第七話 剣を交える。
訓練場の中にはいつの間にか、大勢の戦人と一般人達が輪を作りシアンとポロスの戦闘を見物するために集まっていた。
(あ~あ、ギャラリー多すぎだよ)
心の中で愚痴を溢しながらシアンは周りに集まった観客達を見回す。
ざっと見て100人は下らない人たちが興味津々な目で自分とポロスの挙動を一挙手一投足逃さまいと凝視している。しかし、その中から聴こえる声はその興味の方向性が決してただの見物じゃないことを物語っていた。
「あのガキ殺されるんじゃないか?」というシアンに対する心配。
「なぁ、やっぱりポロスさんだよな。あの人がいないとギルドの規律が立たねぇぜ!」とのポロスに対する尊敬。
「と言うかあの二人知り合いだろう?さっき名前で呼んでたぞ。稽古付けてやってるんじゃないかな?」
「そうだな。あのチビもやるつもりみたいだし。そんなに問題にはならないだろう」のようなある程度的を射ている推測も出ていた。そしてその中には、
「貴族位蹴り飛ばして、ガキのイジメかよ。大人げないにも程があるぜ」
「何が一級の戦人だ。図体でっかいだけで大した人間じゃねんだろう?」
「いっそうのこと、ガキ殺してギルドもやめっちまえばいいのに」
などの、少なくない人たちがポロスに対する妬みから来る嫌味を口にしている。
要するに、彼らは英雄と呼ばれながらその褒美すら蹴り飛ばした清廉な人間の弱みに興味があるわけだ。
実情は『貴族なんて面倒だし』という極めて身勝手な理由での決定だったが、三年も王都に顔を出さなかったせいで、いい噂も悪い噂も一人歩きしてこんな状況が出来上がっている。
その内情、いや自分自身が原因の一つであるシアンには、そんなことを口にしている人間たちがとても嫌な存在としか見えなかった。
「そんな目するなよ。シアン。アレが人間というものだ」
「ポロスさん。まさか知っていたんですか?」
「噂ぐらい聞いてるよ。案外狭い世界だからな、この業界は。それより、ちゃんと戦えよ。これで王都で、戦人としてお前の初印象が決まるんだ。それに俺に対する騒ぎも少しは静まる」
「え、まさかそのためにさっき怒ってる振りを……?」
「それはマジで怒った!だから俺も手加減なしでやるぞ!」
ポロスの事細かい配慮に少し嬉しくなったシアンだったが、一瞬で湧き上がった本物の闘気に気が引き締まる。
「じゃ、僕も本気で行きますよ」
シアンは闘気に応えるように、入場する時ポロスから手渡された刃引きした大剣を構えた。
使う武器はポロスも同じ物。何も知らない人間には大人げない武器選択だと言われるかも知れないが、これは相手の技量をお互い熟知しているからこその武器選択だった。
シアンの大剣術のレベルは6、ポロスは7だが器用さと素早さはシアンが上、力はポロスが上。
一番打ち合いが激化出来る武器選定だったのだ。
ポロスの主力武器はバスタードソードと盾、シアンはレイピアと短剣の二刀流。
もし自分たちの主力武器を使った場合、ほんの少しだけ均衡が崩されただけでも、あっと言う間に勝負がついてしまい訓練にもならないし、今回に必要なパフォーマンスも望めない。
(やっぱりこの人、気を回し過ぎるよな、マジ、いい意味で……)
一瞬【お人好し】という言葉が頭を過ぎったが、シアンは目の前で威圧感を散らしているポロスを見てすぐその言葉を頭から消した。
(さぁ、では、やりましょうか、ポロスさん!)
先手を切ったのはシアンの方からだった。
自分が出せる最大速度で大剣で左薙ぎを繰り出す。ポロスはそれを一歩だけ下がり軽く受け流した後、間髪容れずに長いリーチを利用して唐竹割りでシアンの頭を狙ってきた。
シアンはその攻撃に応えるように左薙ぎで得た回転力を利用し、そのまま剣を持つポロスの手の甲に回し蹴りを喰らわす。
身長がポロスの半分ぐらいしかないシアンは間合いを取られたら不利になる。よって、回し蹴りで硬直した一瞬を突きポロスの剣の間合いの中に入り込もうとしたシアンだったが、今回は逆にポロスが避けようともせず、その巨体を利用し体当たりをかましてきた。
体重差のせいで軽い体当たりでもシアンの体は4メートルも飛ばされてしまう。だが、これで主導権を握ることが出来たポロスは再び自分の間合いまで距離を縮め、未だ体勢を立て直し切れてないシアンを袈裟斬りで攻撃する。
(掛かった!)
だが、シアンが体勢を崩していたのは演技だった。
シアンは攻撃が当たる前に前方対角に転び、ポロスの右膝の裏を剣のポンメル(柄頭)で打撃した。
袈裟きりの為前方に体重が掛かったポロスは、軸になっていた右膝に喰らった攻撃のせいで軽くバランスを崩してしまう。
その攻撃の流れでポロスの後を取ることが出来たシアンはチャンスを逃すまいとポロスの背中に向けて剣先を突き出した。
だが、ポロスはまるで後にも目があるように崩された体勢でも体を捻り、無理な横薙ぎでその剣先を弾き飛ばす。
剣先に受けたあまりの剛力で出来た衝撃は、剣を持つシアンの手にもしっかりその振動が伝わり、危うく剣を落としそうになってしまう。
仕方なくシアンはお互いの間合いの外まで素早く離れ、剣を二度三度握り直しながら幼い顔に苦笑いを作り上げた。
「いや、行けると思ったのにな……」
「今回は少し冷やっとしたぜ。でも、まだ甘いな。膝の裏までは良かったが、その後は突きじゃなく薙ぎで来なきゃダメだ」
「そうですね」
そんな風に笑いながら話しているがまだ、二人は戦いを終わらすつもりはなかった。
再び剣を握り直し、体勢を立て直す二人の目がそれを語っている。
体力が尽きるか、誰かが戦闘不能になるまでこの戦いは終わらない。それが二人が持つ戦闘訓練の基本スタンスだった。
そうやって、息を吐く暇も無い戦闘は二時間も繰り広げられ続けた。
結局、勝負は付かないまま、両者の武器が同時に破壊されるまで戦闘は続いて、その時点で戦闘は終了。
正確には、武器を無くしたにもかかわらず素手の戦闘を始めようとした二人だったが、いつの間にか降りて来ていたギルドマスター、ヴァノアによって強制終了させられた。
その2時間もの戦闘を目にした観客達はポロスとシアンに対して何も言わなかった。最初に口にしていた個人に対する話題も、戦闘に対する感想も何も言えなくなっていた。
ただ、その観客達の誰しもその目に2つの感情を宿していた。
二人と自分の格の違いから来る自嘲感と少年に対する恐怖を含む興味。
だが、その感情がこれから何を生み出し、どんな未来を齎すかは、当事者を含む誰も知ることはできなかった。