第六十九話 招待
組織の長であるトーレスが投降を宣言したことで、赤の剣はその場でこの世からいなくなった。
トーレスを除く他のメンバーは気を失っているせいで、そのことを知らなかったが、シアンに取っては関係ないことだ。
何故なら、シアンは赤の剣に対する全権を持っている上に、この地はラザンカローの領土内。つまり、法的問題なんて何一つなく、赤の剣と言う犯罪組織員を捕らえる事ができる。
そして、制圧した犯罪者の処遇に関する権利も当然シアンのものだ。
だから、シアンは遠慮なんて全くなく、気絶した赤の剣のメンバーに烙印の魔法を掛けて廻っていた。
「最後に一つだけ質問があります」
22人中最後のメンバーであるサハラまで、烙印の魔法をかけた時、トーレスが話を掛けてきた。
トーレスは最初に会った時と同じ金髪の好青年の姿に戻っている。
シアンはどうせ皆にトーレスの正体を明かすつもりでいたので、古代人の姿で構わないと言っていたが、他のメンバーを含む周りの人間を混乱させない為、そして、部下たちには自分から本当の姿を明かしたいと言うトーレスの頼みを聞いて、シアンはそれを受け入れた。
そんなシアンに、トーレスは再び深刻そうな顔で質問をかけている。
シアンは面倒くさそうに「まだあるのか?」と呟いてトーレスを睨んだ。
「異世界の魂のことです。ダンジョンの核になっている魂を開放するのは聞きましたが、私が、いいえ、私達と古代人が既に喰らった魂はどうするつもりですか?」
古代人が異世界から呼び寄せた魂は、一部はダンジョンの核に使われ、一部は自らがそれを喰らって力の糧にしている。
危険性を持っているのはダンジョンの核であって、それを開放するのは未来の為だ。だが、古代人と赤の剣が喰らった魂をなんとかしないと、過去の精算にならない。
つまり、トーレスは自分の、自分たちの贖罪をどうさせるつもりなのかを、シアンに聞いてていたのだ。
「生きた人間から異世界の魂だけ切り離すなんて不可能だ。でも、どうせ死んだら、切り離されるわけなんだし。結果論から言うと、どうにもしない、と言う返事しかできないな、それに関しては」
「なら!あなたの計画が成功した時……!」
古代人と、自分たちを殺してくれ、と。トーレスは言おうとしたが、シアンは「だが、」とその言葉の切って自分の話を進める。
「ダンジョンを処理してるのを古代人共が黙って見過ごす訳ないだろうし、その過程で僕の前に現れれば……まぁ、殺すだろうな。お前と元・赤の剣の連中は、頑張って自分の意志で償っていけばいい。寿命が尽きるまで、な」
「自分の意志で、ですか……甘すぎではないですか?」
「それは僕がつけた烙印のことを知らないから言える言葉だと思うぞ?」
「烙印ですか?」
「ああ。僕がお前らにつけた烙印は、【天律】と言う烙印だ。元は他の世界のある悪質な宗教団体が開発した魔法で、この魔法の効果は二つ。術者の命令に死ぬまで絶対服従。そして、術式に組み込まれたルールを絶対遵守。この二つは、自分自身が死ぬことを知っていても破ることはできない」
「それでも、甘いと私は思いますけど。どうせ奴隷はそんなものですし……」
「はっ。自虐趣味もそれまでいくと大した物だがな。僕が術式に組み込んだルールは、自害禁止。それと、命令なく他者に重傷を負わせること禁止。命令なく攻撃魔法を使用するのも禁止だ。こんな条件の上で、お前らを戦闘職として使うんだ。どうなるか頭回してみろよ。その上で自分で考えた償いをしろと言ってるんだぞ、僕は」
自害もできない。命令が無ければ、攻撃してくる敵にまともな反撃も出来ない。わざと誤射でも狙って攻撃したくっても攻撃魔法すらも使えない。つまり、シアンが側にいない時にことが起きれば、逃げるか、物理的な防戦しかできない。
つまり、肉壁だ。残酷としか言いようがないルールをつけられてしまったのだ。
だが、それを聞いたトーレスはむしろ感謝した。
そして、もう一度安堵した。
こんなシアンなら、情などでことを仕損じることはないだろうと……。
「わかりました。どうせ、私はあなたの奴隷です。なんなりと申し付けてください」
「部下でいい。奴隷なんて言葉はあんまり好きじゃないから」
「はい。主君」
「僕は君主じゃない。なるつもりもない。だから……ううむ……呼称なんて考えてなかったな……ま、いっか。隊長でいいや。どうせ軍閥の親玉みたいなもんだし」
「はい。隊長」
そうやって、シアンの呼称が決まり、シアンは最初の命令を下して、屋敷を後にした。
どうもシアンの魔力の影響が強すぎたのか、起きる素振りも見せない他のメンバーが起きれば、説明の後、荷を纏めて全員で王都のギルドまで来るようにと。
それを聞いたトーレスは、シアンが自分が皆に謝罪する時間を与えてくれたと、心から感謝していた。
しかし、
本当のことは、ただ皆が起きて、トーレスが自分の正体をばらすことで起こるであろう混乱を、シアンが面倒臭くって避けた、だけだった。
そして、他のメンバーが中々起きなかった本当の理由は、シアンがそんな風に面倒に思うだろうと予想したアンリが、気絶した皆に眠りの魔法を掛けたせいだと言うことは、シアンですら知らないことだった。
いや、これからも知らないのであろう……。
◇
数日後、
シアンたち四人が王都のギルドの門を潜る。
夕方に到着したせいか、ロビーを通る時、何人かの戦人がシアンの前に立ちはだかり、シアンにイチャモンを付けてきた。
久しぶりの些細なハプニングに少し面白そうだな、と思ってしまったシアンだったが、戦人たちの視線が後ろにいる、アンリたちに向けられたことに気づいて完全にその気が失せてしまった。
シアンは体は大きくなっても、顔つきにまだ幼さが残っていて、男らしさより中性的魅力がある顔をしている。つまり、戦人向きの顔ではない。
アンリとサティーは、シアンと顔つきは似ているが、文句の付けようがない美少女で、ユウは体の線が相当隠れてるメイド服を着ているが、顔も体も脅威的過ぎるお色気美女だ。
血腥い1日を過ごした戦人たちが一見ヒョロそうなシアンと一緒にいる美女、美少女を見て何を思ったのかは、考えなくとも良く分かることなのだろう。
シアンもたまにユウを見て性的魅力を感じることもあったから、それ自体は咎めない。
だが、アンリは違う。
性的魅力を感じたりはしないが、シアンにとってアンリに対する独占欲は、サティーとユウに対するそれを遥かに超えるものだ。
だから、シアンは非常に不愉快な気分になっていた。
だから、睨んだ。
だから、その目には殺意が込められていた。
そして、夕方の賑やかなギルドロビーは一瞬で無音に支配された。
息をする音も、服が掠れる音も、完全になくなっている。
瞬きする音があったなら聞こえるほどの、完璧な無音。
その中で、透き通るようなアンリの声が響いた。
「シアン様。ヴァノアさんが待ってますよ」
その言葉で、シアンは戦人たちから関心が無くなったように視線を外し、いつもの顔に戻って再び階段へと足を運び始めた。
シアン達が階段を上がっていく足音と共に、ロビーの時間がまた動き出す。
そして、漸く状況を理解した戦人たちの言葉が、ロビーを恐怖の色に染めた。
「……シアン、って……あの化物が戻ってきやがったのか……」
◇
「シアン様。魔力制御が上手くなりましたね」
階段を上がっていくシアンに続きながら、アンリが嬉しそうに話しかける。
「まぁ、核爆弾の安全装置みたいなものだからな、甘い制御するわけにはいかないだろ?」
ロビーで感情が乱れて凄まじい殺気を発しながらも、魔力の一欠片も外に出さなかった自分を褒めるアンリに、シアンは苦笑いしながら返事を返した。
核爆弾級の魔力。そして、それを極限までコントロールする魔力制御。
それが、シアンが手に入れた、いや、無理やり自分に組み込んだ能力だった。
シアンは箱庭で、自分の体に限界を超える魔力を宿すために、魔力生産術式と、魔力貯蔵術式を全身の体内に書き込んだ。
その他にも、強くなるための試しなら、なんでも可能な限り自分の体に施した。
だが、やり過ぎた。
そのせいで、魔力制御を補助するための術式まで必要になったのだが、それに気付いた時には、もう書き込む場所が体内には残ってなかった。
だから、シアンは自分の体を成長させた。
体が大きくなり、もっと沢山の術式を組み込めるようになった。
だがシアンは、制御の為の術式を組み込んだ後に残った部分に、また、他の術式を組み込んでいった。
また、その術式分の魔力を制御する為の補助術式が必要になって、それを書き込む場所がなくなってしまった。
結局、シアンは全体的に術式を見直し、自分が持つ魔力の相当部分を、半手動で制御することにした。
普通の人間には想像すら出来ないほどの繊細な制御が必要になったが、シアンは少しも反省しなかった。
必要だったと思ってやったことで、出来ると思ってやったことだ。
そして、シアンは一歩間違えれば、大事故を起こしかねない魔力を、とても良く制御している。
シアンが自分の事を歩く核爆弾と呼んだのも、アンリが褒めたのもそんな理由からだった。
「それより、先客がいるようですね」
その時、サティーが階段の上に視線を向けながら呟いた。
視線の先はヴァノアの執務室の方向だ。
「ああ、知っている気配だ」
「はい。主様。知っている気配です」
シアンに続いてユウも気配の正体を知っているようだった。
そして、アンリも気配の正体と、ここに来た目的を知っていた。
「予想より、結構早いですね。情報力の方は赤の剣より上かも知れません」
「そうだな。待たせるのもなんだし、行くか」
「「はい。シアン様」」
「はい。主様」
階段を上がり、シアンが執務室の門をノックすると、中から「入れ」と言うヴァノアの声が聞こえて来た。
礼儀に従い、「失礼します」と口にしてからゆっくり門を開いたシアンを迎えたのはヴァノアではなく、シアンたちが予想していた先客の方だった。
「久しぶりだな、少年」
「お久しぶりですね。メイブレン先生」
メイブレン。
四年前、モラークでプレリアと一緒に出会った、神話と歴史の研究をしているエルフの男性だ。
そして、異世界の魂が転生した、転生者。
「長々と挨拶をする仲でもないし、単刀直入に私の用件を……」
メイブレンは待っていたかの様にシアンに用件を切り出そうとする。だが、シアンがその用件を先に口にした。
「ウーディラント公国からの連絡ですよね?用件は統合ギルドの件。そうでしょう、アギレアース・メイブレン・ダンストン参議員?」
「ほぉ。既に知っていたのか。大したものだな、少年。そうだ。我が国の公王からのご招待だ。旅で疲れているところ悪いが、できるだけ早くウーディラントまで来て頂けるかな?」
ギルドの核心アイテムである、腕輪の技術を独占している南の大国、ウーディラント公国。
エルフ族とドヴェルグ族が共存しているその技術大国が、自分の予想より早く統合ギルドの話に食いついたことに、シアンは嬉しそうに口元を釣り上げた。
※次回の投稿は11月23日午後2時前後になる予定です。頑張ります。




