第四十四話 動き出す
「つまり、僕の付与魔法が触媒になって、ユウとダンジョンの隷属呪縛が同時に発動されたせいで、ユウとドライアードが融合してしまった、ってこと?」
「はい、主様!」
興奮状態だったユウから開放され、一体どうなったのかを聞くと、意外に饒舌になったユウが自分の状態を説明してくれた。
「じゃ、今のおま……君はドライアードとユウ、両方の人格を持っているってことか?」
「いいえ。ユウですよ~主様。融合したためにドライアードの人格と混ざってますけど自意識はユウのものですよ~。それに、いつも通りお前でいいです」
「まぁ、話し方は少し混ざっている気がしなくもない……いや元々ユウは喋らなかったから口調はドライアード寄りか……」
「口調が気に入らないんでしたら変えましょうか?」
ユウはお色系の顔で、元の可愛い系のキョトンとした顔をして聞いてくる。シアンにはそれが違和感があるような、ないような不思議な感じがしてきた。
「いや。無理に変える必要はないよ。でも、そうだとすると心配なのは、お前がドライアードのように縛られてしまうことだが……」
「縛られてませんよ~。むしろ縛ったのは主様ですよ~?」
ユウの言葉にシアンの頭が一瞬回転を止めてしまった。お色気顔のせいか「縛った」という言い回しが非常に扇情的な言葉と聞こえてしまったのだ。
『シアン様。シアン様がユウさんに登録した魔紋がこのダンジョンの魔紋を上書きしたと言っていると思いますよ』
(し、知ってるよ!)
「これで主様がユウと、このダンジョンの主になったんですよ。すごいです~」
「ダンジョンの主って……」
(なんか前世で聞いたダンジョンマスターって言葉に聞こえるな。いや、正にそれか……)
『ダンジョンマスター就任。おめでとうございます。シアン様』
(別にめでたくはないんだけど……)
光栄でもなんでもないそんな称号のことは置いといて、シアンはユウに一番大事なことを聞いた。
「ユウ。ここから、どうやって出ればいいか分かる?」
◇
シアンはユウに瞬間移動を使ってもらい、まずミレナと会った場所まで移動した。
ユウは外まで移動できると言っていたが、余計な面倒を避けるために、瞬間移動のことは一旦秘密にしておこうと決めたので、敢えて人に見られない場所に移動してもらった。
そして、ユウのことは、元々特殊な呪縛の影響で獣人の子供に化けていたが、呪縛の一部が解けたお蔭で元の姿に戻ったことに、話を合せておいた。
獣人の子供に変身して貰う手も考えてみたが、ユウがこっちの方がバランスが取れた形だと言ってきたのでその案は没にした。
こんな色んな言い訳を用意して、ユウと共にダンジョンから出た時、シアンは外から感じられる不穏な空気に目を細めた。
どうしても、ボンキュッボンで薄着過ぎる目立つ姿のユウを、毛布を利用して作った簡易マントで隠し、出来るだけ喋らないように言っておいて、外に出たのだが、外にいる人達はそんなことになど気にする暇などなさそうな感じだった。
入っていく時とは違い人の数が少なくなっていたが、残りの人達から感じられる雰囲気は張り詰めたように、ピリピリしていたのだ。そして、
「お母様が戻っていった?」
行き交う人達から迷宮管理員のブルーネを見つけて、どうしたのかを聞いたシアンはヴァノアが王都へ戻ったことを聞いた。
「はい。ギルドマスターは、魔道具で連絡を受けてワイヴァーンでお戻りになりました。シアントゥレさんには伝言を預かっております。「帰還次第、ダンジョンの暴走に備えてここで待機」とのことです」
「暴走するような気配はありませんでしたけど……」
シアンはそんな言葉で今のダンジョンの状態を濁して話す。
実際、現在シアンはダンジョンマスターだ。自分が暴走させるか、ユウに何らかの問題が起こらない限り、暴走なんてしないことを誰よりもわかっている。だが、それは秘密にしなきゃならないことだ。
幾らダンジョンが暴走なんてしないと分かっていても、軽々しく口に出来るものではない。
だが、帰ってきた返事にシアンは自分の耳を疑った。
「いいえ。暴走したのは他の3つのダンジョンです。まだ報告されてないだけで、他のダンジョンも安心できる状態ではないそうです」
ダンジョンの同時暴走……
それは戦争よりもっと質の悪い国家災難だ。
まともな知性もなく手当たり次第に攻撃をしてくる魔物が、ダンジョンという檻から野に放たれる。
それによって強いられる災難は死者の大量生産だけの話ではない。
流通が止められ、国家の維持に必要とされるあらゆる資源が、行動の予測が付けない魔物の討伐に費やされる。
それが局地的な状況ならまだしも、広範囲で起こるということは、暴走が落ち着くまで、地獄がこの国を訪れたと言っても過言ではないことなのだ。
「では、私は仕事がありますので。シアントゥレさんは向こうのテントの方で待機していてください。何か連絡がありましたら直ぐに知らせます」
「はい。ありがとうございました」
シアンは去っていくブルーネを見ながら、アンリに意見を聞いた。
(アンリ。僕は他のダンジョンの方に行きたい。でも、少し気になることがあるんだ)
『古代人の末裔のことですね?』
(ああ、こんな大掛かりなことをやらかしたけど、どう思ってもこれが本当の目的ではない気がする)
『同じ意見です。古代人は人間を《支配》したがっていると聞きましたけど、もしそうだとしたら、今回のダンジョンの暴走で古代人の末裔が得る利益が見当たりません。これはただの虐殺と、混乱誘発です』
(そうだな。でも、まずはこの混乱を収めなきゃだめだ。それも出来るだけ早く)
『はい。それにちょうど今、必要な人材が近づいて来てますね』
(??)
アンリの言葉にシアンが頭の上にはてなマークを浮かばせてると、シアンの後から聞き覚えのある声がシアンに話を掛けてきた。
「シアントゥレ。ちょっと顔貸しなさい」
こんなチンピラの常套セリフを口にしながら登場した人材は、ダンジョンの中で忽然といなくなっていた、《赤の剣》ミレナだった。
◇
「こちらが私の仲間、《夜風》のサハラ。さっき危険だと思って私を強制移動させてくれた人よ」
「サハラです……」
ダンジョンの入口から少し離れた、人影がない所に移動したミレナは、シアンにそこで待っていた一人の女性を紹介した。
黒いマントを包み込んで、フードを深く被った、声が小さい、いかにも怪しい長身の女性だ。
マントを包み込んでいるのはユウも同じだったが、シアン一人と話したいということだったので、ユウは少し離れた所で待機して貰っている。
「で、勧誘でもないだろうし、紹介する必要あることなのか?」
「勧誘は司教様から禁止されてるわよ。だけど、紹介は必要ね。これから少しの間、あんたと行動を共にさせたいから」
「僕がその話に頷くと思うか?」
「思うわ。今暴走しているダンジョンの場所と、暴走しないダンジョンの情報、そして瞬間移動による素早い行動を約束するから、」
そこで一旦話を切ったミレナは、嫌そうに、本当に嫌そうな顔をしながら、提案を最後まで口にした。
「私達と共にダンジョンの暴走を止めて欲しい、と司教様がおっしゃったの!以上!」
※次回の投稿は22日午後二時前後、の予定です。頑張ります……




