第四十九話 泥棒
シアンがマイペースな会話をしながら自由落下していた頃、ヴァノアは第二城壁の西門の前に到着していた。
「ギルド長。お疲れ様でした。」
そんなヴァノアたちを出迎えたのは副ギルド長のリヒトだった。
「なぁ、リヒト。ここ、引き継ぎ頼める?」
「また中に入るつもりですか?」
「ああ」
門を超えれば避難完了になる状態で、また危険地域の中へ戻るという言葉に周りのみんなの顔が硬くなって行く。
「いや、今回は独りでだ。シアンを迎えに行く」
「シアン君が中に!?」
「彼奴が殿をして来てくれたお蔭で、無事、みんなで脱出出来たから、今回は私が行かないと」
「危険です!私も行きます!現役離れしてかなり経ちますが、これでも二級まで務めた身……グハァッ」
必死で声を上げるリヒトにヴァノアは軽い蹴りをリヒトの足に喰らわす。
「はい。負傷者一名はここで待機、な?」
「ギルド長……」
「心配するな。息子を迎えに行くだけだ。直ぐに戻る」
ヴァノアは軽く笑みを見せてから、踵を返した。
その笑みを目にした人の中で、何人かはこんな言葉を浮かばせる。
《聖母の微笑み》
だが、戦人たちはその笑みをこう称した。
《戦女神の微笑み》
だがその後、シアンを探すため王宮へ戻ったヴァノアは、西の宮の近くでは魔獣一匹遭遇することなく、結局、東の宮まで足を運ぶことになるが、そこで目に入ったのは、異常過ぎる程多い数の魔獣が、ダンジョンの入口を向けて堵列しいる姿だった。
それはまるで、ダンジョンから出てくる何かを待ち受けているような光景だった。
◇
ヴァノアが救出作戦を終えて、もう一度王宮へ足を向けていた頃、ダンジョンの底に軟着陸したシアンは、二人の敵を目にしていた。
(敵……だよな?)
『そう……ですね。敵ですね……』
多少拍子抜けした顔で、シアンはドライアードともう一人を凝視する。
だが、ドライアードは意識もなく、樹のような状態で地に根を下ろしていて、もう一人はその側でそのドライアードにジョウロで水をやっている。
拍子抜けせずにはいられない状態だった。
「直ぐ終わるから、そこで待ってなさい。泥棒君」
ゆっくり水をやりながら、もう一人、白い髪と赤い肌色、黒いスーツのような服を着ている老人が口を開いた。
「泥棒?」
シアンは一瞬、誰のことを言っているのかキョトンとしていたが、直ぐに自分のことを指している言葉と気付き老人に聞き返した。
「もちろん。君のことだよ。あそこにある卵を盗もうとしただろう?」
「卵、って……中にいるのは人間なんだけど」
「その人間も私の物だよ。この世界にある全てが我らの物だ。それを忘れてのうのうと生きる時間はもうすぐ終わるんだ」
どうも話が合わない。
シアンはそこで相手の言い分を理解する努力を辞めた。
「一人でそう言ってろ。僕は帰らせてもらう」
本気で帰るつもりはないが、相手が泥棒だっと言っているのなら、目の前で堂々と卵から人を助ける行為、つまり、盗みの様な行為をすれば先に攻撃してくるだろうと予想したから、シアンはそう言ってゆっくりと卵の方へ足を向けた。
老人の特技は魔法で間違いない。だが、魔法なら次の攻撃までに必ず隙が作れる。よって先手攻撃よりカウンターが有効だ。そんな計画、だったのだが……
「逃げられんよ。この中では瞬間移動は使えない。唯一の入口には5000もの魔獣を待機させてるんだ。それに君はここで死んでもらう予定だよ」
ジョウロの水が空になったことを確認してから、後ろにぽいっと捨てた老人は何の感情もないような顔でそう話してきた。
「じゃ、ここでお前を殺して出て行けばいいだけの話だ」
「君には不可能だよ。泥棒君。私から異世界の魂を盗んでおきながら、そこそこの力しか使えない君にはね」
その言葉に一瞬シアンは固まってしまう。
(異世界の魂を盗んだ?どういうことだ?)
「元々異世界の魂は我らの力の糧になるものだった。それを盗んだのはお前らだ。《赤の剣》の泥棒!」
(あれ?赤の剣?こいつ勘違いしてる?いや、それは関係ないな。問題は僕の魂の方だ。こいつが魂を呼び寄せた張本人だとすると、何かを知っているに違いない!)
シアンはそこで一旦戦闘モードから、情報収集モードに切り替えて出来るだけ、相手の機嫌を損なわないようにゆっくりと質問を始めた。
「な、質問だが。お前らが異世界から魂を召喚した張本人なんだよな?」
「そう言っている」
「赤の剣がそれを奪った。じゃ、赤の剣の人間の魂は異世界人の魂か?それともこの世界の人間の魂か?」
「ん?何が聞きたい?」
「いや。お前の話はまるで、そいつが別の魂を持っていて、異世界の魂を力として使ってる、と言っているような……」
「当然そう言う意味だ。何がおかしい?」
「僕が聞いたことによると、異世界の記憶を持っている奴もいる……って話なんだけど……」
「当然だ。召喚された異世界の魂とこの世界の魂が融合するから、そんな奴等も当然出てくる。だが、あくまで異世界の魂は意志を持たないただの力の糧にすぎん。記憶の一部はそのおまけだ」
その言葉を聞いたシアンは、少し安心して、少し失望した。
自分が赤の剣の連中とは違うと分かったことからくる安心感と、自分とアンリに関する何かの情報を得られるかも、と思った期待に対する失望感だった。
つまり、シアンとアンリは赤の剣とも、古代人の末裔とも全く関係ない。
それなのに、何時も何時もそんな連中のせいで色々振り回されている。
安心感と失望感の次にシアンの感情は苛立ちへと変わっていった。
「分かった。もういいよ。さっさとやろう。ただし、これだけは言っておく。僕は赤の剣じゃない。つまり、テメエらには何の関係のない人間だ」
「何?そんなはず……さっきの瞬間移動も、ダンジョンの結界で精神状態を維持出来ているのも……」
老人は少し混乱したようにシアンを見ながらブツブツ呟きだす。
『あ、シアン様。何か重要なこと、口走りましたよ、この人』
(別に重要でもないよ。ここに入った人間を狂わせる結界を張っていただけのことだからな。僕には通じなかったけど……)
『でも、やっぱり見ていたんですね。ドライアードとの戦い』
(だろうな。僕がドライアードに剣を差し込んだ瞬間を狙って魔法を発動させたからな)
そこで、呟きを辞めた老人が、いきなりトレント状態のドライアードの中に手を差し込んだ。
「キャアアアア!!!!!」
神経を削るような悲鳴を上げるドライアードにも眉一つ動かさずに、引き抜いた老人の手には、木で出来た赤黒い長杖が一本握られていた。
「話し合いはやめだ。ここで君を殺して魂を喰らえば、君の話が本当かどうか簡単に分かる」
「老人は子供に未来を譲るもんだぞ」
「本物の子供はそんなこと口にしたりせぬ!!」
シアンはわざと挑発するような言葉で相手に先手を譲って、カウンターを仕掛ける準備をした。
そして計画通り老人は苛立ちの声と共に火の魔法、【火球】で攻撃してきた。
数十発の火の球がシアンを目掛けて飛来する。
だが、それを狙っていたシアンは姿勢を低くして、最大の速度でそれを避けながらあっという間に老人の前まで移動した。
そして、【老化の呪い】を付与した左手の短剣と、【神経破壊】の電撃魔法が掛けられた右手のレイピアで、それぞれ心臓と喉元を狙って攻撃を仕掛ける。
その素早さに老人は驚いたような顔でシアンを睨むが、攻撃魔法は一瞬で連発出来るようなものではない。それに防御手段は木でできた長杖だけだ。
古代人も人間と大して変わらない外見をしているなら、神経が破壊されると、色んな生命徴候が狂わされるだろうし、老人に老化の呪いを掛けるということは、死だけを意味する。
えげつないことこの上ない攻撃だったが、シアンは目の前の老人を《不謝の敵》と認識している。情けなど掛ける理由が微塵もなかった。
だが、シアンの剣先は老人に届く一歩手前で止まってしまう。
何の前触れもなく地面から突き出してきた木の根が、まるで槍の様にシアンの腹部を貫通したのだ。
「グハァッ!!」
内出血のせいでシアンの口から大量の血が吹き出しながら、激痛で剣を落とす。
それを見た老人はゆっくりと笑みを浮かべ、魔法が切られたレイピアに杖を当てて「融解」と呟き、剣を一瞬で赤い鉄の液体に変えてしまった。
「ドライアード。槍を抜け。コレは私の獲物だ」
老人の命令でシアンの腹から木の槍が抜かれて地面に戻る。
シアンは抜かれる時に再度襲って来た激痛に、腹の穴に手を当て跪いてしまった。
「この迷宮は私が作った物だ。私を守る為に、私の命令通りに動くのだよ。それはこのダンジョンと言う生き物だけの話ではない。この迷宮で生を受けた全ての存在が私の命令に従うのだ。我が先祖もそうやってこの地の人間と魔獣を統べっていた。だから、人間は我々の……ッコォッ!!?」
老人の喋る口の中にいきなり何かが投げ込まれる。そして、
「しゃ、べり過ぎなんだ…、よっ!!」
シアンの掌底打ちが老人の顎の下に直撃した。
『カリッ』と言う短い音と共に老人が自分の口を掴んで尻餅をつく。その瞬間を逃さず、シアンが使った一つの魔法が老人の心臓に突き刺さる。
それは黒い氷の槍だった。
シアンが今思い付きで使ってみた、【神経毒】と【氷の槍】の合成したこの魔法は、体内に入った時点で溶け始め、血管を伝って全身に渡る仕組みになっている魔法だ。
元々氷の槍はそこまで早い速度を持つ魔法ではない為、シアンは余りよく使う魔法ではないが、今回は至近距離で、そして奇襲だったことで正確に敵に心臓を付くことが出来た。
そして神経毒は、一定以上の能力を持つ魔道士なら自分で解毒魔法で中和できるが、最初にシアンが口に投げ込んだのは魔力が多く含まれている魔石で、シアンの掌底によって砕かれその一部が体内に入って行き、老人の魔法発動をジャミングしたせいで、神経毒が回る時間を稼いだ。
そうやって、古代人の老人は完全に死亡し、初めての古代人との殺り合いはシアンの勝利で幕を降りた……かのように見えた。
「へぇ。やるじゃない?少年。私の下僕を殺すなんて」
シアンはいきなり後から聞こえて来た声に、大量出血で朦朧になり始めた頭を動かして後ろに視線を投げた。
「誰、だ…?下僕?」
「そう。アレは我々の家礼よ。まぁ、古代人の端くれなのは間違いないけどね」
老人と同じく赤い肌をした、金髪の女性が悲しそうに微笑みながらそう話してきた。
シアンは必死で精神を振り絞り、この危機をどう乗り越えるかを考え始める。
だが、金髪の女性はそんなシアンの考えなど言わずとも知っているともいうように両手を上げて、手を振ってきた。
「今日は戦いは終わりよ。私もやり合うつもりはない。だからそう緊張しないで」
「……」
「あら、まだ信じられない見たいね。ほら」
女性が軽く指を鳴らすと、急に腹部の痛みが消えたことで、シアンは自分の手で腹を触った。
傷が完全に塞がっている。
背中にも手を回してみたが、前と同じく塞がっていた。
普通、魔法は発動される基点と繋がりが必要だが、この女はそんなこともなく離れた場所から一瞬で回復魔法で致命傷にもなりうる傷を直してしまった。
それに現れた時も、話を掛けて来るまで認識すら出来なかった上、魔法の発動した時にも、魔力光とも言われる《魔力発動現象》が全く起きてなかった。
それは人外の領域ところではない、シアンですら未だ目標にすらしたことない《本物の化け物の領域》だった。
(これが、赤の剣が言っていた……本物の力か……)
シアンの全身が恐怖で冷たくなっていく。シアンはその恐怖を振り切るように無理やり口を開いた。
「何の、つもりだ?」
「ううん~。趣味!でも、頼まれごともあるんだよね~」
「頼まれごと?」
そして、帰ってきた返事はシアンにも、そしてアンリにも、理解不能な言葉だった。
「そう。君に伝言だよ。石川実君。「10年後、会える日まで、お元気で」とのことだよ。ある美しい姫君からね」
※次回の投稿は27日午後6時前後になる予定です。頑張ります。(ーー;;)




