上で接触の理由を見直してみると、統合ギルドは国の交渉相手として、とても強力な、故に厄介な存在に成りかねない。

 だからシアンは、ウディーラントが統合ギルドが設立されても自分たちが持っている影響力を存続させる為に、何かの手を打つ可能性を想定していたのだ。


 例えば、自分を拘束して、統合ギルドの創設を未然に塞ぐとか、脅迫などをして、統合した後にも影響力を強くする算段をするとか……。

 

 「まぁ、それは会談の結果次第だな。だが、そんなに身構えなくとも問題ないだろう。確かに、他の参議員の中ではそんな事を考えているもの(阿呆)がいるかもしれんが、公王はそこまで馬鹿ではないからな」

 「なら問題ないですね」

 「ああ、ないな。では参ろうか」

 「はい。行きましょう。では、行ってきます。お母様」

 

 お互い納得した上でメイブレンが造ったゲートの方へ踵を返したシアンは、アンリ達に「今日中に戻るから、屋敷で待っててくれ」と指示する。そして、同時に念話でアンリ達三人に、

 『僕がいない間、ここの防御を頼む。会談が上手く行かなくって暴れることになれば、何か向こうから報復があるかも知れないから』

 と、注意をしておいた。


 そして、シアンはメイブレンと一緒にウディーラントへ向かうゲートの中に足を踏み入れた。







 「ようこそ。我がウディーラントへ。シアントゥレ・イプシロン伯爵」


 ゲートから抜けた先には、予想を超える光景がシアンを待ち受けていた。

 

 まるで、現代地球の遊園地などで良く見かける鏡の迷路のような空間の中央に、悪党面のエルフ青年が一人で、シアンを待っていたのだ。

 謁見の間か、王の執務室、もしくは兵士達に囲まれることまで想定していたシアンは自分の想定との相違に軽い当惑を感じてしまう。


 特に実害がありそうな部屋では無かったが、思わずキョロキョロしてしまったシアンは、自分の後の方を振り返ってみて漸くこの部屋の役割を理解した。


 「ああ、世界各地に移動するためのゲートを集めた部屋ですか……」

 

 そう。

 鏡のように見えたのは実は他の場所へと繋がれたゲートであって、そのゲートがほんの少しの揺れもなく安定していたせいで、鏡のように見えていたのだ。

 

 「まぁ、こうやって集めた方が効率的だからな。ちなみにこの真上が私の執務室だ」

 「確かにそうですね。それと、挨拶が遅れました。はじめまして、ウディーラント公王」

 

 シアンは、貴族としての礼儀など完全に無視して、軽い口調で公王に挨拶する。普通ならば不敬と言われるかも知れない所業だが、約束もなく呼んだならこれぐらいで文句言うな、と言う不満も含まれていた。

 だが、公王はそんな礼儀などにはまるで介さないような顔で、口元を釣り上げてせっせと自分の話を進めていった。


 「単刀直入に聞くぞ。お前、統合ギルド創ろうとしてるんだってな?」

 「単刀直入が好きな国のようですね。メイブレンさんも公王も……ええ。創ろうとしていますよ。それが何か?」

 「そんなことは我が国に先に知らせてから、やって貰わないと困るから聞いてるんだけどな」

 「きちんと始める前から気づいて人を呼びつけて言う言葉ではないですね」

 「ま、そうだな。悪い。じゃ、勝手に呼んだのは謝ったから、これからどうするか聞かせてくれるか?」

 「本当に単刀直入ですね。まるで何かに追われているように見えます」


 シアンは余りにも勝手に話を進めていく公王を見て眉を潜める。

 約束もない招待に、格式もヘッタクレもない対面に、話の順序など完全無視した話に少し不愉快になってしまっていた。

 それに、こんな風に行ったらどんどん相手のペースに飲まれてしまう恐れもあったから、シアンは一旦不遜な言葉で話の腰を折った。


 「追われてるわけではないが、時間は有限だからな。我が国は初代から『合理』を第一に『効率』を第二のモットーに掲げている国だ。不必要な探り合いなど『合理』でも『効率的』でもないから、省いているだけさ」

 

 『合理』と『効率』はシアンも嫌いではない。

 時間の有限さなど、何時も自分の口で言っているセリフだ。

 だが、この話には裏がありそうだ、とシアンは直感した。

 そして、その核心を貫く質問を公王に返した。


 「()にとっての『合理』と、()の為の『効率』ですか?」


 一瞬の沈黙。

 その後、顔から感情を完全に消した公王が静かに呟いた。


 「この質問を他国の若造から聞くことになるとは……」

 「おや、誰かから既に聞かれたことがあるのですか?」

 「ああ。子供の頃、先王からな」

 「その時は何とお答えを?」

 「『誰』を広め、その合間を縫うのが『合理』であり、その合理に近づく近道が『効率』だと答えた」


 誰を広める。

 つまり、自分、同族、国民、隣国、世界と、対象の範囲を広めると言う意味だ。

 そして、その合間を縫う。

 つまり、世界の調和を考えると言うことだ。

 子供がするような答えではないのだが、それほど優秀だったと言うことだろう。

 だが、内容は、正に子供が言いそうな甘っちょろい理想論だ。

 

 「傲慢ですね」

 

 自分の上をいく理想論を口にする人間がいるとは思えなかったシアンは、思わずそう呟いてしまった。


 シアンもそんなことを考えなかったわけではない。

 だが、人間の欲望のせいでそれは不可能に近いことだ。

 だから、シアンはギルドの統合と言う強行手段を取ってそれを成そうとしているのだ。


 「昔は、な。だが、今は少し答えが変わった」

 

 公王はシアンの罵倒にも近い話を聞いても眉一つ動かさずに、今の答えを口にしていく。


 「合理は合理を求める者の為にあり、効率は合理追求の道で捨てられる物を可能な限り減らすことだ」


 「理想を共有できる者達と、出来る限り多くのものを調和に導く……そう言う意味ですか?」

 「そうだ。それが我が国の初代公王が掲げた合理と効率の正しい解釈だと、私は思っている」


 それを聞いたシアンは、満足したように頷く。

 そして、一呼吸入れてから自分の計画の概要を一気に口にしていった。


 「分かりました。僕がこらからどうするつもりか、お答えしましょう。私は全てのギルドを統合して国家から独立させます。もちろん、この国のギルドも国から切り離すつもりです。そして、ギルドを利用する国家間の戦争を牽制します。究極的には国家連合を目指したいと思っています。もちろん統合ギルドがその中心です」

 「赤の剣と古代人対策では無かったのか?」


 シアンは赤の剣と古代人の話は伏せたまま、自分の計画を簡略に話したが、どうやら公王の耳にはシアンの計画がある程度入っていたようだった。

 

 「既に赤の剣は全員が僕の部下になっています。古代人は、統合ギルドが出来て、ゲートなどのちゃんとした連絡網が構築出来れば、発見次第。僕が出向いて潰します。つまり、古代人対策の為だけ(・・)の統合ギルドではありません」

 「既に……そうか……」


 公王の顔が驚きで少し歪む。

 シアンはそれを見て、今が決め時だと思って、用意していた質問を公王に投げかけた。


 「僕からの最後の質問です。僕の計画を聞いて、ウディーラントの公王はどうなさるおつもりですか?」

 

 だが、それは質問するまでもないことだった。

 

 シアンも、そして、今まで一言も発しないまま静かに聞いていたメイブレンも、既に公王が出す答えをわかっていた。


 「お前の計画は合理的だ。それにこんな短時間に赤の剣を手下に置く程、効率的だ。よって、私はその計画の支援者になろう。お前が創る統合ギルドには我が国との優先的交易権を、ひいては国家連合の計画が軌道の上に乗った真っ先に我が国も参加することにしよう」


 嬉しそうにそう宣言する公王は最初に会った時と同じく、性格悪そうな笑みを浮かべていた。

 口調とは違い、顔は悪党その物だ。威厳の欠片も見当たらない。

 

 『ほんと、エルフとは思えない程の悪党面なんだよな~。これで、理想主義者とは……全く、少しは顔と性格のバランス調整してくれよ』


 そんな感想とは関係なく、この数分の会談で、シアンは現在各国ギルドに多大なる影響力を持っている技術大国ウディーラントの頼もしい支援を手に入れる事が出来た。

 


 これで、シアンの計画に必要な下準備は終わった。

 残ったのは世界各国のギルドと首脳部との交渉と、各ダンジョンに囚えられた異世界の魂の開放。そして、古代人の対処だけ。

 

 シアンはこれから始まる世界を廻る長旅のことを思いながら、予想より遥かに早い時間にラザンカローへ帰還した。


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