第五十三話 旅の準備
数日が過ぎ、なんとか平常運転できる状態まで回復したシアンは、旅に出るための準備を始めていた。
初めは、先日の経験をいかし、予備の剣を数振り、武器専門の鍛冶屋に打ってもらうことからだった。
たった一日の戦いでダメになった剣は、シアンが魔法で作った使い捨ての剣を除いても、レイピア二本に短剣一本。これからもそこまで激しく消耗される戦闘が、あるかは分からないが、少なくとも予備として何本か持っていないと、前回の二の舞いになる可能性が高いと思ったからだ。
使えそうなレイピアを打ってもらうのには思った以上の金が掛かってしまったが、今回の活躍で貰った褒賞金と、魔獣の売却で得た収入が、とんでもない金額になっていた為、懐はさほど痛くなかった。
(アンリ、今僕のお金は正確にどれ位あるんだ?)
『まだ、支給されていない金額も含めて、ですか?』
(いや、今腕輪の中にある金額だけでいいよ)
『大金貨で計算すると、259.867485枚になりますね。』
大金貨259枚。麦の値段で日本の金に換算すると25億9千万円相当……
一気に金持ちになってしまっている。
(じゃぁ、まだ貰ってない褒賞金と魔獣の売却金額を足すと……)
『大金貨422.867485枚になります』
それを聞いたシアンは、思わずため息をついてしまった。
金持ちになったのはいいことだが、金の使い道に悩んでしまったからだ。
旅に出るから家を買う必要はない。そもそもヴァノアの屋敷があるから、もう一つ家を買うとしても、無意味な出費になる。
それで路銀に使うとしても、武器類、食料品、服、道具類などはそこまで高い金額ではない。
金があるから必要な物は国ごとに買い揃えていけばいい、なんて考えも捨てざるを得なかった。
この世界は国ごとに貨幣は違うし、両替率というのは定まっていない。
国境近くの両替商はあるが、9割9分が詐欺師当然の連中だ。
殆どの場合、品物を揃えて国境を越えて、その国で捌いて路銀を稼いぐ、こんな面倒な方法を使っている。
この場合は関税が一定金額付くようになっているが、こっちの方が両替より遥かに安く済むからだ。
持ち運びの便宜性のせいで両替を利用している人たちもいるが、腕輪のお陰でシアンにはそこまでして荷物を減らすメリトがない。
だが、そこで、大きな問題が発生する。
それは戦人という職業の問題だ。戦人は基本、魔獣の素材以外の売却は禁止されている。
これは商業権の保証の為に殆どの国で実施されている制度で、シアンが戦人である以上、商品売買での路銀稼ぎはできない。
つまり、方法はただ一つ。
魔獣の素材を売ることしかないのだが、それを知ったのは既に手元にある素材を全て売り切ってしまった後だった。
よって、他国での路銀は魔獣を狩って売ることで稼がざるを得ない。
よって、この国のお金は殆ど、暫くの間、氷漬けになってしまうのだ。
シアンのため息はそのせいだった。
(折角お金持ちになっても、これじゃあな……だからと言って無駄使いはしたくないし……)
『まぁ、後に戻って使えばいいだけの話だと思いますが……』
(でもな。金があるのに使う道がないって言うのも、余り愉快な話でなないんだよ……)
そんな風に愚痴をこぼしならが、旅に必要な物を買い漁ってから屋敷に戻ったシアンを待っていたのは、前に一度乗ったことがある、王室の高級馬車だった。
「主様ぁ~~!」
屋敷の門の前で馬車に目を向けて「残りの支払いは三日後の筈だが……」と頭を傾げていると、屋敷の中からメイド服を着たユウが大きな声で叫びながらシアンを出迎えた。そして、
「主様!伯爵様になるんですよ!!」
と、なんの脈絡もない話を初っ端からしてきた。
◇
シアンは養子ではあるが、イプシロン伯爵家の一人息子だ。
よって、元々伯爵になるのは間違いない。だが、ユウが知らせるために走ってきた理由は別にあった。
王室からの知らせを簡単に纏めると、今回の件で、ギルドの貢献が高く評価され、ヴァノアは侯爵に陞爵し、第一貢献者であるシアン個人は伯爵位を授爵することになったのだ。
だが、シアンはまだ15歳になっていない為、爵位のことは一旦お預けで、そのことで、直接国王から話があるとのことで、王室から迎えが来ていたのだ。
(猫に鈴付けるつもりなんだろうな、これは)
『そうですね。それで間違いないでしょう』
そんな考えをしながら、二年前シアンの品定会が開かれた茶室に通されたシアンは、数分ぐらい待たされてから国王と対面した。
「元気そうで何よりだ。シアントゥレ」
「はっ。ご心配をおかけして申し訳ございません」
「そう固くなるな。ここへ呼んだのは予が其方に謝るためだ」
「謝るなど、恐れ多いことを……」
シアンは心にもない社交辞令を口にしてから、国王が椅子を勧めた後に席に付いた。
「まずは、其方に感謝せねばな。其方はこの国を救った。礼を言おう。そして其方は予の家族を救った。ありがとう。これは一人の父親としての感謝だ」
「勿体なきお言葉です。陛下」
「いや。いくら感謝してもし足りぬ。其方はこの国にとっても、予個人にとっても英雄であり恩人だ。だから、予は其方が正当な地位に付くべく、御前会議で何回も主張していたが、中々うまくいかなくてな。その決定がくだされるまでここまで時間が必要になってしまった」
「いいえ。貴族の一員としてやるべきことをやったに過ぎません」
「いや。予が謝りたいのは別にあるのだ。その決定を導くために「今の内に鈴を付けておくべきた」と心にもないことを言ってしまったことだ」
シアンはそこで眉をぴくっとしてしまう。
国王自らそんなことを振ってくるとは思ってなかったからだった。
「今回のことで、其方の強さが普通ではないことを知った皆が、不安がっておるので、それを利用するようにそう言ったのだが、予の本心ではそんなことを毛ほども思っておらぬ。伯爵位は其方を縛る為の物ではない。だから、成人して爵位に就いた後にも特に貴族の制約を利用し其方が振り回されることはない。好きに生きて良いのだ。それだけは言っておかねばならぬと思ったから、ここへ呼んだのだ」
それを言われてシアンは漸く、国王の本心が理解できた。
つまり、これは強い力を持つシアンに、不満を持たせないための友好の手段として、そして「国王の臣下」と言うタイトルを付けることで周りの不安を和らげる手段としての叙爵だったのだ。
その逆に、シアンが化け物として敬遠されないように、という意図も含まれてた、繊細な配慮でもあった。
(まぁ、化け物扱いには違わないんだけど、別にこれは悪い意味での化け物使いではないんだよな……)
『はい。私もそう思います。国王様も色々悩んでの決定だったのでしょう』
そう思ったシアンは苦笑いを浮かべて、国王の謝罪を感謝で返した。
「別に人を脅すため持っている力ではありませんが、不安に思う人達がいるのなら仕方のないことでしょう。これは陛下が謝ることというより、僕が感謝を述べるべきことだと思います。ご配慮、ありがとうございます、陛下」
「……そこまで理解して、こう返してくるとはな……」
「浅慮なだけですよ」
「いや。プレリアが一目置けるのにも確かに頷ける」
「プレリアさんが、ですか?」
「其方が子供らしからぬ慧眼を持っていると言っていたぞ」
「慧眼なんて……」
シアンは恥ずかしそうに目を下に向けた。
事実、シアンは自分がまだそんなこと言われるほど、賢明でもないと自覚している。ただ、前世での記憶のお蔭で、物事を判断する材料を少し多く持っているだけの、ガキにすぎない。
それがシアンが自分自身に付けている評価だったのだ。
「で、其方は旅に出るそうだな?」
「はい。陛下」
そこで、国王が話題を変えて来たので、シアンは目を上げ姿勢を正した。
「行き先は決めてあるか?」
「いいえ。まだ決めてません。」
「では、予の依頼を受けてはくれぬか?」
「依頼ですか?」
シアンは、また何があるんだ、と少し緊張した目を国王に向ける。
そして、国王は小さな箱をテーブルの上に乗せた。
「これをモラーク王国にいるプレリアに渡すことだ」
※次回の投稿は10月1日の午後10時前後になる予定です。




