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第三十九話 迷宮の前で

 この世界でダンジョンと言うのは色んな意味を持っている。

 怪物達が蠢く極限の領域、貴重資源の宝庫、人類生存の為の最前線、永遠の研究対象、などがその指したるものだ。

 この他にも個人によって、地域によって、もっと違う意味が付与されているこのダンジョンは、時にこう呼ばれたりもしていた。


 《全ての生存者が勝利者になる、唯一の場所》


 平たく言ってしまえば、ダンジョンに入って生き残れば儲け物ってことだ。

 

 このラザンカロー王国内にあるダンジョンは、総数12。

 他国と比べて相当多い数ではあるが、その半分は全ランク公開が検討されるぐらい、資源の宝庫としての存在意義もかなり薄くなっていて、魔獣も狩りつくされる寸前である為、厳密な意味でのダンジョンは6つだけだ。


 その中でも《ヴァルファス迷宮》は、王都に一番近いダンジョンで、危険度では6つのダンジョンの中では3番目ぐらい、発見年数では一番長い歴史を誇るダンジョンだ。

 だが、その長い歴史のせいで魔石以外の資源は既に殆ど採取されており、魔石を得る為に戦う必要がある魔獣は他より強いせいで、そこまでの人気があるダンジョンではない。

 なのに今は……


 「何だ?なんでこんなに人が多いんだ?」


 遠くに見える、ダンジョンの入口があるギリシャの神殿のような建物を目にしたシアンが馬の上で眉を潜める。

 そこにはシアンが事前に調べた情報とは違い、人混みに溢れていたのだ。


 『夏だから皆こちらに来たのではないんでしょうか?』

 (いや……なんか雰囲気がそれとは違う気がするけど……)

 「ううう~」

 その時シアンの後に乗っていたユウがいきなり声を出してきた。

 「どうした、ユウ?」

 「アウッ!アウッ!!」


 だが、言葉が話せないユウの言いたいことはシアンには伝わらなく、ただ、ユウが入り口の方を指差して何か知らせようとしていることだけは理解できた。

 「あそこに何かあるのか?」

 「アウッ!」

 ユウはそう叫びながら自分の肩をパンパンと叩く。

 「ん?もしかして呪縛に何か異常でも感じてる?」

 シアンがそう聞くと勢い良く頷くユウ。


 『変ですね……呪縛が反応するのは主に関することだけ、だと思ってましたけど……』

 (まさか、最初にユウに呪縛をつけた人間が生きている、とか?)

 『その可能性はないと思います。呪縛は基本、上書きで前の魔紋は消されますし、もう一つをつけた主は死んだとユウさんが言ってましたから』

 (じゃ、一体……)

  

 状況が理解できず戸惑っているシアンを見兼ねてか、ユウがいきなり馬の横っ腹を蹴り馬を走らせた。


 「う、うわ。なんだ?ユウ!?」

 『シアン様。ユウさんになにか考えがあるのではないかと思いますよ。今はこのままにしてみましょう』

 慌てながらバランスを取るシアンにアンリが落ち着いた口調でユウの行動を説明する。

 「アウッ!!」

 まるで「任せて!」とも言うように、ユウが短く声を上げた。



 そして、ダンジョンの前まで到着した直後、ユウに引っ張られ馬から降ろされたシアンは、人集りを掻い潜って入り口の直ぐ前まで移動した。


 「アウッ!!アウッアウッ!!アウッ!!」

 ユウが倒れている大きな石彫の柱を指差しながら声を上げる。

 

 (ん?あれは……!?)

 『……隷属呪縛です!!』


 アンリの言葉通り、倒れている柱の下部分には細かい所は少し違うが、ユウの呪縛ととても似っている文様が刻まれていた。

 倒れた時に出来た衝撃のせいで、一部が壊されて正確な原型までは分からないが、術式の構成が隷属呪縛のそれと見て間違いない。

 だが、隷属ということは所有権に関する概念だ。決して建物などの場所に付けるものではない。

 

 (アンリ。なんかこれ、ヤバそうな予感がするのは僕だけ?)

 『いいえ。私もです』

 

 「ユウ。いろいろ気になるだろうけど、中に入るのはお預けだ。いやな予感がする」

 「……アウ……」

 宥めるようにシアンがそう口にすると、ユウは激しく落ち込んで耳を寝かせる。どうやら、ユウはどうしてもこの呪縛が気になるようだった。


 そこで、シアンは一応確認でも、と思って人集りの中から何か知っていそうな人物を物色した。


 「あのぁ、失礼ですけど、迷宮管理の人ですよね?」

 

 シアンが話しかけたのは、制服のような服を来ている女性で、どうやらここに集まっている人たちの名簿を作っている最中のようだった。


 「あ、はい。え?あなたは……ここは五級未満の人は来てはダメなんですよ?」

 「大丈夫です。僕五級ですから」と言いながらシアンは腕輪から身分証明書を出して女性に渡した。

 「あ、本当なんですね……でも、どうしましょう……今は迷宮には入れないんですよ……」

 「いいえ。僕は何があったのか聞きたいだけです。教えてくれませんか?」

 シアンは女性から書類を返してもらいながら、笑みを作って軽く頭を下げた。

 荒くれ者たちに一々話しかけまわる間、礼儀に気を付ける人間には滅多に会えなかったその女性は、苦笑いに近いシアンの笑みにも機嫌がよくなって、元気よく説明を始めた。


 「あ、はい!さっき、と言っても今朝のことなんですけど、迷宮で何回か地震が起こりまして、外の神殿もこのように少し壊れて、迷宮内部も結構崩落している場所ができたんです。そこで中に入っていた皆さんを退避して頂いて、今は中に残っている方はいないのかを確認しています。今のところ八割ぐらいは戻っていらっしゃってますけど、まだ2割の人達は消息不明の状態でして、レンジャーの方々と、建築とか鉱山での仕事経験のある方々を探して捜索を頼もうと思っているんですよ」

 「そうですか……残念ですけど、どうやら僕がやることはなさそうですし、僕は王都に戻ることにします。ありがとうございました」


 レンジャーと聞いて、思わずぴくっとしたシアンだったが、

(ここは僕がでしゃばるところじゃない。戻ってお母様に報告ぐらい入れておこう。君子危うきに近寄らず、だ)、と直ぐに頭をRTBリターン・トゥ・ベースモードに切り替えた。


 「ユウ。色々気になるのはわかるけど、後にちゃんと調べるから今は王都に戻ろう」

 「……アゥ。」

 元気なく答えるユウの背を押しながらシアンは馬がいる場所に足を急がせる。

 だが、シアンのRTBモードはすぐに解除することになってしまった。


 「おい!あれ見ろ!ワイヴァーンだ!」

 「ギルドの旗だぞ!」


 遠くの空からこちらに近づいて来るのワイヴァーンを目にした人たちが騒ぎ始めたのだ。


 「まさか……」


 ワイヴァーンは貴重な空中戦力で、基本貴族以上の身分しか乗ることを許されない。それにギルドの旗を掲げているということは……


 

 ◇



 「3日ぶりだな。シアン」

 「はい……3日ぶりですね、お母様」

 

 シアンが地上に降りたワイヴァーンに近づいて見ると、予想通りヴァノアがそこにいた。

 「お前が中に入ってなくってよかったよ」

 「僕は王都に戻るつもりでしたけどね」

 「それは出来ない相談だな。今はこちらが優先だ。戻ってもすぐに召集掛かることになるぞ」

 「はい……お母様がここまで来たことで既に諦めてます」

 

 迷宮は国王直轄領の中にあるが、管轄はギルドだ。ここで起こった事件の解決は当然ギルドの仕事。それもギルド長が直接出向いたってことは相当面倒な事が起こったという意味で……


 「高い費用が掛かる魔道具で連絡取って、ワイヴァーンまで乗って来たってことはこれ、ただの地震、崩落事故ではありませんよね?」

 「ああ、機密事項だから詳しくは言えないが、人為的に崩落させられた節があると報告を受けたよ」

 「人為的……ですか……」

 

 その時シアンの後ろ側から、ダンジョンの管理者の一人に見える人が近づいてきて、ヴァノアに話をかけてきた。


 「ギルドマスター。こんなにも早く来てくださって、本当にありがとうございます」

 「ルキール君。早速報告を頼めるか?」

 「はい。ではあちらに。臨時の会議室を用意しました」

 「ああ。わかった。それとシアン。報告聞き終わったらすぐ呼ぶから待ってなさい」

 「はい。お母様」

 

 そう言い残してさっさと去っていく二人を見ながら、シアンは言いようのない不安にかられていた。


 『シアン様。極めて低い可能性ですけど……』

 (なに?)

 『何故か、二年前《赤の剣》のトガが言った言葉がこの事と関係があるのではないか、と思ってしまいました』


 人為的事件と迷宮の術式、この二つだけでは憶測と言っていいぐらい、希薄すぎる関連性だったが、なぜかシアンもあの言葉(・・・・)が頭から離れなくなっていた。


 (狂気の時代(・・・・・)、か……)


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