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第四十二話 森の中で……

 

 森があった。

 アマゾンのジャングルを彷彿とさせる鬱蒼な森だ。

 だが、そこには森特有の草の匂いも、湿気も、動物の類もない。

 まるで大きな森の模型のようなその森の中に、シアンは立っていた。

 

 目の前の柔らかい草の上に、ユウが目を閉じた状態で横になっているのが見える。だが、未だシアンの意識は突然な空間の変化に追いついていなかった。


 『シアン様。何かの理由で瞬間移動させられたようです。敵がいるかも知れません』

 やっぱり一番適応が早かったのはアンリだった。

 シアンは急ぎで三次元空間探知を使い回りを調べたが、森の草と樹木以外には、比喩ではなく、本当の意味で虫一匹(・・・)引っかからなかった。


 (誰もいないみたいだけど……もしもの時に備えて、ストーカーつかってみるか?)

 『すみません。シアン様。それはもう発動させてます。ですが、何も感じられなかったので、表示だけ切っておきました』

 (本当に誰もいない?……一体どうなってるんだ?)

 『一応、シアン様の健康状態も問題ないですし、ユウさんもただ気を失っているだけのようですけど、それ以上のことは私にも、分かりません』

 (いや、ちゃんと頭も回るし、体も問題ないんだ。これから調べていけばいい)

 アンリが済まなそうに小さい声で状況を説明すると、シアンはわざと明るい口調で返事を返す。

 だが、その直後、調べるまでもなく、状況の変化がシアンたちの前で起き始めた。


 シアンの目の前にある大きな木の幹から、手と足が滲み出るように生えてきて、その先端からゆっくりと肌の色に変化していく。そしてその手と足に釣られるように胴体と頭部も次々に姿を表し、やがて完全な豊満な女性の体(・・・・・・・)が幹から分離された。

 

 シアンは素早い動きで、ユウを庇うように前に出て武器を構える。

 まだ敵と断定できる状況ではなかったが、木から出てきた裸の女性と普通に話し合いが出来るとも考えにくかった。

 それに、この世界の人間の中で、紫色の髪を持っている人間なんて存在しない。よって、目の前にいる女は《人外》のものであることは間違いなかったのだ。


 女性はゆっくりの瞼を開けて紫色の目でシアンを凝視する。

 その色から感じられる怪しさにシアンは体を緊張させた。だが、


 「なに、この子?かわいい~……ってなんで剣なんか持ってるの?まさかわたしのこの美しい体を汚したいの?そう言う性癖なの?子供なのに鬼畜ぅ~。やだ~こわ~い」

 

 このセリフが緊張感を一瞬に吹き飛ばしてしまった。


 「誰が鬼畜だ!?そっちこそ変態じゃないか!服ぐらい着やがれ!!」

 「あら?まだお子様にはこの素晴らしい体の良さが理解できないみたいね~ん」

 「できるわ!ってちがう!!できるか!!!」


 思わず全力でノリツッコミをやってしまったシアンを見て、女性は幹から出る時と同じように体の一部を古代ギリシャの服装に変化させる。

 そして「これでいいかしら?」と腰に両手を当ててモデルのようにポーズを作った。


 「……で、あんたは一体何なんだ?人間種ではないんだろう?」

 「うう~ん。説明すると長くなるけど……」

 「出来るだけ簡略に」

 「じゃ、ダンジョン(・・・・・)!」

 「はぁ!?」

 あまりに簡略過ぎる返事にシアンが大声を出してしまう。だが、女性はそんなことは気にせずに説明を続いていった。


 「それが今のわたしの正体で~元々はドライアードだったのよ、別の世界でね」

 (ドライアード?)

 『木の精霊と呼ばれる種族です。シアン様が前世でやったゲームにモンスターとして登場してました』

 (思い出せないけど、まぁ、それは一旦置いとこう。素性が分かればこれからは情報収集だ)


 「で?そのドライアード改ダンジョンさんが僕に何の用だ?僕達を瞬間移動でここに呼んだのはあんただろう?」


 ハッタリではあったが、ダンジョン内部での瞬間移動の件とか、ダンジョンだと自称していることとか、移動の直後、誰もいない状態で一番早く現れた点などの状況証拠は、全部この女性がシアンたちを呼び寄せたことを物語っていた。

 

 「正解ぃ~。でも瞬間移動はわたしじゃなくって、そこに寝ている娘のせいよ?」

 「なに?」

 女性はシアンの後で気絶しているユウを指差しながら、楽しそうにそう口にした。そして、もっと衝撃的な発言が後に続く。


 「これね~秘密なんだけどぉ~実はね~その娘、私の分身なの」

 「な、に、言ってるんだ、あんた……?」

 「だからね~。私の体から切り離して作った私の分身なのよ~。その証拠にダンジョンを支配するための呪縛がその娘の左肩にあるでしょう?瞬間移動もそれのせい。私がさせたなら、その娘が気絶することもなかったはずよ?」


 そこで自慢するように「あたしはもっと華麗にさせられる」と一自慢入れてからドライアードは話を続けていった。


 「呪縛を解除出来る人材を探すために、外へ出られる分身を作り上げたのは良かったけど、欠陥があったみたいで~出て行った途端、繋がりが切れてしまったのよ~。でも、こうやってちゃんと連れて来てくれたんだし~いい仕事してくれたわ~じゃ、元に戻してあげないと……」

 「ま、ま、待って!」

 「ん?なに?」


 慌てて自分を止めるシアンを見て、ドライアードがキョトンとした顔をする。だが、シアンは一旦止めては見たものの、その後のことは考えていなかったので、言葉に詰まってしまっていた。

 

 『シアン様。このドライアードにこう話して見てください。「誰が呪縛をつけた?」と』

 そこでアンリの提案がシアンを元に戻らせる。

 (!?わかった!言葉の主導権、だな?)


 シアンが言った通り、アンリが提案したのは、シアンに言葉の主導権を握らせる為のものだった。

 ユウの正体と、いきなり元の戻す話までされて混乱しているシアンが、言葉の主導権を取り戻し、有利な方向に話を進める為必要なのは、《相手の動揺》だ。

 相手に宿敵(・・)の話を持ちかけて揺さぶりを掛ける。

 これがアンリの計画だったのだ。


 「まだ質問が沢山残ってるんだ。先に答えてもらおう」

 「……そう、よね~人間に会わなくなって、500年も過ぎたから、人間の礼儀のことを忘れてたわ。坊やは客なのに~」

 「僕達を呼んだ理由は呪縛を解除するためだと言ったな?その呪縛をつけたのは誰だ?」

 

 計画通り、敵の話を口にするとドライアードの顔から表情が一瞬で消えた。だが、帰ってきた返事は少し予想からズレたものだった。


 「それはわたしが知りたいわ。一体誰がわたしをこんな目にあわせたのか」

 「知らない?本当に?」

 「そう、気が付いたらいつの間にか呪縛が付けられて、この世界で縛られていたの。何の説明もなく、ダンジョンの核の一部にされて」

 忌々しそうにそう言いながら、両手で自分の体を抱きしめるドライアードを見て、シアンは少し変なことをアンリに聞いてみた。


 (アンリ。ここで僕が呪縛を解る力なんて持ってないと言ったらどうなるかな?)

 『暴れるでしょうね。確実に』

 (じゃ……敵の正体を少し話して、交渉を仕掛けてみるのは?)

 『それぐらいなら……大丈夫ではないでしょうか……?』


 何故か何時もと違いアンリの返事がハッキリとしない。それほどシアンが考えていたのは、考えついてしまったのは突拍子のないことだった。


 そして、シアンの提案が始まった。


 「ここまで聞いて、本当に申し訳ないが、僕は呪縛の解け方を知らないんだ」

 「うそね。その娘は能力のない人間には近づかないように設定してあるもの」

 「いや、多分だけど、あんたと繋がりが切れた時点で記憶の方にも問題ができたんだと思う。実際ダンジョンに来たのは僕の選択で、この娘は偶然、僕についてきただけだ」

 「う、そ……うそよ。そんな……」


 シアンの言葉が漸く理解出来たのか、ドライアードは両目を開いて表情を歪ませた。このまま放っておくと、直ぐにでも暴れるだろう。だが、シアンにとってはむしろ交渉のチャンスだった。


 「そこで提案だが、あんたの敵と思われる連中の情報と、このユウの身柄、この二つで僕と取引しないか?」

 「な、に言ってるの……?」


 ここまではアンリとの話し合い通リ。シアンはそこでもう一つの交渉を持ちかけた。


 「それと、もう一つの提案だ。自分で言うのは何だが、僕は天才だ。呪い魔法のことも少しは使える。研究すればあんたの呪縛も解けるかも知れない。もしそれが出来たら、その代わりに僕に《瞬間移動》を教えてくれ」



 《瞬間移動》

 それを口にした、シアンの目は強欲の色が宿っていた。


※次の更新は20日の午後になると予定です。

※本文中の《セルフボケツッコミ》をノリツッコミに変更しました。

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