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第五十六話 崩壊寸前


 頭の中のすべてが混乱し始めた。


 ラは古代人の神、ギルルスは古代人の意志を継ぐ者。

 しかし、《ラ・ギルルスの剣》は古代人の敵だ。

 ラ・ギルルスを斬る剣、だと言うのなら納得は行く。だが、彼らはラ・ギルルスの司祭か使徒のような称号を使っていた。自分たちの敵の司祭を自称するほど愉快な思考ができる連中とは思えない。

 それに、分からないまま使っている程、愚かな連中でもない。もしそうだとしても、あの怪しげな預言者が気付かないはずがない。


 シアンは自分の混乱を纏める為の切っ掛けを見つけることが出来ず、途方に暮れていた。


 そこで、アンリから一番可能性が高そうな意見が出されてくる。


 『そこまで混乱する必要がありませんよ。シアン様』

 (?)

 『ラ・ギルルスの剣が、ではなく、司教が、と考えれば簡単に説明がつきますから』

 (司教が?どういうことだ?)

 『司教が古代人側の人間だとしたら、すべての説明が出来ます。そんな称号を使っていた理由も、赤の剣が負け戦を続けていた理由も』


 アンリの仮設は、簡単に言えばこうだ。

 司教が古代人側の人間で、古代人の計画を予言として予め赤の剣に知らせて、赤の剣に防ぐように指示する。赤の剣はそれを信じて戦うが決して勝てない戦いをすることになるってことだ。


 (……つまり、赤の剣の連中は騙されているだけってことか?)

 『はい。ですがそこには、もう一つの説明が必要になります』

 (もう一つ?)

 『異世界人の魂の問題です。もしこの仮説が正しければ、古代人側が異世界人の魂を赤の剣に奪われたことへの説明が必要になります。偶然か、意図的かまでは分かりませんが、もし意図的と見るならば、古代人側は内部で二手に分かれている可能性が出てきますね』

 

 アンリの話を纏めると、異世界人の魂を奪ったことが原因で、《ラ・ギルルスの剣》が作り出され、その裏では古代人が自分たちと戦うと言う大義名分を与えていることになる。

 だが、その理論には最大の欠点があった。それは……


 (じゃ、何故赤の剣の連中を普通に古代人側で吸収しなかったんだ?初めからそうしていたなら何の問題もなかったんだろう?)

 『はい。それが、私が古代人の内部分裂説の方にウエイトを置く理由です。古代人の片方がそれを利用し、外部から同じ古代人の敵陣営を責める。自分は知らんぷりをしながら内部から敵を欺く。両方の情報を握っているんでしょうから、赤子の手を捻るより簡単な仕事になりますね。平たく言えば政治と同じです』


 政治と同じだと言われて一瞬顔をしかめたシアンは、直ぐにその対処法を前世の知識から思いつくことができた。


 (なら方法は簡単だな。政治はメディアで対抗する。赤の剣に情報を流してしまえばいいんだ。簡単には信じないだろうけど、その情報は彼奴等に確かなダメージになるはずだ。大ぴらに広げるとむしろ反感を買う恐れがあるだろうし、内部情報としてこっそり伝えた方がいいな。まぁ、噂は直ぐに広まるだろうけど)

 

 混乱が一旦収まり、方針が決まったことで少し心の余裕を取り戻したシアンは、自分が考えを纏めている間に、待ってくれたプレリアに「済みません。少し混乱してしまいました」と謝った後、プレリアのこれからの日程を聞いた。


 まずやるべきことは、マキアデオス国王からの依頼を終えること、そしてこの異世界人にもっと情報を探ることだ。そして、旅の途中、気配が見つかり次第、赤の剣にこの情報を知らせる。

 それで、少しは気楽に修行の旅が出来る。

 そう思ったのだが……



 ◇



 メイブレンの家を後にして、大使館へ向かう馬車の中でシアンはプレリアに依頼の品を渡した。

 

 「あ、やっぱり脱出の為の魔道具ですね……」

 「脱出?」

 「はい。この国は今崩壊寸前です。正確には、戦人ギルドが国の弾圧に耐えかねて、他の国に移るか活動を殆ど停止していますね。そのせいで魔獣の数は増える一方で、軍が出て討伐に当たっても到底追いつけない状況まで来ています。この魔道具は大使館の人たちを呼び戻すための【ゲート】の魔道具です」

 

 プレリアは箱の中の小さな円盤を持ち上げて見せた後、箱の中に戻した。

 

 「でも、もっと深刻な問題は流通、つまり経済ですね。この国の上層部も遅ればせながらそれに気付き、色々対策を打ってはいるようですけど、他国の支援なくこれを打破するのはもう不可能なのでしょう……多分ですけど、この文書は支援交渉の旨が書かれていると思います」

 

 プレリアは箱の中から御封が施された巻物を取り出し、苦しそうな顔をみせた。


 「つまり、それの内容が受け入れられるなら、状況はある程度解決すると?」

 「一時的な物に過ぎませんけどね。でも、国家間の問題に無償ということはないでしょうから、簡単には受け入れられないでしょうね……」

 

 シアンは封を切って確認をした方が良いのではと一瞬思ったが、プレリアが大使ではなく、一介の外交官であることに気付き口を噤んだ。

 そしてふと、ある考え(・・・・)が、シアンの口を開かせる。


 「でも、もしこの提案がこの国に受け入れられない場合は、大使館の人はどうなるんですか?」

 「交渉材料、つまり、人質ですね。そのための用意された【ゲート】の魔道具でしょう……」

 

 ここまではシアンにも予想出来ることだ。だが、問題はそこからだ。


 「では提案するために王宮に向かった人間がそのまま拘束されてしまって脱出の指示が出来ない状況には?」

 「提案に向かう前に、重要人物は予め秘密裏に脱出させる必要がありますね」


 「じゃ、王宮に向かった人間は捨て駒になってしまうじゃないですか!?」


 思わずシアンは声を上げてしまう。幸い、大使館の要員の為に造られた馬車は防音がしっかり施されたお陰で、声が漏れることはなかったが、その声は車室の中に木霊するほど大きな声だった。

 

 「非常事態です。ある程度の危険は背負う必要があるのですよ。もしこの提案をしないまま脱出してしまうと、それこそ戦争の原因を作ることになります。今はこの国の戦力が我が国より低いとは言え、かなりの損害を覚悟しなければならないのは明白です。自滅するのならまだしも、我が国がこの国を滅ぼす行為は、周辺国から相当は反発を買うことにもなるんですよ?」

 「……じゃ、誰が行くことになるんですか?完全に関係のない人間が王宮まで行ける筈ないですよね?最重要人物である大使でもない、王宮の中まで行ける人間なんて……」

 

 シアンが一番危惧していたことはそれだった。

 弱々しい声で、質問するシアンに、プレリアは悲しそうに答える。


 「はい。私、しかいませんね。侯爵ですし、王族である大使の代わりには丁度いい人選だと思います」

 「……」


 そして、マキアデオス王にまたやられてしまったたことへの怒りが込み上げてきた。

 シアンにとってプレリアは知り合いだ。だが死んで構わないと思うほど、無関係でいられる人でもない。つまり、そんなことを考えた上でシアンにこの仕事をやらせたのだ。


 『プレリアを死地に赴かせた。助けるか、助けないかは其方の自由だ。by。マキアデオス』

 シアンが今回受けた依頼の真義はこれだったわけだ。


 

 (くっそぉ。あのたぬき野郎……)

 『でも、助けるつもりですよね、シアン様?』

 (ここまで来たら助けないわけにはいかないだろうが!)

 『やるついでにこの国の王族全部殺して、国ごと乗っ取ってしまいましょうか。そうすると色々動きも楽になると思いますけど』

 (それはいやだ。もっと面倒なことになる)

 『暴君になれば面倒なんてないんですよ?この国乗っ取って軍事力高くして、ラザンカローに攻め入りましょう。そしてあのたぬきを跪かせて後悔させてやりましょう』

 (要するにお前も頭にきたってことだな?)

 『はい!』

 (感情表現が回りくどいよ……)

 『まだ、人格設定が……』

 (それもう聞き飽きた)


 こうやってシアンは、また計画を一部変更することになったのだった。

 

 

※次回の投稿は10月8日午後3時前後になります。



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