第六十六話 ご対面
夜、シアンは尋問を済ませたミリアーナを拘束してギルドまで足を運んだ。
人目につかないようにフードを被せて移動して、ヴァノアの執務室までミリアーナ連れてきたシアンはヴァノアに、ミリアーナが赤の剣であったことと、赤の剣の司教との面談が決まったことを知らせた。
再び自分の膝下で赤の剣が潜伏していたこと、古株のミリアーナがその張本人であったことに驚きながらも、ヴァノアは冷静にその事実を受け止め、ミリアーナの処遇を《犯罪奴隷》として扱うと言うシアンの決定を支持した。
ただ、赤の剣が隷属呪縛に関わる何らかの対策を持っている可能性があったため、シアンは自分だけが解除できる特殊な烙印をミリアーナに付けることにして、後はヴァノアに任せることになった。
その後、宿からヴァノアの屋敷へ荷を移したシアンは、4年ぶりに自分のベッドで気楽な睡眠を楽しんだ。
そして、次の朝。
「で、司教とは何時会う予定になってるんだ、シアン」
朝食の場でヴァノアがシアンにこれからの予定を聞いてきた。
「五日後にウルディナです。明後日出発する予定です」
ウルディナは王都から東北方面に馬車で三日ほど離れている都市の名前だ。だが、約束は五日後。二日の時間が余る。
「明後日か……でも、五日って長くないか?向こうがもし善からぬことを考えているのなら……」
「問題ありません。どんな準備をしていたとしても僕ならやり返せます」
普通の面談なら二日ほどの余裕は何の問題にならない。だが、今回は敵対する相手との接触だ。相手に余計な時間を与えるのは良い判断ではない。
ヴァノアはそのことを言い聞けせようとしたのだが、シアンは余りにも自信満々な返事をヴァノアに返した。
「自信感は良いけど、幾らお前が強くっても相手を甘く見ると足元をすくわれるぞ?」
「はい。分かってます。だから、もしもの事が起こらないように僕も僕なりに出来る限りの準備をしていくつもりです。絶対やられたりはしません」
シアンは母の心配が取り払えるように、もう一度自信満々な返事を返す。
実際、シアン自身はほんの少しの心配もしていなかったから……。
何故なら、
『五日で用意できる罠なんて、心配する方が可笑しいですからね』
シアンの側で食事を口に運んでいるアンリが念話で話を掛ける。
『違うよ、アンリ。ただ、備えあったから憂いがないだけ。シアン様が相手に対する対策を講じた時間が長いから心配が減ったんだよ。備えがなかったら、五日の余裕は十分に命取りになる可能性がある時間だ』
『まぁ、心配事が少なければそれでいいよ。おどおどしながら生きたくないからね』
シアンは素知らぬ顔で二人にそう返しておく。
だが、サティーの言ったこととアンリが言ったこと、そしてシアンが言ったことはシアンが箱庭で過ごした時間を物語っていた。
おどおどしながら生きるのを避けるために、シアンが箱庭の中でやっていたのは、アンリが十二年と感じた、そんな長い時間の間ずっと考え探していたのは、赤の剣と古代人に対する、ありとあらゆる状況下での対策。
そして、その対策をしくじることなく、やり遂げるための強さだったから……。
「では、僕は先に上がらせて頂きます、お母様。余裕があると言っても、色々やることがありますので」
「そう。じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。夕食は家で取るだろう?」
「はい。夕食までには戻ります。また、旅に出るわけですし、出来るだけ食事は一緒に取りたいですからね」
シアンは笑いながら席から身を起こす。アンリとサティーもシアンの後に続いた。
ヴァノアは食堂を出て行くシアンの後ろ姿を見ながら、寂しそうな笑みを浮かべる。
(体だけじゃなく心も大きくなってるようだね。人を思いやる言葉までかけるようになって……でも、シアン。幾ら危険がないと言われても、幾らお前が強くなったと言っても、母親には心配ぐらいさせてもいいんだよ?)
頑なに心配させまいと言うシアンの心使いは、何故か母親の権利を奪っていったような寂しさを感じさせた。
だが、ヴァノアはこんな複雑な親心は多分、普通の親には知りえないことだろうと、苦笑いしながらも、幸運に思うことにした。
◇
「それでは手術の前に、検診からしましょうか」
屋敷を出たシアンが向かった先はプレリアの書店だった。
書店の中に入ったシアンが、カールを呼びアンリに指示を出すと、アンリがカールに近づいて看護師のように、体のあっちこっちをチェックし始めるめる。
色んな色の魔法光が複雑な紋様を描きながら自分の体に吸い込まれて、飛び出してくるのを繰り返すのをみて、カールが慌てながらシアンに説明を求めてきた。
「な、な、なにやってんだ?しゅっ、手術って?」
「動くなよ。これからお前にでっかい借りを被せるつもりだから」
「か、借り?足のことなら約束だろうが!」
「何言ってるんだ?僕は約束って一言も言ってないぞ?『お前の体を治す力も身に付けてやる』と言っただけだ」
「な、なんだよ、その屁理屈!?」
「だから、治して貰ったらちゃんと借り返して貰うぞ?」
シアンは少し意地悪そうに微笑みながら、車椅子に座ったカールの肩を叩く。そして、
「それじゃ、アンリ、サティー。ここは任せたよ。僕はプレリアさんと話があるから」
「はい。シアン様。検診が終わったらお呼びします」
「りょうか~い」
シアンは軽く手を振りながら、書店の中にある事務室の方に足を運ぶ。そこで少し不満そうな顔でプレリアがシアンを待っていた。
「シアンさん。朝から一体何するつもりですか?」
「カールを歩けるようにするだけです。それと、プレリアさんにも色々と仕事の指示を、ね」
「歩けるんですか!?」
「まぁ、多分。今アンリが検診してますから、そこで問題なければ、僕が手術して歩けるようにはなるでしょう。でも、直ぐには無理ですね。歩行練習しないと……」
「すごい!!すごいです!!」
シアンの話にプレリアが子供のようにはしゃぐ。出会いが出会いだったせいもあって、今も口喧嘩が絶えない仲だが、カールを雇ってるぐらいだ。それなりに情はあるのだろう。
カールが歩ける話に、まるで自分のことのように喜ぶ姿は、シアンにとっても喜ばしい反応だった。
「その前にプレリアさんに仕事の話です。プレリアさんに二つ程をして欲しいことがあります」
「二つ、ですか?」
「はい。二つです。まずは統合ギルドのルールを作りです。今のギルドの形を出来るだけ崩さないようにして、公平かつ不正の余地を最大限取り払う形でお願いします。これは十分に時間を取って頂いて構いません。そして、二つ目の仕事は王権の強化ですが……」
「ま、待ってください!」
一気に自分の用件を話していくシアンを見て、プレリアの顔はどんどん硬くなっていって、二つ目のことになっては思わず声を上げて、シアンの言葉を切ってしまった。
「二つって、一体私に何を求めているんですか!一つ目の仕事も普通なら数年は必要な仕事ですよ!?それに王権の強化って、私にどうしろと!!」
当然だ。統合ギルドのルール作り自体も簡単ではないことだが、シアンが出した条件はもっと厳しい。
今の形を維持しながら、他の国にも通用するルールを公平かつ不正を最大限取り払うように作るなんて、幼稚園児10000人のワガママを一気に聞いてやる方がマシなぐらい、無理な話だ。
それに、王権の強化という、総合的な要因が複雑に作用する事柄を、個人でどうこうしろとはもっと馬鹿げた話だ。
だが、シアンは「分かってます」とも言うように、柔らかく微笑んで説明を続けていった。
「当然、他の国のギルドが統合ギルドに参加するごとに、利害問題が発生するでしょう。だから、その度にルール変更が必要になると思います。だから、今直ぐってわけではありません。人員が必要なら後々集めていきましょう。ですが王権の強化は今が好機です」
「好機?」
「はい。今モラークへの内政干渉で貴族は自分たちの私腹を肥やしています。ですが、王様にはモラークから手を切って頂きました。多分、今日の御前会議でそれを言い渡して、沢山の反論を受けているでしょう。その反論は簡単に収まるようなものではありません。貴族共は自分たちの力を集めるでしょう。自分たちの利益を守る為に。だから、今が好機なんです」
「意味が分かりません。貴族の結集が何故、王権強化の好機と繋がるんですか?」
プレリアは何の脈絡も無さそうなシアンの話に眉を潜める。
シアンはそんなプレリアの理解を促す為、逆に質問を投げかけていった。
「同盟国の貴族が自国内で利益活動をするのは国際問題を起こす可能性があるから基本的に不法、ですよね?」
「あ!」
「そんな不法をやった貴族を罰する権限は国王にあるでしょう?」
「そして、そんな不法をやった貴族を庇護すれば、その貴族は同罪として処罰できます!」
「だから、結集が好機になるんですよ。モラークの件をネタに貴族共を、潰される寸前まで追い込む。そうすると奴等には戦って死ぬか跪くかしか道がなくなるでしょう。そこで、王様が兵権と無罪放免のトレードを提案すれば、どうなるのでしょうか?」
まるで、悪党のボスのようなセリフを口にするシアン。
だが、そこには一つ大きな欠点があった。
「我が身をあんじて兵権を手放す貴族もいるでしょう。でも、内乱になる可能性だってあります」
「なりませんよ。その為のカールです」
「カール、ですか?」
いきなり逸れた話題にプレリアが目を丸くする。
そしてまるでタイミングを測ったようにノックの音が聞こえてきた。
「アンリか?」
「はい。シアン様。問題ありませんでした。B案で手術可能です」
「B案か全魔法型だな。了解。今行くよ」
「シアンさん?まだ、話が……」
「終わりましたよ。まさかお忘れですか?カールが何だったのか?」
「白の剣で……奴隷商……情報屋……あ!」
「ええ。カールには貴族どものありとあらゆる弱点探しを含めて、これから一杯仕事してもらう予定です。プレリアさん以上に、ね。歩けるようにするのは、その賃金の前払いの一部です。いや、あいつなら、既に幾つか持っているかも知れませんね。貴族どもの汚い噂など、あいつに取ってはいい金づるだったはずですから。そう言う情報も上手く使えば、案外簡単に仕事が終わるかもしれませんよ?」
事務室を出て行くシアンの笑みを見ながら、プレリアは軽い身震いと共に、貴族たちに対する哀れみを感じた。
シアンが貴族たちを見る目は、空気中に漂う塵を見るような目だったから。
目障りだが、手を振って取り払えばいいだけの、本当にどうでもいいものを見る、強者の目線……。
だが、プレリアにはそんなシアンの強者としての傲慢さが何故か、とても優しいもののように感じられた。
◇
その後、カールの手術を無事終えたシアンは、カールに歩行練習のやり方と情報屋の活動に必要な新しい魔法を教え、一通りの仕事を押し付けてから、プレリアの書店を後にした。
だが、シアンには残り二日間、やることが沢山残っていた。
自分がいない間、赤の剣とか古代人が動いた時の為の対策とか、統合ギルド創設に向けての準備まで……
屋敷で食事を取る以外の時間をすべて費やして、プレリアとカールに押し付けた仕事量に負けない仕事をやり続けたシアンは二日後、計画通り王都を出発した。
そして、シアンとアンリ、サティーとユウが乗った馬車は目的の地方都市ウルディナに到着する。
都市の南城門では一人の若い少女がシアンたちの到着を待っていた。
「思ったより早かったわね。夜に来るかと思ったけど」
「お迎えはミレナか……変わってないな、お前」
「なに?私が変わってないのに何か文句でもあるわけ?」
御者をしていたシアンがミレナに話を掛けると、不満たらたらな顔で聞き返された。
「いや。ないけど、四年も過ぎたのに変わってないと思ってな。お前成長期終わってないんだろう?」
「喧嘩売ってるわけね。買ったわ。殺りましょう。何処でやる?」
「いや。そう言う意味じゃなくってだな……」
困ったように言葉を濁すシアンの後から、アンリが口を出してきた。
「今のは、シアン様が悪いんです。女性に成長のことを聞くのはマナー違反ですよ」
「そうです。マナー違反です。主様」
「同感です。シアン様」
アンリに続きユウもサティーもシアンを責める。
するとシアンはあっさりとミレナに頭を下げて謝った。
「すまん。マナー違反だった」
「……本当、調子狂うわね、あんた」
「別に狙ってやってるわけじゃないんだけど」
「まぁ、いいわ。行きましょう。司教様を待たせるわけにはいかないから」
そして、馬車の御者席に勝手に乗ってきたミレナの案内で、都市の中を少し進んだシアンたちは、ある豪邸の前まで移動していた。
大きい門を潜り馬車を走らせながら、シアンは豪邸の中を見渡す。
「てっきり何処かのスラムに行くかと思ったけど、こんな豪邸がお前らのネグラの一つだったのか……」
「私たちに対するあんたの考えは良く分かった。つまり喧嘩売ってるわけ……」
「いや、そのネタはもういいから」
「ふん!兎に角。本館に向かって」
そんな調子で本館へ向かったシアンは本館の前に馬車を止めて、ミレナと二人で中へ足を踏み入れた。
「従者は外で待たせてよかったの?」
シアンの一歩前を歩きながら、ミレナが質問を投げかける。
それには、自分たちが外にいる従者を捕まえて、脅迫でもすればどうするの?と言う質問が含まれていた。
「問題ないな。あの二人だけでも、お前ら全員相手に勝てるだろうからな」
「酷い侮辱よね、それ?」
「侮辱はしていないさ。見極めているだけだよ」
「じゃ、あんたは?」
「想像にまかせるよ」
「なにそれ?喧嘩売って……」
「それはもういいって。それよりまだか、司教が待っている部屋は?」
「司教様とお呼びなさい!……って聞くはずないよね。もう着いたわ。そこの部屋よ」
ミレナはため息を吐きながら、数歩前にある扉を指差す。
そして、鋭い視線をシアンに投げながら軽い脅しを掛けてきた。
「中に入っておかしな真似をすれば……」
「全部で22人。思ったより少ないな。部屋の中には司教一人しかいないみたいだけど、残りは何時でも部屋に入れるように準備しているのか……」
「それだけだと思う?」
「張られている結界のことか?六枚か、こっちも少ないな」
「なっ!?」
「まぁ、頑張ったみたいだけど、無駄だよ、全部な」
すべての安全装置を見破られてしまったミレナは今までとは違う、完全な戦闘モードで全身に魔力を張り巡らせる。
「やっぱり、あんたを司教様に会わせるわけには……」
だが、
「中へ通しなさい、ミレナ」
「司教さま!」
部屋の中から聞こえた司教の声がミレナの行動を止めた。
「どうやら、司教の方が状況を理解しているようだ」
シアンは悔しそうに睨んでくるミレナを一瞥してから、ゆっくりと扉を開いた。
「はじめまして、ですね。シアントゥレさん。私が司教のトーレスです」
シアンが入って行くと、ソファーに座っていた、金髪の好青年が身を起こし、挨拶の言葉を掛ける。
だが、シアンは自分が入って来た扉を閉めて、不満そうな視線を青年に投げ、
「幻術なんて、礼儀になってないな」と呟きながら、何の前触れもなく幻術破壊の魔法を発動させた。
すると、一瞬で金髪の好青年の姿は消えて、赤い肌を持つ陰鬱な人相の青年が現れる。
そして、シアンがやっと満足したような顔で、驚愕の目で自分を見つめる青年を睨みながら挨拶を返した。
「はじめまして、だな。古代人の司教。僕がシアントゥレだ」
※次回の投稿は11月13日午後2時前後になる予定です。頑張ります。




