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第六十三話 立ち位置の違い



 プレリアとの涙が収まってから、書店の中にある事務室へ場所を移したシアンたちは小さなティーテーブルを囲んで腰を降ろした。


 「それじゃ、カール。さっきの話の続き聞かせてくれるか?」

 「モラークの話か?」

 「ああ、それだ」

 「もしかして、モラークへの内政干渉の件ですか?」

 「あ、はい。そうです。さっきカールから聞いて、もっと詳しい話が聞きたくなりまして」

 「その話なら私が」


 シアンが疑問を口にすると、プレリアが状況の説明を申し出てきて、カールもその方がいいとも言うようにシアンに視線を送る。どうやら、プレリアの方がその話には詳しいようだったので、シアンは「お願いします」と言って軽く頷いてみせた。


 「結論から言いますと、陛下は古代人の実在を知って、もっと広範囲での対策が必要だと感じたようです。古代人の影響が何処まで及んでいるのかわからない。もしかするとこの国の中にもそんな影響を受けた人間がいるかも知れない。そんな考えで、確実に古代人の影響を受けたモラークを外部から干渉することで古代人の尻尾を捕まえる。そんな理由でモラークへの内政干渉が始まりました」


 そこで一旦一呼吸入れたプレリアは苦しそうに眉間に皺を寄せながら、説明を続ける。


 「普通なら対立していた貴族院すらもその案に賛成して、今は以前のような貴族と王家との対立はありません。この国としては内部混乱がなくなっていいかも知れませんが、そのせいで属国化したモラークは国家としての力を殆ど失っています。外交の面だけではなく内政の方も」

 「……色々聞きたいことは多いですが、まずは一つだけ答えてください。モラークからこの国への民の輸入はどれ位いますか?」

 「……やはり、鋭いですね。シアンさん。はい。現在二万人近く、モラークからのこの国へ移住した人たちがいると聞いています。正確な調査がされてないのでハッキリとした数字は分かりませんが、二万を下回ることはないと思います」


 プレリアの説明にシアンが真っ先に疑問に思ったのは、属国になった国の経済状況だった。

 国家を運営する側から見ると、国家とは一種の利益集団だ。

 自分の国の利益の為に他国の利益を削ぐ。それは戦争という手段でも行われるし、経済的手段でも行われる。

 地球でも属国化した国は歴史上多く、力を削がれた国の民は当然のように、生活の為に、国家体制が整った国へと移住することが多い。

 シアンが口にしたのはそれだったのだ。


 どんな大義名分も、《国益》の上には立てない。それが国家の生態と言うものだ。

 理想ではあるが、本当に正しい政治をさせる為に他国の内政に干渉するとしよう。

 それでも、自国の国益を損なってまで他国の内政に干渉する行為は絶対しないものだ。

 もし、そんなことをする国王、指導者がいれば、それは自国の民を犠牲にして自分のエゴを満たす、愚王、暗君に他ならない。


 だが、ラザンカローの国王は聖君ではないにしても、暗君でもない。

 つまり、国益を考えた上での決定だった訳だ。


 しかし、シアンはそれが一番気に入らなかった。


 古代人の案件は確かに世界規模の対処が必要な案件ではある。大義名分はしっかりしたものだ。それでも、その為に他国を犠牲にする道を選んだと言うことは、自分だけ損することを避けたかった、とも言えることだからだ。


 実の話、シアンがやろうとしている統合ギルドの件も、ラザンカロー国王と大した違いはないかも知れない。

 だが、決定的に違うところは、シアンが創ろうとしている統合ギルドは、利益集団でありながらも、国益という広範囲に及ぶ利益を追求しないことだけ。

 ギルドの利益は自分の働いた分だけの利益だけだ。


 極端な話、魔物から資源を集めるギルドの属性を考えると、ギルドの立ち位置は農夫と同じ《一次産業従事者》で、国王は《消費者》に位置づけられる。


 つまり、力持つものが、何かを生む(・・)か、失くし(・・・)ていくかの違いなのだ。


 前者は他を犠牲にする必要はない。王族貴族などの、ただ消費する側から見ると犠牲はあると言うかも知れないが、それは王族貴族の欲望の犠牲にすぎない。


 だが、後者は他者の犠牲なく自分の利益は望めない。

 そして厳密には、国益とは国全体の利益ではなく、国の運営する側の利益だ。すべての民に公平に分け与えられる利益ではないのだ。


 故に、シアンは国家連合より、ギルドと言う純粋な利益集団の連合から、未来の可能性を探そうとしている。


 そんなシアンにとって、ラザンカロー国王がやっていることは決して、ただ見て過ごせるものではなかった。


 「……もう一つ質問ですが、古代人対策の首尾はどうですか?何かの切っ掛けとか糸口は見つけたのでしょうか?」


 そんな見過ごせないことをやっているのなら、何かの成果がなければならない。もし、何の成果も得られずに、こんな馬鹿なことをやっているなら……

 そう言う考えで質問を投げかけたシアンだったが、カールの口から出された言葉はもっと自分の耳を疑いたくなるような話だった。


 「残念ながらそこまでは分からないよ。古代人の情報は国王が直接管理しているからな。だが、これだけは言えるね。あの王様、赤の剣と手を握ってる」

 「!?」

 「カール!!それはまだ分からないと」


 「プレリアがこの古書店を開いたのは、古代人と、ギルルスと、ラ信仰に関する色んな古書を集めるためなんだけど、この前、いきなりある書籍が禁書と決められて、国に没収された。でも、その本ってさ。本を奪われる直ぐ前日に私が昔の伝手(・・・・)を使って、闇商人から秘密裏に買った物なんだよ。それにその闇商人はその数日後、死体で発見されてる。つまり……」

 「ラ・ギルルスの剣がその本が出まわるのを止めたがっていて、国王がそれを手伝ったと?」

 「確かにその可能性はありますけど、証拠はありません!何より陛下が闇商人の暗殺を見逃したはずありません!」

 「暗殺は関係なくとも、時系列的に、本が私の手に入った直ぐ後に、王命でその本だけが禁書になるなんて可笑しいだろう?」

 「でも!わたし達が知らなかっただけで、前からその本が禁書だったと!」

 「それは没収した衛兵がそう言っているだけだろう?」


 プレリアはその事件の関連性を否定したがっていて、必死で弁論を口にする。カールは自分の予想を確信している様子だった。

 だが、シアンが気になっているのは二人の意見ではなかった。

 

 「で、その本の題名は?」

 「《異教の神々》、バッサヴェレムス・モウン署」

 「600年前の書籍で、原書は消失して、写本も残っているのは二冊だけだと言われている本です」


 宗教書籍が禁書にされることは多いが、この国には国教もなく、禁止になっている宗教もない。ただ、集団での宗教活動には必ず、国への報告が必要だと言う法律があるだけだ。もちろん、場合によっては許可が必要な場合もある。

 だが、その簡単な法律がかなり厳しい制限になっていて、気楽に集団活動ができない宗教は当然のように影響力を失い続けてきた。

 結果、この国の宗教は多神教が、少数の信者を持つ形として定着されてるようになった。

 

 そんな状況下で、宗教書籍が禁書になったのは、どう考えても普通のごとではない。


 プレリアは否定したがっているが、シアンは黒だと判断していた。

 カールの昔の伝手とは情報屋繋がりってことだ。普通のやり方では見つけることは難しい。それにその迅速な対応。どう考えても元カールの上司である、赤の剣がその情報を手に入れて直ぐ手を打ったと見るのが正しい。

 

 闇商人殺害の件までは分からないが、問題は国王が不義と手を組んだことだ。


 4年前のことでシアンはマキアデオス国王に対してあまりいい感情を持ってない。だが、それとは関係なく国王の国政に対する姿勢はそれなりに高く評価していた。

 

 しかし、今の話でシアンはその評価を改めた。

 そして、


 「色々と分かりました。僕が陛下と直接あってみましょう。その前に二人には私の計画に参加してもらいたいですが……」


 シアンは自分の計画も少し変えることにして、二人に説得を始めた。




 その修正された計画は、プレリアには到底受け入れ難いもので、カールにはこの上ない面白いものだったが、結局二人は、シアンの計画に乗ることにして、シアンはその日の午後、王宮へ足を向けた。


 「脅迫(・・)なんてしたくないんだけどな……」


 



※次回の投稿は11月4日午後二時前後になる予定です。

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