第六十五話 魔法尋問。
「ただいま~」
ドアベルを鳴らしながら、シアンが書店の中に入ってくる。
夕日が逆光を作りシアンの表情はよく見えなかったが、「ただいま」声が夕日のように明るい。
ずっと心配顔で待っていたプレリアはそんなシアンの声を聞いて、漸く顔から緊張の色を消した。
「おかえりなさい。シアンさん。どうでした?」
国王を脅迫するなんてこと、当然賛成するはずないプレリアだったが、シアンなら穏便に……とまではいかなくとも、騒ぎを起こすようなことはしないだろうと信じていた。
それでも、上手くいかなかった時は良くない意味で大事になるのは明白だったから、プレリアは念の為にと、首尾のことをシアンに聞いてみた。
「はい。これ」
シアンは返事の代わりに腕輪から、金色のカードの様な物を取り出してプレリアに見せる。
それは手の平サイズの金属製のモノで、表面にはラザンカロー王室を現す、ドラゴンと盾の紋様が描かれていた。
「これは……」
「王様から貰いました。全権委任状、だそうです。これにこうやって僕の魔力を少し流すと……ほら」
そう言いながらシアンが手の平の上に乗せたカードに魔力を流すと、
『私、マキアデオス・ラザンカローは、赤の剣と古代人対策に関する全権をシアントゥレ・イプシロン伯爵に譲ることをここに明言する』
と言う、マキアデオスの音声がカードから流れてきた。
「まぁ、数代か前の王が摂政に渡したものだそうですが、今は全権委任状と言うより、免罪符のようなものですね。赤の剣と古代人に関することでなら何をやっても国王がその責任を持つと言う……それでも、好き勝手やっていいわけではありませんけど」
「と、当然です!」
シアンの説明に恐縮していたプレリアが慌てて大声を上げる。
すると、中から車椅子に乗ったカールが二人の方に近づいてきた。
「おう、なんだ?もう戻ったのか?派手にやらかして戻るかと思えば、案外すんなり脅迫が通ったみたいだな。意気地ないな、あの王様も」
「やらかしてどうするのよ、やらかして!それにそれ、陛下に対する侮辱よ!?」
「まぁ、まぁ。これは僕に対する嫌味みたいなものですから……それと、これです」
シアンは二人が言い争いを始める前にもう一つ、国王から貰ってきたものを取り出す。
それは、カールが手に入れて没収された《異教の神々》と言う古書だった。
「王様から貰ってきたよ。戻りながらざっと目を通してみたけど、面白いよね、これ。特に月の神イーナのことは大変興味深かった」
「え?そこにイーナのことまで書いてあったのか?」
「異教の神と言うからには当然書くでしょう?太陽神から見ると全部異教の神ですし」
プレリアの言葉にカールは釈然としない顔で反論を口にする。
「俺の国、モラークでは殆ど【ラ】と【イーナ】を崇拝しているんだけど、お互い仲悪くないぞ?イーナはラの娘と言われてるし。基本教理も殆ど似ている。自然に感謝するところとか、生命の重みはすべて同じだと言うところとか」
「それは、モラークだけの話よね?他の国ではイーナはラが捨てた部下と言う説もあると聞いてるけど?」
「その説の方が異端だ。一番古いラの記録で娘だとちゃんと書いてある!」
「同じ石版にこうも書いてあるでしょう?『地上の全てはラの子供』だと」
「だから、『地上』だろ?月は空にあるんだから!」
言い争いを止める為に出した本だったが、何故かもっと言い争いを焚き付けることになってしまっている。
シアンは激烈化していく二人の話を一旦止める為に、自分が読んだ本の内容を直接音読し始めた。
「『イーナはラの最も優秀な娘であった。だが、その優秀さが他の子らに嫉妬を買ってしまい、太陽がない時間である夜、月を任されることになった。この話は東の小国ミンストの僻地にだけ伝わる民話の内容だ。だが、私はこの話がラと古代人を繋げる一番の鍵になってくれると思って更なる探求を続けていった』」
シアンの音読に二人は争いを辞め、耳を傾ける。
シアンは、二人が自分に向ける視線を一旦確認してから、満足そうに数ページをそのまま飛ばし、今読んだ文章と対になる文章を続けて読み上げた。
「『長い道程だったが、ついに私は発見した。ミンストの民話を裏付ける、証拠を。だが、これは余りにも危険な話だ。イーナは、太陽神の娘であるイーナが、自分の兄弟全員を殺す殺戮者であり、それが太陽神ラが指示した断罪であったなんて……だが、私はその証拠を葬ることにした。それなら、私はただの詭弁者として残れる。神を地に落とした不信者ではなく』……ってどうですか?面白いでしょう?」
ニッコリ笑って二人に返事を求めるシアン。
だが、二人は一言も返事を返さなかった。ただ、あまりの内容に驚き口を少し開いて固まっているだけ……。
「これを書いた人もラは古代人の神であることを確信していたようですね。それに、ラはイーナ以外の自分の子供を全員殺した。今は何処にも残ってない説ですよね?それに証拠云々まで書いてある、かなり貴重な資料なのは間違い無さそうですが、問題なのは古代人の連中がコレを禁書にしたがったことですよね……どう思います?」
シアンはプレリアにもう一度返事を求める。
すると、思考が止まってていたプレリアが必死に頭と口を動かして、自分の意見を整理し口にしてきた。
「つまり、イーナの話が赤の剣の弱点である可能性が高い……と言うことですか?」
「弱点、までは行かなくとも隠したい話なのは間違いないでしょうね。それが分かれば……って、実はそこまで考える必要ないんですよ。もっと簡単な道が自分の足で転がり込んできましたし」
「また、何やらかすつもりだ?」
やっと動きだしたカールが怪訝そうな顔でシアンを見上げる。
その視線には次から次へと話題を持ってくるシアンに対する呆れが含まれていた。
「やらかすと言うか……既に赤の剣のメンバーを一人捕まえてあるんだよ。これからその尋問に行くけど……一緒に行く?」
シアンは頬を指で掻きながらアンリが捕まえた赤の剣の尋問に二人を誘う。
それはまるで、遊びに行こう、とも言うような余りに軽い口調だった。
◇
日が落ち、夕食の時を迎えた町は食べ物の匂いで満ちていた。
だが、シアンとプレリアとカールはそんなことには構わずに、昨晩シアンが停まった宿部屋で、ある人物と対面していた。
「お腹すいてるんですけど、食べ物ぐらいくれませんか?」
気だるそうな顔をしながら部屋の中にいる、シアンとアンリ、サティー、ユウ、プレリアとカールを見回すその人物はカールとサティー以外にとっては面識がある人物だった。
最初にそれを聞いた時にはシアンも流石に驚いていたが、今はちゃんと心構えをして対面している。
「僕もお腹が空いてますよ。だから、素直に話してください。その分、空腹の時間が短くなります。当然、空腹が長くなれば、僕たちの対応も手荒になっていくかも知れません。ミリアーナさん」
そう、ギルドの受付の顔なじみ、ミリアーナがアンリを監視していた赤の剣のメンバーだったのだ。
「ミリアーナさん。あなた……」
プレリアが何かを言いたそうに口を開く。だが、
「プレリアさん。僕はこの部屋に入る前に言ったはずです。すべて僕がやるからただ見学して欲しいと」
「……」
シアンの冷たい言葉にプレリアは苦しそうな顔で口を閉じる。
「シアン様。面倒ですし、魔法尋問でさっさと済ませましょう」
アンリが少し苛立った口調でシアンを急かす。だが、シアンは頭を横に振りその提案を却下した。
「アンリ。僕は出来ればそんな物騒なことやりたくないよ」
「魔法尋問?」
聞き馴染みのない単語にミリアーナが眉間に皺を寄せる。
「ええ。精神に直接質問を投げかける魔法です。嘘も隠し事もできません。ですが、色々と精神的に問題を起こす可能性が高いですけどね」
軽い口調でシアンはミリアーナに説明する。だが、それに続いてサティーが口を出してきた。
「私はそこまで気を使う必要ないと思いますけど、シアン様にとってこの人はただの知り合いでしょう?家族でもなく、親友でもない、タダの」
「アンリもサティーもここは僕に任せて、ただ見ていてくれ。できるだけ、穏便に行こう。僕は赤の剣の司教に会いたいだけだからな」
そう言いながら、シアンは静かな視線をミリアーナに投げた。
反面、シアンが口にした司教と言う言葉にミリアーナの目には一瞬強い敵意が宿った。
「あんた、知ってるの?私たちはこの国の王と手を組んでいるのよ?それなのにこんなことしていいと思ってる?司教様に会う?なんで?あってどうするつもり?」
「へえ。こっちが素ですか?僕は以前のミリアーナさんの方がいいですけどね。ま、いいでしょう。色々と聞かせて貰う為に、先に教えて上げましょう。王様には赤の剣から手を切ってもらいました。司教とは直接会って色々と話がしたいだけです。会話が上手く進めば、それだけで済みます。上手く進めば、ね。司教の居場所を教えてくれるなら、あなたは見逃して上げましょう。教えてもらえないなら……」
シアンはそこで言葉を伸ばす。相手の方から自分が言いたいことの先を口に言わせるためだ。
「魔法尋問をかけるわけ?司教様との会話が上手くいかなかった時も同じことをすると?」
「まぁ、僕は赤の剣が嫌いですからやるでしょうね。でも、罪は憎んでも人間は憎みたくないですからね。どうです?人道的でしょう?」
「ふん!何処が人道的よ!魔法も使わせないようにして人を縛っておいて!やっているのは監禁と脅迫じゃ……!??」
そしてそこで、ミリアーナの顔に少しの当惑が過る。
それを目にしたシアンは自分の計画が上手く行ったのを確信した。
だが、何も知らない風を装ってミリアーナに聞いてみた。
「どうしました、急に?」
「……司教様が……あなたに会うそうだよ」
「あ、念話ですか……便利ですね。でも、良かった。穏便に話し合いができそうで……」
「場所は誰が決める?と司教様が聞いてるわ」
「はは、罠を誰が掛ける?みたいな言い方ですね。良いでしょう。場所はそっちの方でお任せします」
「なら、明日決めて知らせる、そうよ……だから私を開放しなさい!」
「しませんよ。連絡係が必要でしょう?それに暴れたりでもしたら色々と面倒ですからね」
「私は猛獣じゃないわよ!」
シアンは意地悪そうな顔で笑いながら、ミリアーナの怒りに満ちた目を見つめる。そして、アンリに念話で話を掛けた。
『アンリ。上手くいったようだよ』
『はい。シアン様。やはり司教は自分の部下がピンチになると、念話で色々と指示を出して来るんですね。前のトガとミレナの時もそうでしたけど』
そこで、サティーから念話が投げ込んできた。
『使えない魔法尋問で騙すなんて、どうなるか心配しましたけど、上手くいって良かったです』
『まぁ、似たようなものは使えるけど、それ使ったら僕の精神もやられっちゃうからね。こっちがベストだったんだよ』
こうやって、魔法尋問の狂言で、シアンは司教と対面する機会を掴んだ。
そして、赤の剣と言う組織がこの世界からいなくなる日が、直ぐ目の前まで近づいてきた。
※次回の投稿は11月10日の午後2時前後の予定です。頑張ります。




