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第四十七話 脱出作戦

 西の宮と外部を繋ぐ唯一の道がある回廊の分れ道。 

 ヴァノアが率いる救助隊は厳しい戦闘を強いられていた。


 「姉さん!一回戻るべきだ!このままじゃこっちの体力が先に尽きる!」

 「ギルド長!ミヨスの腕がやられた!!」

 「うるせぇ!シーレンス!腕一本ぐらい自分で直せる!!」


 西の宮に集まっている人たちを助ける為、救助隊は王宮のあちこちに散らばっていた魔獣を間引きしながら移動していった。

 だが、西の宮に向かう回廊の前で魔獣からの攻撃を受けている第三近衛隊を発見し、救援に向かう途中、後から攻め入る別の魔獣の大群に奇襲を受け、三人の一級の人は手傷を負い、ヴァノアも現状維持が精一杯になっている。


 (これは……アレを使うしかないか……)

 「みんな!私の後に集まれ!!」


 ヴァノアは何かいい方法がないかを必死で頭を搾ってみたが、これとした方法は見つからず、結局、出来るだけ封印しようと思っていた奥の手(・・・)を使おうと決めて、みんなを一旦自分の後方に集めさせた。

 そして、三人が自分の後ろに移動して集まった時を狙って、ヴァノアは用意していた魔法を発動させた。


 「【腐の毒霧】!!、【微風】!!」

 

 黒い霧がヴァノアの両手の平から吹き上がり、微風に乗って流れて行き回廊の周りに集まっていた魔獣たちを次々と飲み込んでいった。


 【腐の毒霧】。


 この魔法はこの前、シアンから得た呪魔法の手がかりで、ヴァノアが数十年前一度見た魔法を再現した魔法だった。


 毒霧は接触した生命体を《腐毒》で腐らせることが出来る魔法で、禁呪になっている魔法だった。

 それも当然のこと。この魔法一つで数百人規模の村がたった数分で全滅できるし、畑とか食物などに使えば兵糧攻めにも使える上、暗殺にも使える凶悪極まりない魔法だからだ。


 空気の中にある水分に《腐毒》を付与するだけで、あまりに簡単に再現できた魔法だったので、正直、ヴァノアもこれは想像以上に危険かも知れないと、封印しようとしていたのだが、今回は状況がそれを許さなかった。

 

 だが、人間には極悪過ぎる魔法も魔獣の全てを殺すことは出来ず、一部の魔獣には全く効果がなく、数十体のアンデッド系の魔獣と、二体のエレメンタル系の魔獣は健在な姿でヴァノアたちの目の前に立ち尽くしていた。


 「ちっ。これでも、だめか……」


 ヴァノアは一度舌を打ってから、もう一度レイピアを持った手に力を入れる。


 「だが、数は減らせた!動ける奴は私に続け!!」

 「よっしゃ、行くぞ!!」


 しかし、その元気な声は、エレメンタル系の魔獣二体と五体のアンデッドを倒した直後、もう一度絶望の色が混じるようになってしまう。


 「くっそ!!また増援かよ!!一体何体いやがるんだ!!?」


 アンデッドに止めを刺した、一級戦人シーレンスが悪態をつきながら回廊の向こうを睨み付かせる。


 そこには百を超える無傷の新手の魔獣がヴァノアたちに向けて歩みを進めていた。


 だが、その新手とヴァノアの間の空間を遮るように、一筋の赤い閃光が空から落ちてきた。

 

 「シアン!!?」


 いや、それは閃光ではなく、一人の少年、シアンだった。

 大量に付いた返り血のせいで、まるで赤い服でも着ているようになっているシアンは、すこぶる機嫌悪そうな顔で魔獣を睨みながら、こう口ずさむ。


 「魔獣さんたち~遊びましょう~」


 拍子抜けするほど、冗談臭い口調だったが、ここにいる誰もそれが冗談とは思えなかった。



 ◇




 少し時間を遡り、ヴァノアが【腐の毒霧】を使う少し前。

 

 城門が封鎖されたせいで、門を使って中に入ることが出来ずに、仕方なく人目を避けて城壁の上まで登ったシアンは第二城壁の上に立ち、王宮の方を眺めていた。

 時は夕方。

 夕焼けが空を赤く染め、遠い空からは夜が近づいて来ている。


 

 シアンの手には近くの武器屋から調達した新しいレイピアと短剣が握られていて、それの感触を手に馴染ませるように、シアンは何回も握りしめを繰り返している。


 (ああ、やっぱりこのレイピアのグリップ感悪いな……でも、これしか使えそうな物なんてなかったし、しょうがないっか……)

 『シアン様。時間もなかったですし、今回は諦めましょう。大銀貨1枚なら、短剣と同じ値段です』

 (まぁ、この辺で納得するしかない、っか……念の為に他の種類も何本か買ってきてるし……いざとなれば少し魔力使って、使い捨ての物作っちゃえば……)

 『あ!シアン様!黒い煙が上がっています!!』

 

 アンリの声に、シアンは武器のことは一旦頭から消して、煙が上がる方向を見て目を細める。


 (アンリ。あそこ……)

 『はい。第一城壁の隠れてハッキリとは分かりませんが西の宮の方向です』

 (それにあの煙……)

 『はい。呪魔法、毒霧、ですね』

 (それはつまり……)

 『色々危ない状況、と見て間違いないでしょう、ね』


 それを聞いたシアンはうじうじ悩むのは完全に諦め、早速城壁から飛び降りながら大声で出来る限りの愚痴を空中に散らせた。


 「くっそ!!!少しは心的余裕持たせてくれよ!!!」


 

 ◇


 

 シアンの合流によってヴァノアが率いる救助隊の戦闘は勢いをつけ、アッという間に回廊の魔獣討伐を終えてしまった。

 レイピアのグリップ感は魔力で強化した握力(・・)無理やり(・・・・)手に馴染ませて、そのお蔭で更に勢いを増したことがその決め手となった。


 その間シアンの戦いぶりは歴戦の勇者であるヴァノアですら、少し引いてしまうぐらい狂気じみていて、それは午後の戦いとは少し違う意味での狂気だった。


 ヤケクソ感溢れるその戦いの間、シアンはずっと「つまんねえ」とか「めんどくせえ」とかを呟い続け、強さより、機嫌の悪さが周りに悪印象を与え続けたのだ。


 戦闘が終わり、少しすっきりしたシアンが爽やかな笑顔でヴァノアに「お母様!無事で何よりです!」と声にした時には、ヴァノアを除く三人の戦人は全員鳥肌が立つほどの恐ろしさを感じた。

 もちろん、戦闘面ではなく、その変貌ぶりに……


 「シアン。色々聞きたいことはあるが、今は西の宮の人たちを脱出させるのが先だ。まだ、やれるな?」

 「問題ありません。魔力は少ししか残ってませんが、まだ、戦えます」

 「よし。では、早速みんなを誘導するぞ」

 「はい!」


  

 そうやって、600人もの非戦闘員と72人の戦闘員の大規模な脱出作戦が始まった。

 先頭をヴァノアの救助隊、中央は第三近衛隊を含む宮廷内の戦闘員、殿をシアンが務めることになって進んだ脱出行は、予めヴァノア達が間引きをして作った安全なルートを辿り滞りなく進み、二回だけ戦闘を行って、死者を出さずに第一城壁の西門を通過することができた。


 ここ、上街は王宮の中よりぐっと魔獣の遭遇頻度が減る。

 それを知っている人たちの顔で安堵の色が見え始めた。


 だが、そこでアンリが最悪の相手の接近を知らせてくる。


 『シアン様。来ました』

 (はぁ、やっぱりアレか?)

 『はい。ドライアード、に間違いないと思います』


 シアンは自分の悪運を心の中から呪いながら、一旦第三近衛の人に殿を任せてヴァノアがいる先頭まで移動した。

 

 「お母様。敵がこちらに向かってます。ですが、ここは僕がやりますのでお母様は脱出の方を優先してください」

 「……シアン。お前は嘘が下手だ」

 「嘘ではないんですよ?」

 「いや、敵が来るのは間違いないだろう。だが、さっきあんなに多い魔獣を手球にとったお前が緊張するような相手だ。本当は一緒に戦うべき相手、なんだろう?」

 

 どうやらシアンの緊張がヴァノアには知られてしまったようだった。

 だが、600人もの保護対象がいる状況で、一緒に戦うことは出来ないのも、二人とも知っていることだ。

 だから、シアンはこう返事することで、自分の決意をもう一度伝えた。


 「厳しくなったら瞬間移動で逃げます。その前までにはみんなを脱出させてください」


 それを聞いたヴァノアは、これ以上シアンを止めることは出来ないことを悟り、シアンを自分の胸にそっと抱いて優しく話かけた。


 「母より先に死ぬのは一番の親不孝だよ、シアン。それだけは忘れないでいなさい。分かった?」

 「はい。お母様」


 何時もなら背中が痒くなるぐらい恥ずかしい場面だったが、シアンもヴァノアも自然に、まるで本当の親子のように抱き合うことが出来た。

 そして、ヴァノアの胸元から離れたシアンは、何時もの顔で手を振りながら「行ってきます」と口にして踵を返す。


 それはまるで遊びに出かける子供を見送る母のような光景だったが、周りの人達には何故か、ピリピリとした殺気が伝わっていた。


※次回の投稿は25日の夜になる予定です。個人的事情の為、少し遅くなります。申し訳ございません。

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