第五十一話 司教
「……です……」
「はぁ?」
シアンを突き飛ばす時の威勢はどこへやったのか、サハラはシアンが移動させた椅子に座り、小さな声で何かを言ってくる。だが、その声は余りにも小さすぎて、シアンは何を言っているのかよく聞こえなかった。
「司教さま……で……です」
(アンリ。これ、何言ってるのか分かる?)
『「司教様の命令でシアントゥレさんに……を渡すために来たのです」と言ってると思います。何かまでは分かりませんけど』
「はぁ、何を渡すんだ?」
面倒くさいな、と思いながらシアンはアンリが教えてくれたことを口にしてみる。すると顔をパッと上げてそそくさと服の中から、水晶でできた、板のような物を取り出し、シアンに渡してきた。
サイズはB5サイズぐらいで、何やら魔術式が刻み込まれてあるようだったが、今まで見たことのない術式で、術式を構成している文字はダンジョンの呪縛ととても似ている文字だった。
「これを僕にどうしろと?」
『はじめまして、ですね。シアントゥレさん。』
「うわっ!」
シアンはいきなり聞こえてきた、落ち着いた青年の声に板を落としそうになる。
「つ、通信の魔道具?」
『はい。通信の魔道具です。サハラさんに渡すように頼みました』
「じゃ、あんたが……」
『挨拶が遅れましたね。《赤の剣》の司教、トーレスと申します』
「その司教さんが僕に何の用だ?」
司教と言う自己紹介を聞いたシアンの頭に、今までのことが過る。
プレリアの両親の事件、五年前の戦争、二年前の事件など……
当然、それを後で操っていた元締めである司教に対して、いい感情が湧くはずもなく、シアンは魔道具を睨みながら冷たい口調で用件を聞いた。
『お願いしたいことがあります』
「断る。僕を犯罪者にする気か?」
『いいえ。具体的に何かを頼むわけではありません。つまり、法律上の問題はありませんし、誰かに話ても構いません』
「何を企んでる?この国にはもう手出ししないんじゃなかったのか?」
『この国には何もしません。これはあなた個人へのお願いです』
「僕個人?」
『その話をする前に、私の特殊能力のことを言っておこうと思います。私のギフトは《予見》。時間の隙間を時々覗くことが出来ます。そのお陰で私は古代人が異世界人の魂を召喚することを知り、それに少しの干渉をしました。これは私達、《赤の剣》の中でも一部しか知らない事実です』
シアンはその言葉に眉を潜めた。
今司教が言っていることは、古代人の老人が話したことと正確に合致している。
つまり、
「つまり、本物の泥棒さんだったわけか?」
『そう呼んで頂いても構いません。ですが、私がそうしなかったなら、この世界は既に古代人の物になっていた筈です』
「ダラダラ言い訳を口にするのを見ると、悪党でも少しぐらいは善人ずらしたいみたいだな」
思いっきりの皮肉を込めたシアンの言葉の後、魔道具から軽いため息の声が聞こえる。そして、
『そうですね。その通りです。ですのでもう一つ、私は勝手なことを言わせて頂きます。私は先日ある未来を目にしました。約十年後、あなたは古代人に囚われていました。そしてこう言っていたんです。「何故こうなってしまった……答えてくれ……アンリ」と。そして世界は古代人に支配されていました。絶望もなく希望もなく、ただ奴隷として、ただ家畜として……それが私が見た未来です。何処から、何から変えるべきなのか、その切っ掛けすら掴めません。ただ、あなたの未来を見たので知らせようと思いました。この連絡があなたの、そして世界の未来を変える可能性があるかも知れないという、一つの足掻きのようなものです』
シアンは自分以外の人間から始めて聞いたアンリの名前に口を噤む。
10年後と言う話より、古代人に支配された世界のことより、囚われた自分のことより、何故か自分が口にすると言う、絶望に満ちた言葉がもっと気になっていた。
『私の話は以上です。これをどう受け取るかはあなたの自由です。今後またこういう話をするために訪ねることになるかも知れませんが、どうか軌道を逸した行為は謹んでください。彼女は私の大事な仲間です』
「な、何が軌道に逸した行為だ!?」
『おや?あなたはサハラの瞬間移動の時に干渉して自分の性的欲求を……』
「何故分かった!?って違ぁーう!!子供に性欲もクッソもあるかぁ!!あれは事故だ!事故!」
シアンはいわれのない誹謗中傷に、怒りを覚え魔道具を投げつけようとしたが、サハラが慌てながら、「だめです!それ私のです!!」と手を振っていたので一旦そこで思いとどまった。
「おい。根暗預言者。次はない。お前の予言通り世界が動くと思うな。俺はお前の予言なんか聞く気はない」
『そうですね。実際私もそれを変えて来ましたし。私が見るのは未来の一面だけですから。ですが、連絡は勝手にやらせていただきますよ。それが未来を変える可能性があるのなら』
「今回は見逃してやるが、次は連絡係から一人ずつ潰していく。それでもやりたいなら勝手にやってみろ。赤の剣の人間が全員、俺の手で潰されるまでな」
シアンはそこまで言い切った後に魔道具をサハラに渡した。
「誰か来る。僕の声が外に漏れたようだ。さっさと行かないと都合悪いんだろう?」
「は、はひぃ!」
シアンの話を聞いてサハラは慌てて瞬間移動を使い部屋から姿を消す。
そしてシアンはサハラが消えた椅子を睨みならがらアンリを呼んだ。
(アンリ。追跡出来そうか?)
『経路を辿るのは無理ですね』
(やっぱり瞬間移動の追跡は無理か……)
シアンは最後のやり取りの途中、サハラが瞬間移動を使う時、瞬間移動を追跡するようにアンリに頼んでいた。理由は赤の剣の追跡だけではなく、古代人の追跡にも使えるのでは、という考えからだった。
だが、その試しは失敗。
これでは、さっき聞いた通り、10年後を迎え古代人に囚われるかも知れない。
もちろんこれが、司教の狂言である可能性はあるが、誰にも知られたはずのない、アンリの名前が出たことである程度は信用していいと判断した。
(アンリ。出来るだけ早く回復して世界を回ろうと思う。そして出来るだけ早く力を身につける。誰にも、古代人の連中にも到底追いつけないように強くなる)
『はい。シアン様。最大限サポートさせて頂きます』
司教との話で、色々悩みの種は増えたが、シアンはむしろ逆に頭がすっきりするのを感じた。
色々考えすぎたせいで、半分頭の隅に追いやられていたが、シアンの目的は最強になることだ。
そうなれば、誰も手出しできない。赤の剣も古代人も手が出せない程強くなってしまえば、全ての問題は解決する。
自分の過去の記憶など、今のシアンには必要のないことだ。必要なら最強になってから見つけていけばいい。
要は順序だ。
最初の計画通り、真っ先に強さを、誰にも追いつけない強さを手に入れること。
それが最優先事項だ。
シアンは、そのことを心に刻みこんだ。
『では、旅に出る前に血液不足を何とかしないとダメですね。料理長さんに生レバーを頼みましょう』
(生レバー……嫌だ……)
『好き嫌いは良くありません!』
(あれは鉄の味するんだ)
『だからいいんです!』
余談だが、この世界の生レバーは、地球の生レバーより、多くの鉄分を含んでおり吸収率も高い。
つまり、健康には良いんだが、とても不味かった。
※次回の投稿は29日の午後6時前後になる予定です。頑張ります。




