第五十四話 モラーク王国へ
※遅くなってすみません。
国王からの依頼を受けることにしたシアンは、出発までの数日間を知り合いの挨拶回りなどに費やして、六日後、ラザンカロー王国の首都、ルカローを後にした。
挨拶回りは涙脆い展開もなく、あっさりと別れが済まされた。
むしろ、何人かはシアンの旅立ちを「この国は狭い」とか「広い世界を目にして戻ってこい」とか「お前はこの国に収まる器ではない」など、旅立つことを喜んでくれる人の方が多かったのが、シアンの足を軽くしてくれた。
だが、シアンにとって、それは少し寂しい展開でもあった。
自分の人間関係がどれ程浅いものだったのかを知る機会になったのだ。
唯一、ヴァノアが「私の寿命は長い、いつになってもいいから必ず戻ってこい」と言ってくれたことが、少しの慰めになっただけで、他の人は誰一人、シアンに「何時帰るつもりだ?」と聞いてこなかった。
そこでシアンは漸く自分の立ち位置を認識した。
5歳の時から今まで、色んな場面で人たちと関わって来たが、それは全て争いの関係での関わりであって、まともな人と人の触れ合いは殆どなかったのだ。
それは自分が他の子供とは違う力を持っていたせいでもあったが、シアン自身も他人との関係に打算的に思考を優先してしまったせいでもあった。
知らず知らず、自分は異邦人であると、頭の何処かで思っていたのだ。
それを漸く認識できたのが旅立つ前であったことは、少し残念なことではあったが、シアンは今でも知ることが出来て良かった、と思うことにした。
そして、旅立ちの日、シアンは5歳からの目標であった、武力、財力、権力を手に入れることに、もう一つ、人間関係を加えることにした。
その第一歩として、一緒に旅をするユウとの関係を改善しようと思ったシアンは、その具体案としてユウに少しだけの秘密を打ち明けることにした。
いい人間関係には正直さが必要、というアンリの助言からの決定だった。
「なぁ、ユウ」
「はい。主様」
ルカローを出て、瞬間移動をするために人気がない所に足を運んでいたシアンは、後ろに付いて来るユウを呼んだ。
ユウはまるで、飼い主に呼ばれた子犬のように、シアンのすぐ側まで寄ってきて目をキラキラさせる。
「いやあ……なぁ……何処から言えば良いのかな……」
呼んだのはいいが、何から話をしていけばいいのか悩んでしまう。
どうも自分を人にさらけ出す、カミングアウトという行為は、シアンが思っていたより簡単ではなかったようだ。
「僕は……元はここじゃない世界の人間なんだ」
結局、何か気の利いた説明が出来る訳でもなく、吐き捨てるようにそれだけ口にした。
だったそれだけのことで、シアンの緊張度は魔物数千匹と対面した時を上回ってしまっている。
だが、
「知ってましたよ?」
「え?なんで?いつから?」
足を止め、思わず馬鹿な顔をしてしまったシアンを見て、ユウはシアンの必死のカミングアウトにカウンターアタックをかけた。
「最初にお会いした時からですよ?これでも、精霊の端くれですので、それぐらい分かります」
「え?精霊……なら分かるものなのか?」
「はい。魂に近い存在ですからね」
「……そうなんだ……」
シアンは肩を落として、今までの緊張感を返してくれ、と言いたい気分になっていた。
そんな主を宥める為に、慌ててユウがフォローの言葉をかけてきたが、
「主様は主様です。異世界人でも、オークでも構いません!」
「いや、オークは僕でも嫌だよ」
「では、スライム!」
「魔物から離れろ!!」
全然フォローになってなかった。
◇
その後、適当な場所を見つけ、瞬間移動でユウと一緒にモラーク王国との国境近くまで移動したシアンは、身分証明を済ませ、入国税を払ってモラーク王国へ入国した。
そこからもユウの瞬間移動で移動すればすぐにプレリアがいる、モラーク王国の王都まで行けるのだが、入国日時の記録があるため出来るだけ目立たないように馬で移動することにしたシアンは、予め用意しておいた魔獣の素材を近くの商店で売り現金を手に入れ、国境の近くにある貸し馬屋で一匹の馬を借りた。
この貸し馬屋は一定距離置きに設置された駅場で借りられ、馬を疲れさせないために、駅ごとに乗り換えることになっている。各国のギルドが運営する戦人の為の公共交通機関だ。
これは民間にも利用出来るようになってるが、魔獣のせいで一人でこれを利用する民間人はいない。民間人が利用する時には必ず戦人の護衛が付くことになっている。でないと、魔獣の攻撃で馬ごとやられてしまう恐れがあるからだ。
これはその民間人にとっても、ギルドにとっても損以外の何物でもない。
だが、戦人であるシアンは一人でもそれを利用することが出来る上、街道の近くに出る魔獣は片手間で狩れる弱い物ばかりだ。安い物ばかりだろうが、浪費するつもりはないので丁度いい路銀稼ぎになる……とシアンは思っていたのだが……
貸馬で、モラーク王国の王都まで約十日、シアンとユウは想像以上に多い魔獣の襲撃を受け、2000体近い魔獣素材を手に入れることになってしまった。
(アンリ。これ幾らになると思う?)
『モラーク王国の相場は正確には分かりませんが、少なくとも大金貨10枚は固いんじゃないんですか?』
日本円で換算すると、約一億。
(なんか、金銭感覚狂いそうだ……でも、なんでこんなに街道に魔獣が多いんだろう?)
『夏になって休みに入った戦人が多いせいではないんでしょうか?』
(いや。それはないと思うな……休みに入ったといっても普通は一月程度で復帰するし。そうなるとこんなに魔獣が増えたりはしないんだろう。それに今は夏に入って間もない。時期的にも合わないんじゃないかな?)
『でも、ここまで来る間、迷宮が暴走したなんて噂聞いてませんよ?』
(どうも、そこが気になるんだよな……こんなことならかなりの騒ぎになっているはずなんだけど……)
アンリとそんな話をしながらモラーク王国の王都の城門を通ったシアンは、王都の中の異常過ぎるほどの暗い空気に一瞬眉を潜めてしまった。
『やっぱり何かありそうですね……』
(だな。先に、プレリアさんの処に行ってみよう。プレリアさんなら何かを知っている筈だ)
換金と宿取りは後回しにして、プレリアからの情報収集を優先することにしたシアンは、馬を貸し馬屋に返して早速大使館の方へ向かった。
シアンがラザンカロー国王から貰った証明書を見せ、大使館の中に入って行くと、そこにも外と同じ暗い空気が充満していた。
「え?留守中?」
「はい。申し訳ございませんが、バイエステスさんは只今留守にしております。お名前と連絡先を残していただければ、戻り次第直ぐに連絡いたしますので、こちらの訪問帳に……」
「いいえ。宿をまだ決めてませんので、シアンが来ていた、とだけ伝えて下さい。明日の午前中にまた来ますから」
ロビーの方でプレリアとの面会を要請すると、生憎、プレリアは留守中だったので、シアンは明日来る旨を伝えてから、大使館を後にした。
(仕方ない。ギルドで情報収集でもするか)
そう考えて、旅で疲れた足をギルドに向けて運んでいくと、ギルドの中から見覚えのある女性、プレリアがギルドから出てくる姿が見えた。
シアンはプレリアがギルドの前に止められている馬車に乗ろうとするのを見て、出発の前に捕まえようと走る為に足に力をいれる。
だが、そこでユウから出た言葉がシアンの足を止めた。
「主様。異世界人です~」
「何処?誰?」
あまりに突飛な言葉にシアンが聞き返すと、ユウはプレリアが乗った馬車を指さした。
「今あの馬車に乗った、エルフのオジサンです」
一瞬プレリアを指しているのかと思って驚いたシアンだったが、違う人だと分かって少しホッとした。だが、
「……なんでプレリアさんが異世界人と一緒にいるんだ?」
シアンはその疑問を解消するために、既に出発した馬車の後を追い、もう一度大使館に足を向けた。
※次回の投稿は10月3日の午後10時前後になる予定です。早く正常なペースに戻れるように頑張ります。(TT)
※次回の投稿は10月5日の午後3時予定に変更します。本当に申し訳ございません。




