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第六十話 4年後


 「ケスランが死んだ?」

 執務室で、副ギルド長リヒトの報告を受けたヴァノアは、信じられないことをきいたような顔で聞き返してしまった。


 「はい。テバン村の依頼を一緒に受けたティーフロスからの報告です。ですが、問題はそこではありません」

 「まさか……」


 リヒトの重苦しい口調にヴァノアは最近よく発生している事件のことを思い浮かべる。それは、


 「ケスランさんもアンデッド(・・・・・)になったとのことです」

 「また、アンデッドか……」


 ヴァノアの声が今まで以上の当惑に染められる。

 それも当然のこと、アンデッドなんてここまで頻繁に発生するものではないからだ。


 アンデッドは大きく二通りのルートで発生する。

 それは、魔力が長く停滞して変質した場所で脊髄動物が死亡した場合と、直接的にアンデッド化の呪いを受けた場合だ。


 だが、ここ数ヶ月の間、色んな場所で原因不明の怪事件が続出していて、アンデッドと変異種の出現頻度が高くなっている。そのせいで戦人ギルドは猫の手でも借りたいところだった。

 そして、変異種とアンデッドの対処が出来る戦力自体少ないため、高ランクの戦人の人手は更に不足していた。


 こんな状況で依頼に出た戦人までアンデッドに変異したということは、ギルドだけではなくラザンカロー全体、いや、大陸全体的に見ても決して楽観できる状態ではない。


 それに、今回アンデッド化したケスランは二級の魔槍持ち。

 アンデッドへの対処が出来る能力者であり、事件現場であるテバン村は王都から一刻(二時間)ぐらいしか離れてないご近所だ。


 何時王都まで怪事件の足が伸びてもおかしくない。

 未だ4年前の事件で損傷した東の宮は半分も修復出来ていない。当然人々の記憶から消え去っていないのだ。

 こんな状況で、他の事件が王都で起きたら、前回の事件がまだ記憶から蘇り、人たちに更なる混乱をもたらす可能性が高い。

 これはなんとしても早急に処理しないとダメな状況だ。


 そう判断したヴァノアは自ら動くことにして執務室を後にした。





 「今なんて言った?」

 

 馬を走らせテバン村へ到着したヴァノアは、村の入口で村長代理の青年からの話を聞いて、また聞き返すことになってしまった。


 「だから、もう解決されてます」

 「誰がやった?」

 「ええ……ギルドからいらっしゃった人たちだと思ってましたけど……」

 「名前は?」

 「すみません……聞いてません」

 

 無駄足になったが、解決されたのなら問題ない。

 ただ、ギルドが預かった案件を誰がやったのかを分からずに帰るわけにはいかない為、ヴァノアは青年に何回も質問を繰り返した。

 だが、青年も大した情報を持っているわけではなく、ヴァノアは自分の足で事件を解決した張本人を探さないとダメか、と100戸あまりの家が乱立している村の方へ目を向けた。

 

 「あ、そういえば!何かお腹がすいたからと飲食店を探していました!多分まだ村にいると思います!」

 「本当か!?じゃ、その飲食店は?」

 「この村の飲食店は、村の中央にあるマリアさんの酒屋だけです」

 「そうか。ありがとう」


 思わぬ情報に感謝を述べてから、ヴァノアは早速酒屋へと移動した。

 そしてそこで……




 「おかわり!」

 「私も!」

 「わたしもください!」


 村人が詰まった小さな酒場の中で若い男女の声が響いている。

 どうやら村人も村の恩人であるその男女を見るために集まっていたようで、口々に「幾らでも頼んでくれ」とか「ありがとう」とか「若いのにすごいね」とか「可愛い」とか「格好いい」とか、色々と声をあげていた。

 ヴァノアは人混みを潜って中へ入っていき、空になった皿の山の中で美味しそうに食事を楽しんでいる三人の男女を目にした。

 その中で一人、ギルド員の証明である腕輪をはめている青年は、妙に見覚えがある顔だちをしていて、残りの二人もその青年とよく似た顔だった。

 そして、その青年がヴァノアを目にして、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべ、思いもよらない言葉を口にしてきた。


 「お久ぶりです。お母様!」


 ヴァノアをそう呼ぶ人はこの世で一人しかいない。だが、その人は未だ14のはずだ。どう見ても目の前の青年は14歳には見えない。

 ヴァノアは恐る恐る4年ぶりに呼ぶ、息子の名前を呟いた。


 「シ、アン……なのか?」

 「はい!少し大きくなりすぎましたよね!」


 屈託のない笑顔で自分の変化をあっさり口にするシアンを見てヴァノアは、感動の抱擁のかわりに、


 「自分で言うな。バカ息子」


 という言葉と軽いチョップを頭に食らわせた。



 



 数時間後、午後の日差しが沈みかけてきた時。

 シアンはアンリとサティーを連れ、ヴァノアと共に王都ギルドに戻っていた。


 シアンの提案で、誰にも話さずこっそりヴァノアの執務室まで移動したシアンたちは、執務室の中でヴァノアの代わりに仕事をしていたリヒトだけに自分の帰還を知らせた。


 「シアン君がこんなに……」

 「老けたとは言わないでくださいね」

 「私がそれを言うわけないでしょう!」


 中年を過ぎたリヒトにとっては、やはり年齢のことが気になるらしく、シアンの「お年寄」発言に強く反応する。


 「リヒト。シアンと少し話がしたいから席を外してくれる?それとシアンが戻ったということは私がいいと言うまで口に出さないように。わかった?」

 「……分かりました。何か事情がありそうですね」

 「まぁ、そういうこと、だそうだよ」

 「ほぉ、シアン君の事情でしたか……わかりました。では、何かありましたらお呼びください」

 「ありがとう。リヒト」


 

 リヒトが部屋を出た後、シアンたちは部屋の隅にあるソファーに腰を降ろした。

 

 「で、何を考えてるんだい?四年も音沙汰なかったのに、いきなり現れて自分が来たことを伏せたがるのには、何か理由があるんだろう?」

 「やはりお母様はそこから聞くんですね」

 「そこの二人のこととか、その成長ぷりのこととか、アンデッドの処理のこととか、どれだけ強くなったかとか、聞きたいのは山程あるけど。私の気になることより、お前の用件の方が重要な気がするからね」

 「そのぐらいなら直ぐに全部お答えしますよ。この二人は僕の仲間です。こっちがアンリで、こっちがサティーです」

 「アンリです」

 「サティーです」

 

 アンリとサティーが頭を下げて簡単に自己紹介を済ませる。

 ヴァノアはシアンと二人との出会いから素性まで色々(・・)気になっていたのだが、『仲間』だと断言するシアンに免じて一旦、質問は控えることにした。


 そして、シアンの簡略な報告が始まった。

 

 「四年前、古代人と戦った後に僕は何処か知らない場所へ飛ばされました。そこで強くなって漸く戻ることが出来ました。あの時の古代人なら30人纏めて戦っても簡単に勝てるぐらいには強くなったんだと思います」

 「は!?」


 とんでもないことを余りにあっさり話してくるシアンに面食らってしまうヴァノア。

 「信じ難いでしょうが、嘘ではありません。これでも少なく見積もったつもりですよ」

 「……少なく……」


 あまりの大言壮語にヴァノアは嘘か本当かを確認するためにシアンの目を強い視線で覗き込んだ。

 だが、シアンの目には一欠片の曇もないし、顔面筋肉の異常な動きもなく、汗の一滴すら流していなかった。

 

 「まぁ、自分で言うのはなんですけど、一応、武力でなら最強を名乗れるぐらいにはなりました。アンデッドもその力で処理しましたし。さすがにケスランさんがアンデッドにだったのは驚きましたけどね」

 「最近になってそんな事件が増えてるからな。いずれそんなこともあるとは予想していたんだが、まさか、二級の人間がやられるとは思ってなかったよ」

 「まぁ、いくら二級でもリッチ四体は厳しいでしょうね」

 「二体の筈じゃ!?」


 事前の報告との齟齬にヴァノアは目を大きく開く。


 「いいえ。四体でしたよ。纏めて処理しておきましたけど。リッチが集団行動って一体どうなってるんでしょうね……普通なら魔道士の中隊(100人)が必要な事件ですよ?」

 「そう、だな。ここ最近事件が相次いでいて、情報の優先順位がつけづらくなってきてるよ。人数も限られているし……」


 現状の話になって、ヴァノアは困ったようにこめかみに手を当てた。

 四年前のように刃先が喉元まで来ている状態ではなくとも、危機は確実に迫っているのだ。この調子で戦人の被害が大きくなっていくと、四年前のモラークのように枯死を待つしかない状況になる恐れがある。

 だが、現状では個々の対処だけでも手一杯で、原因調査に当てる為の人力は常に不足している状態だった。


 「そこで、提案ですが……」

 「提案?」


 聞き返すヴァノアに、シアンはまるで面白いイタズラを計画している、悪ガキのような笑みを見せながら、自分が王都まで戻ってきた本当の理由(・・・・・)を口にして来た。

 それは、実現する可能性が限りなくゼロに近い為、今まで誰もやろうと思ってなかった、夢のような提案だった。


 「国家の隔たりを超えた、統合ギルド(・・・・・)を創ってみませんか?」


※次回の投稿は10月26日午後5時前後になる予定です。


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