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第五十話 一段落?

 (姫君?10年後?ふざけてんのか?それに、石川実?誰だ、それは?日本人の名前?あれ?おかしいな、なんで前世での僕の名前が思い出せないんだ?まさか、僕の名前……なのか?アンリ、僕の前世の名前分かるか?)

 『すみません。私も、分かりません。いくら記憶を探ってもシアン様の前世の個人情報だけが……』

 

 出血多量でよく回らない頭をいくら振り絞っても自分の前世の名前だけが出てこない。

 それはシアンにとっても、アンリにとっても、何故今まで気にしたことがないのかが疑わしくなる、異常極まりないことだった。


 まるで意図的にそれだけを抜き取ったかのようなその空白は、シアンの脳裏を無数のはてなマークで埋め尽くしていた。


 「あら、混乱しているみたいね。少し早かったのかしら?」

 「早い?何んの話だ?」

 「まぁ、疑問だけ残して、『はい、さよなら~』ってのも気の毒だし。幾つかは質問に答えて上げてもいいけど、手短にお願いね?」

 「3つでいい。石川実は誰のことだ?姫君は誰だ?10年後って言ったけど今は早いと言ったな。何故十年後だ?」


 その3つの質問は脳内で次々に増えて行く疑問符の最重要分岐点になっている疑問点だった。

 それが分かれば後の疑問は自然と繙かれていく。シアンの回らない頭は、いや、シアンの感情がその質問を女性に求めていた。


 「そう、記憶に欠損があるのね。やっぱりすこし早かったのかも……そうよ。石川実はあなたの前世の名前。ウチの姫様が言ったことだからそれは間違いないわ。それと、ある姫君と言うのは我々古代人の王族の方よ。それ以上は秘密ね。10年後の話は私も分からないわ。後に姫様に会ったら聞いてみたら?それと早いと言うのはあなたの魂がこの世界に定着するには、まだ時間が必要だったのかな~、という意味。異世界人の魂は元々そんなものだからね」


 多少説明不足ではあるが、女性の説明は簡略で淀みのないものだった。


 疑問は未だに沢山残っているが、これ以上は逆に危険だ。

 シアンは自分が混乱していていることを自覚している。こんな混乱中、無闇に相手の情報を受け入れ過ぎるのは、何か選択ミスをおかしてしまう可能性がある上、相手の誘導されてしまう恐れがある。


 シアンはもっと質問しろと言う、自分の感情を必死に抑えながら、話題を切り替えた。


 「戦うつもりはないなら、僕はこの中にいる人達を助けてここを出たいんだが、それを止めたりはしないんだろう?」


 シアンのこの話はもう一つ裏の質問が含まれたものだった。


 このダンジョン事件の原因が古代人全体の意図から実行されたものだったのか、それとも老人一人の暴走によるものだったのか。

 もし、前者ならシアンが卵を持ち帰ることを拒むか渋るだろうし、後者ならあっさり頷くはずだ。

 

 「あら、それだけでいいの?」 

 

 だが、その返事は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。


 シアンはそこで一旦、事態は簡単に片付けられそうと安心して、もう一つ頼んでみることにした。


 「出来ることなら、このダンジョンもなんとかしてくれ。あんたらの家礼がやらかしたことだし、主として責任ぐらい取ってもらわないとな」

 「そう、分かったわ」


 そんな軽すぎる返事の後、女性が指を鳴らすと、いきなり周りの風景が切り替わった。


 「!!く、雲ぉ!?」


 そう、シアンとその女性は、殆ど暗くなっている空の上に立って(・・・)いたのだ。


 いきなり足場がおかしくなってしまったことで当惑しながらも、自分が堕ちるわけではないことを知ったシアンは、落ち着きを取り戻し女性を睨みながら文句を口にする。


 「こんな事するなら合図ぐらいしてくれ」

 「あら、そう?ごめんね?」


 心にもない謝罪を口にしながら、その女性はまた一回指をならして下の方に目を向けた。

 シアンがそれに釣られて下を見ると、ダンジョンの入口近くに集まった大勢の魔獣と二人の人物が壮絶な戦いを広げていた。それは、


 (お母様とユウ!?)

 

 だが、その直後、いきなり地面が生物のように動き出し、魔獣だけを次々と飲み込んでいく。

 そして、もう一度指を鳴らす音が響いた後、まるで植物が芽吹くように、地面から数十個の卵が出てくるのが見えた。


 「あの卵は普通に割れば人が出てくると思うわ。それと下にいる人達、あなたの知り合いのようね」


 殆ど暗くなっている為、ストーカーでの気配の視覚化でしか分からなかったけど、どうやらシアンの気配に気づいたユウが上を見上げているようだった。

 

 「では、あそこに降ろしてあげる。このダンジョンはもう死んでるから心配する必要ないわよ。まぁ、それでも気になるのなら後でさっきの部屋に降りて見れば分かるわ。ドライアードの死体が残っている筈だから」

 「おい、ちょっと待っ、!?」


 シアンが止める間もくれずに「パチン」と指を鳴らす音が聞こえ、もう一度視界が切り替わった。

 

 「シアン!!」

 「主様!!」


 視野の先で二人の女性がシアンに向かって走ってくる。


 だが、二人に生きて出会えた嬉しさより、釈然としない気持ちがシアンの心の中で重苦しく渦巻いていた。




 ◇



 

 それから十日間、シアンは屋敷で半分監禁状態で養生させられながら、自分が得た情報をヴァノアに報告していった。


 シアンが心配で迷宮の近くまで来て道を作ろうとしてくれたことで、ヴァノアにユウの姿が変わったことがばれてしまったため、計画通り、ユウは元の姿に戻ったと誤魔化して、ユウもその通り口裏を合せていたが、ヴァノアは到底信じられないともっと詳しい説明を求めてきた。


 だが、シアンは詳しいことは分からないと言い張りながら、もっと深刻な問題であるダンジョン事件の報告に無理やり話を持ち込んだ。


 ユウのことを誤魔化してしまったことを補うように、赤の剣と敵対している古代人に関する情報は出来るだけ詳しく報告した。

 もちろん、自分のことには口を噤んだが、それ以外のことなら事細かく、自分が遭遇した赤い肌を持つ二人の話を含め、異世界の魂で力を得ていることまでも出来るだけ隠さずにヴァノアに知らせた。

 

 特に自分が経験した古代人女性の力のことはもっと時間を費やして、その恐ろしさをありのままに伝えようとしたが、あまりに荒唐無稽な話で、「お前がこんなことで嘘なんか言うはずがない」と言ってきたヴァノアですら、眉を歪ませていた。


 それから、自分のことを隠す為、10年後の話を出来ないのは後に問題になると思い、以前赤の剣の事件で聞いた話に混ぜて、

 「赤の剣が言った波と関係があるかも知れませんが、数年後に何かあるようなことを口にしていました」とだけ知らせておいた。


 そして昨日の夜、魔獣による暴走は殆ど鎮静されたことと、王宮のダンジョンの死亡が確認されたこと、そして、卵に閉じ込められていた国王を含む人たちに異常がないという情報をヴァノアの口から聴けたことで、シアンの心の荷が少しだけだが下ろされた。


 こうやって本当に長かった一日間のダンジョン騒ぎは幕を降ろした。




 だが、シアンには、まだ沢山の悩みが残っている。

 ダンジョン事件の真相のこと、古代人の姫君のこと、赤の剣のこと、アンリのこと、そして、自分自身の記憶のことまで……

 自分が気付かずに過ごしてきた、あらゆるの問題が今回の事件によって浮上してしまったせいで、シアンの小さな頭はパンク寸前の状態になっていた。


 幸いアンリが体のバランスを維持していてくれたお蔭で、精神の問題が肉体にまで影響を与えることはなかったが、それでも、前世の鬱に近い精神状態が続いている。


 この十日間の栄養摂取のお蔭で血液不足はある程度解消されたが、未だ外に出て暴れていい状態ではないと、ドクターアンリの診断がくだされ、肉体運動で無理やり意識を逸らすことも出来ない。


 それに耐えかねたシアンがドクターアンリに心理セラピーを要求した。


 (アンリ。何か力になるような事ないかな……)

 『さあ……』

 (お前な~精神の健康も必要なんだぞ?それを無視して健康管理なんておかしいだろう?)

 『今のシアン様の状態は正確には鬱ではありません。頭の使いすぎで脳が『休ませてくれ~』と言っている様なもんです。出来るだけ脳に養分を運んで頭痛になる前に処理しているのは誰だと思います?』

 (はい、はい。それには感謝してるよ。でもな~このままじゃな~……はぁ……わかったよ。自分で何とかしてみよう)

 

 結局、自分が子供みたいに渋ってるだけだと気付いたシアンは、ベッドから身を起し、新しい魔法の為の考察を始めた。


 (確かあの時、古代人の女が使ったのは魔力発動の瞬間を感知出来なかったよな?)

 『そうですね。確かにそうです』

 (だから分析も出来なかった)

 『はい。すみません』

 (いや、アンリを責めてるわけではないから。あれが特殊すぎだっただけだ。でも、色々考えて見てコレならと思ったことがあるんだが……出来ると思うか?)

 『まだ、本調子ではないですから、実験は後にした方が良いのでは?』

 (体力使うわけじゃないし一回だけ、な?)

 『はぁ、分かりました。でも、部屋の中で使っても問題ないような魔法にしてくださいね?』

 (了解。物体を離れた場所から瞬間移動で呼び寄せるってのはどうだ?)

 『それなら問題無いですね。やってみましょう』


 シアンはそうやって、少し離れたところに置いてある椅子を、ベッドの側まで移動させてみることにした。


 理論は簡単だった。

 あの時、古代人が使った魔法は全て空間魔法だった。そのことに気付いたシアンは考えた、空間の繋がりがある所では基点は意味がなくなるのではないかと。

 つまり、世界中の空間は繋がっているだから、認識出来る範囲内で空間魔法を使うことならできないか、と言うことだった。


 シアンは椅子に目を向けて、その椅子の状態を頭の中で刻みこんだ。

 そして、その椅子が移動する場所を確認して、椅子に目を戻し椅子の内部にゲートを作って、「はっ!」という気合と共に瞬間移動魔法を発動させた。


 『出来ました!!』

 (おお!出来た!!)

 「きゃっ!」


 シアンとアンリの喜びの瞬間と共に可愛い悲鳴が聞こえ、シアンの視野がいきなり何かに遮られる。

 何か柔らかい物がシアンの顔を包み込んでいた。


 「な、なんだ!?」

 「な、な、な、なにするんですかっ!」

 「うわっ!」


 その可愛い声の持ち主に突き飛ばされたシアンはまたベッドに横になってしまう。

 そしてシアンがいきなりの衝撃で一瞬閉じた目を開けてみると、顔を赤くして自分の胸を抱きしめる、黒いマントをした、見覚えのなる女性がシアンの上に跨っている(・・・・・・・)のが見えた。


 「あれ?サハラ……さん?」

 

 そう、彼女は前日、ミレナの紹介で一度会ったことがある、《赤の剣》のサハラだった。


 




 


 『おお、コレが噂に聞く、《ラッキースケベ》ですか……?胸けっこうありましたね……多分88の……』

 (うるさい!一々分析するな!!)


※次回の投稿は28日の午後6時前後になる予定です。頑張ります。

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