第四十話 迷宮の中の出会い
シアンには本物のダンジョン経験がない。
4年前、ポロスと旅をしていた時に一度、訓練を兼ねてゴブリンの巣になっている廃鉱山の中に入ったのが一番似たような経験だった。
ダンジョンごとに色々相違点はあるが、ほぼ全てのダンジョンの基本構造はアリの巣のような形をしていて、内部の環境は区域ごとに様々、通路は中に蠢く魔物が勝手に作り変えるため、地図を作ることもままならない。
何処へ繋がっているのか分からない道を、羅針盤と自前の距離感覚だけを頼りに通路を進むか、分かっている区域に向かって穴を掘りながら進むしかない為、レンジャー系の技能を持っている人はダンジョンの中では必須、まではいかなくてもかなり重宝されることになる。
故に需要が多いダンジョンの近くにはレンジャー系の人たちが多いわけで、その中でシアンは、子供でダンジョン初心者。
ヴァノアが報告を聞き終わった後から始まった、ダンジョンの中で閉じ込められた戦人を救出する為の班分けの時、当然のように、シアン一人だけが取り残されることになってしまった。
「班が決まってないのはシアンだけか……私は指揮のせいで中には入らないが。シアン、どうする?一緒にここに残るかい?」
班分けが終わった人たちがいなくなった後、臨時の会議室として作られた広いテントの中。
ヴァノアは一人だけ残ったシアンにやんわりとした微笑みを見せながら優しくそう聞いてきた。
「残りたいですね。でも、どうせ行かせるつもりでしょう、お母様?」
「さすが私の息子だね。実は既に別の班を用意してるんだよ」
「だろうと思いました。何処ですか、その人達は?」
「そろそろ来るはずだが……」
ため息が混じったシアンの質問に、ヴァノアがテントの入り口の方にすっと目を向ける。
その時、外からシアンより少し背が小さいガッツリしたドヴェルグの老人と、さっきシアンに色々話してくれた迷宮管理員の女性が中に入ってきた。
「失礼しま~す」
「邪魔するぞ」
「来たか、二人共」
「え……お母様、この人達が……」
シアンは二人を見て言葉を濁しながら、ヴァノアに確認を取る。
「ああ。シアン、お前と一緒に入る救助班のメンバーだ」
自信満々なヴァノアのその返事に、シアンは心の中で深くため息をついた。
なぜなら、どう見ても二人は戦闘経験者には見えなかったからだった。つまり、
『レンジャーの仕事と戦闘と二人の警護までやれってことですか……』
(アンリ。他人事じゃないぞ。お前も一緒に苦労することになったんだから)
呆れたように呟くアンリにシアンは少し嫌味っぽく返事を返す。
だが、ヴァノアに「いやです」と言う選択肢は敢えて頭から消しておいた。
やるならば確実に《オールラウンダー》の実力を見せつけてやろう、そう覚悟を決めたシアンだった。
◇
ドヴェルグの老人、ラザークは元ある鉱山の責任者だったが、今は引退して迷宮管理局で雑用をやっている人だった。だが、鉱山のことなら、いや洞窟のことなら誰よりも経験が豊富な人であることは間違いない。崩落の危険性がある洞窟の中に入る時、この人ほど役に立つ人間はいないだろう。
迷宮管理員の若い女性、ブルーネは、現代風に言えば、ER専門医だった。迷宮で運ばれた患者を誰より先に見て治療する、治癒魔法と緊急医療のスペシャリストなのだ。
それを聞いたシアンは最初に二人を重荷だったと思ったことを反省した。
そうやってシアンの班は他の班より一足先に迷宮の中に投入される。
ラザークとブルーネはいつもの仕事、ユウは後で後方から近づく魔獣の警戒だけだが、チート級の能力を持つシアンにもオールラウンドの仕事は本当に厳しかった。
魔獣と戦闘をしながら、狭く、寒気がするぐらい涼しい通路を進んで、ラザークが「あそこを補強しないと崩落する」と言ったら土魔法で補強して、また進んで負傷者を見つけてブルーネが治療して、また探して……
(ああ、マジしんどい……ダンジョンって、広すぎるだろう!三次元空間探知がなかったら、とっくに迷子になってダウンしてるぞ!)
などと、怒りの声を上げたくなっているシアンだったのだが、
『シアン様、頑張ってください。どんどん経験値が上がっていきますよ。スキール作成の為のデータもかなり集まりそうです!』
こんな風に仕事のモチベーションを与えて、煽り続けるアンリのお蔭で、ひたすら貪欲にオールラウンダーとしての仕事を全うしていった。
そうやってかなり深い処まで進んだシアンたちは、そこで一つのトラブルにぶち当たる。
「この下に堕ちたようですね」
シアンは通路の横にあった下方向に空いた、狭い落とし穴を見て困ったように呟いた。
前方にいる要救助者に向けて移動していたシアンが、その穴を発見してチェックして見たところ、下の空間にも一人の人間が確認されたのだが、穴が狭くてドヴェルグのラザークも、成人した女性のブルーネも入るには厳しい上に、崩落の危険まであるせいで、穴を拡張するにはかなりの難点があったのだ。
「で、坊主。どうするつもりだ?」
「え?僕が決めるんですか?」
「お主がリーダだから当然だろう?何を今更……」
「……分かりました。では、一旦元々救助する予定の人を助けて早いとこ脱出しましょう。脱出の後に僕とユウだけで再度ここに来て救出します。幸い中でも少し動いているみたいだし、二次災害がない限り問題ないと思います」
「俺達が戦闘が出来ないから……そうするしかないか……」
「そうですね……今までもシアントゥレさんに守られなかったら何回も死んでると思いますし……二手に分かれるのは下策ですよね」
シアンの決定に二人は渋々と頷く。
こんな厳しい状況を何回も経験してきた人たちだったお蔭で、多少不満と不安は残ってるように見えるが、状況判断自体は的確だった。
「では、急ぎましょう!救助は時間との勝負ですからね」
そんな地球で聴き覚えたセリフを口にしながら、シアンが先頭を歩き始める。二人も表情を切り替えてシアンに離れないように足を急がせた。
◇
計画通り救出した人を連れて一旦外へ出たシアンは、ラザークとブルーネを外に残してもう一度ダンジョンの中に足を踏み入れる。
幸い一回入る時の戦闘が間引きになったのか、厳しい戦闘は一回もなく目的地の落とし穴の前まで到着できた。
「ここに吊りはしごを掛け……るのは無理だな。狭すぎる。じゃ、ロープでも吊るしておこう」
狭さのせいで穴の中に吊りはしごを掛けるのを諦めたシアンは、ロープを穴に吊るす。
もちろんこれはシアンの為の物ではない。救助を待っている人を縛ってあがり易くするためのものだった。
だが、ロープが下の地面に堕ちる音が穴の中から聞こえてきた直後、中から女性の声が続いた。
「降りる必要ないよ!あたしは大丈夫だから!!」
(え、なんで?)
「アウッ!」
シアンが女性の言葉に驚いて一瞬ぼけっとしていると、ユウが側で短く声を出す。
「どうしたんだ?」
「アウッ!アウッ!」
シアンの質問に、ユウは穴を指差してまた声を上げた。
「降りて行けと言ってるのか?」
「アウッ!!」
どうやら当たっていたようだ。
シアンは穴に向けて「今から降ります。そのままじっとしていてください!」と叫んでから穴に戸惑いなく飛び込んだ。ユウもシアンに続いた。だが……
「降りる必要ないって言ったのに」
10代半ばぐらいに見える赤い髪の少女は、下りてきたシアンをジト目で見てため息をついた。少女が持っている松明の灯りとジト目のコラボレーションで何故か少女の顔が鬼のように見えている。
シアンは自分を馬鹿にしている少女に状況を知らせて少し目を覚ましてやろうと、声に力を入れて説得を試し見た。
「崩落の危険があります!直ぐに脱出するべきです!ここにいて閉じ込められたら、息が出来なくなるかもしれないんですよ!」
しかし、少女はそれを鼻で笑いながら、控えめな胸元に手を当てて、衝撃的なことを口にして来た。
「このあたしが?《赤の剣》、《封魔》のミレナがこんな所で死ぬと本気で思ってるの?シアントゥレ・イプシロン君?」




