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第六十一話 統合ギルド


 統合ギルドが夢語りになった原因は一言で説明できる。

 それは、《戦争》だ。


 ギルドは厳密には民間企業であるが、公企業的性質を多く持っている。

 その最たるものが税金免除を含むギルド員が持つ特権だ。

 そして、ギルドの身分証はその国の中では貴族発行の身分証なみの信頼度を持っているし、高ランクの身分証はヘタしたら、王族発行の身分証並に信頼される場合もある。

 

 故に、ギルド員が受けられる傭兵の仕事は、国内、もしくは同盟国だけのものであって、敵国、もしくは中立国は当然対象外だ。

 

 簡単に言って「特権をやるから、国の役に立て!」と、国から枷を掛けられているのだ。


 それなら、傭兵と狩人、両方の特性を持っているギルドを、特性ごとに分離して、狩人の部分だけ統合すれば、と言う意見が出るかも知れない。

 だが、実は以前にもそんな試みがあって、同じく《戦争》が理由で無残に砕かれている。


 この世界の戦争で、魔物の情報は《二級機密》扱いされている。

 二級機密とは地形、兵力分布、指揮官の現状位置などを含む、戦争で最も活用度が高い情報だ。

 因みに一級は、王族の位置とか、現在進行中の戦略状況など、たった一手で戦局をひっくり返す情報を称す。


 兎に角、魔物の情報がそんなに重要視される理由は、戦争が行われる場所は殆ど都市の外郭であって、魔物対策がきっちりされてない外部には必ず魔物がいるからだ。

 もちろん、軍隊が大隊規模(約500~1000人)になると、殆どの魔物には対処可能だ。

 だが、食料事情のせいで放浪する種族は群れて定着する種族より遥かに強く、師団規模(10000人以上)でも対処が不可能だ。ヘタすると一国の全兵力を当てても厳しい場合もあるほどだ。


 そんな状況で、ドラゴンなどの放浪種族の食料事情、つまり、移動経路と餌(魔物)の分布は当然、軍事機密になるしかない。

 そして、その情報を一番把握しているのは、何時も魔物の相手をしている、戦人であって、その情報を統合分析できるのは戦人ギルド。

 だから、傭兵部門も狩人部門も国家に縛られるしかない。

 よって、国家の隔たりを超えたギルドの統合は、実現不可能な夢物語になったのだ。

 ヘタしたら国家混乱罪などで罰せられるかもしれないこの話が、タブーにならなかったのは、その余りにも低い実現可能性のお陰だったのだが……。


 シアンはそれをやろうと提案したのだ。


 普段なら笑い事のように無視するヴァノアだったが、何故かシアンのその提案は笑うことも、無視することも出来なかった。

 余りにも自信に満ちたシアンの言動がそれを許さなかった。


 「冗談……ではないんだな?」

 「まぁ、簡単ではないでしょうけど、不可能とは思えません」

 「理由は?」

 「古代人、ラ・ギルルスの剣、魔物の異常……もありますが、簡単に言いますと、僕の将来の為ですね」

 「将来の為?」


 少し的を外れた返事にヴァノアは眉をひそめた。


 「ええ。将来の為です。古代人、ラ・ギルルスの剣、魔物の異常……そして戦争(・・)なんかがずっと邪魔すると、安定した未来は望めないでしょう?僕がやりたいのは、気楽で呑気な自堕落な生活ですからね。すべてを纏めて処理できる方法が、この統合ギルド(・・・・・)だった、わけです」

 「!戦争……?一体どうやって……」


 ヴァノアは、自分の中で一番、心の棘になっている、戦争を止めると言う言葉を聞いて思わず声を漏らす。

 だが、シアンはさも当然のように説明を続けた。


 「極端的な話かも知れませんが、国家は一種の利益集団です。戦争はその利益創出手段の一つとして見ていいでしょう。僕が創ろうとしている統合ギルドは国家の隔たりを超えたもの。国家の干渉から外れた、均衡調停の役名を担うことができる組織です。当然戦争も調停すようになるでしょう」

 「夢物語だな。本当に……」

 「夢ではありません。余り大ぴらには出来ませんが、既に計画はある程度立っています。要は国家の武力を越える武力、国家の情報力を越える情報力、国家が持ち得ない公正さがあれば、後は決断の問題です」

 「それが夢物語だと言っているんだよ」

 「言ったでしょう?武力は既に持っていると。僕一人でもこの国の全軍相手に勝てますよ?情報力の当てもあります。なら公正なルールと、それを実行するための組織があればいいだけです」

 

 一国の全軍を相手に出来る武力。

 そんな武力を持っている存在は確かにいる。

 数百年を生きながらえた、古代竜がそれだ。


 だが、人間の身ではそんなことは不可能だ。

 数千万回以上の近接攻撃と遠距離攻撃をすべて耐え得る強靭な防御力を持っていても、軍の戦力を削る為の攻撃力を持っていないとだめだ。

 それにその防御力と攻撃力、両方を持っていたとしても、数百万の戦力、すべてを倒す為には時間が必要で、その間に休む時間も必要だ。


 攻撃力、防御力、スタミナ、そのすべてが正に古代竜並でないと不可能なのだ。

 

 14歳がまだ夢見る歳だと言っても、シアンは戦人だ。頭も大人以上に切れる。

 そんなシアンがこんなバカなことを言っている。

 

 それがヴァノアには理解出来なかった。だが、

 

 「ですが、簡単に信じて貰えないでしょうね。では、一つ実験をしましょう。この部屋に結界を張りました。なんでも良いから魔法を使って見てください」

 「いつの間に!?」

 「使ってみてください」


 シアンは真剣な顔でヴァノアを急かす。

 だが、ヴァノアがどれだけ魔力を搾っても、魔力は少しも反応してくれない。

 

 「……使え……ないな……」

 「では、僕が使いましょう」


 苦しい顔のヴァノアを見ながら、シアンは自分の手の平の上に小さな炎を作って見せる。そして、それをそのまま維持したまま、ヴァノアに話しかけた。


 「また、試して見てください」


 シアンはもう一度ヴァノアに頼んだが、やはりヴァノアには魔法が使えなかった。

 

 「何故……」


ヴァノアの顔に更なる混乱が浮かび上がる。


 「魔力固定の結界です。古代人が持っている技術ですよ。ですが、僕はその中で魔法が使えます。発動原理が全く異なる魔法だから、魔力固定は通用しません。それに、僕はこの結界を僕の半径100ルッスル(約20km)以上まで広げられます。魔法も近接戦闘も出来る僕と、魔法がすべて封じられた一国の軍隊。どっちが勝つと思いますか?」


 本当にそんなことができるなら、最大戦力である魔道士は完全に無力な存在になってしまい、魔法の庇護を失った騎士団は簡単に魔法の餌食になる。

 それに王都全域は半径100ルッスルの半分ほど。

 つまり、シアン一人がその気になれば今直ぐにでもこの王都を自分の手の内に入れることが出来るということだ。


 そこまで思いついたヴァノアは一瞬、目の前にいる青年が本当に自分が知っているシアンかどうか疑わしくなる。

 すました顔で圧力など一切発しないまま、この国最強だと言われた自分に肌が痛くなるほどの恐怖を与えているのが、本当に四年前に旅に出た自分の息子だとは到底思えなくなった。

 だから、言ってはいけない言葉を口にしてしまう。


 「お前は本当に、シアンか……?」


 だが、そこでシアンが返した返事がヴァノアの心に刺さる。


 「お母様もそんな目で僕を見るのですか……」


 そんな目、そう、シアンが四年前に去る理由になった人々の目。

 化け物を見る目だ。


 (シアンが旅立つ前に決心したじゃないか、化け物の母親になるのだと、なのに今の私は何なんだ……)


 直ぐにヴァノアは自分の心の脆さを罵った。

 そして、直ぐにシアンの目を強く見つめる。


 「お前が本物の化け物になって帰ってきたのはよく分かった。なら私が本物の化け物の母親になる番だな」

 「お母様……さすがに化け物は酷いですよ。自分なりには自重しましたからね」

 「自重してそれかい……」


 もう、呆れて言葉もでない。

 だが、化け物だと言われて傷つき、自重したと言っている顔は、確かに四年前と変わらない自分の息子の顔だ。

 ヴァノアはそこで漸くシアンが帰ってきたのだと、心から感じられた。



 ◇



 そして、シアンの計画に乗ることにしたヴァノアはシアンから簡略にその概要を聞くことになった。


 シアンの計画は大きく三段階。

 まずは人員確保。そして、他の国のギルドとの交渉。最後に国家との交渉だ。


 だが、既にシアンは自分が言った通り人選をある程度決めていて、その人選はヴァノアも納得するしかない人物たちだった。

 

 統合ギルドは汎国家性を持つ組織になる必要があるため、色んな人選が必要だ。

 統合ギルドの長は後で他のギルドとの交渉してから決めるにしても、その下で実務を行う人員はすぐにでも揃っておく必要がある。


 まずは、公正なルールを作れる、頭が切れる上に、正義感に溢れる文官。

 そして、各国の情報を集める為の、信頼できる情報担当。

 交渉がうまくいかない時とか、物理的な圧力が必要な時の為の武力担当。

 

 シアンが予め心に決めいた人選は、文官の長にプレリア、情報担当にカール、武力担当がシアン自身だった。

 もちろん、この人選は各部門の長であって、その下で動いてくれる人員は後々集める必要があるが、まずはプレリアとカールの説得が先だ。


 だが、シアンはそれすらも自信に満ちていた。

 プレリアの正義感は信用出来るし、赤の剣の件もあって、協力してくれると信じている。

 カールは自分に借りがあるから手を貸さずにはいられない。そしてこれからもっと大きな借りを作って貰う予定だと、シアンは少し黒い笑みを浮かべた。


 










 「シアン。私の仕事がないようだが?」

 「お母様は臨時の統合ギルド長を務めて貰います」

 「え?さっきそれは他のギルドが参加した後で決めると……」

 「決めるまでの臨時ですよ。つまりお飾り、看板です」

 「お飾りかい……」

 「さっきの視線のお返しです。甘んじて受けてください」

 「……お前、本当にシアン何だな」

 「え?なんでそれで納得するんですか!?」





 兎に角、こうやって、シアンの統合ギルド創設計画はめでたく(?)最初の一歩を踏み出すことになった。

※次回の投稿は10月28日午後5時前後になる予定です。頑張ります。

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