第三十七話 猟犬
※少し遅くなりました、申し訳ありません。(TT)
その日の午後。
盗賊団のネグラを全て片付けて、少女と他に監禁されていた人たち5名を連れて王都に戻ったシアンたちは、ヴァノアに直接試験の報告を行い、盗賊団討伐の報酬とネグラの中にあった物を換金してもらい、全員解散することになった。
シアンの試験はリャナとレパロ二人の「自分たちより上」「今直ぐ戦場に出ても問題なし」と言う言葉を持って合格の判定を受け、今はギルドランクの更新の手続きを行っている。
そして、シアンはヴァノアの執務室で手続きが終わるのを待ちながら、お茶を飲んでいたところだが……
「お母様。今なんと言いました?」
「お前があの娘の主になったって言ったんだよ?何かがおかしいかい?」
「何故そうなるんです?王国法では盗賊団に捕まっていた人は基本保証金を幾ばくを貰って開放されるのでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどね。あの娘は元からの奴隷で、隷属呪縛を二つも持ってたんだよ。その主をお前が殺したことでお前が主になったわけだ」
「はぁ、まじですか……」
シアンは隷属呪縛の主を自分が殺したとの話を聞いて、思わずため息をついてしまう。
そのため息の理由はこうだった。
所有者がない奴隷の所有権は最初発見者のものだが、盗賊とかの奴隷の場合は殺した人が、その所有権を持つことが法で決まっている。
これによると、少女の所有者がシアンになることは間違いない。
だが、問題が二つ残っている。
一つは隷属呪縛だ。これは凶暴な奴隷をどうしても従わせる為に付ける、条件付け拷問魔法で、一回付けてしまうと完全に取り払うことは不可能だ。そしてそれは所有者だけが知っている《キー》が必要になるが、今回の場合、元の主はシアンが殺してしまって、そのキーが《言葉》か、何かの《魔道具》か、それとも《所有者の血》か分からない。
もう一つも隷属呪縛に関することで、シアンが所有権を放棄する場合、少女は数日内に死ぬことになることだ。これは呪縛の特性で主の死亡後、数日内に勝手に死亡キーが発動して、奴隷も死亡する。これを回避する方法は出来るだけ早く新しい主が自分の魔紋を登録することだけだ。
だが、こんな呪縛を二つも持っている少女は売ることも容易ではなく、売ってもその未来は殆ど決まったようなもの。
シアンの選べる選択肢はもうないに等しかった。
「では、直ぐにでも魔紋登録する必要がありますね。しないと何時死ぬかわからないんですし」
「今するつもりなら一緒に行こう。子供ひとりで奴隷商館に行かせるわけにはいかないから」
「いいえ。必要ありません。一人でできます」
「一人で出来るって……まさか?」
「ええ。呪属性魔法も独学で学びました。まぁ、本業の人には負けるでしょうが知識としては入れておいた方が、そんな絡めてに引っかからないだろうと思って……でも、まさか奴隷のことで使うことになるとは思いませんでしたよ……」
今のシアンは少女の主になる権利を持っているだけで、正式に主になるには、法律上の書類作業と魔法的登録が必要だ。後者のことは基本呪魔法の専門家がいる奴隷商館でやるのが普通だが、自前の呪魔法を使えるシアンにはその必要がなかった。
「独学ってお前……呪属性魔法は知識だけで学べるものじゃないだろう……」
「発想の問題ですよ。呪いを別に分類してると難しいですけど、魔法付与の延長線上にあるものだと認識すると、むしろ楽に学べました」
「発想……いいかい?このことは他の人には言わないように。わかった?」
「あ、はい」
ヴァノアが真剣な顔でシアンに能力の使用を注意する。シアンもその顔を見て緊張した顔で頷いた。
それも当然のことで、もし、このことが他に知られたら呪いが蔓延する可能性が出てくる。簡単な呪いでも人の生き死に関る場合も多いから細心の注意が必要で、法でも呪魔法の使用者は予め申告をしておくように義務付けられている。
もちろん、学校で身につけたシアンは既に登録済みだ。
「能力の使用までならいい。でも、それが才能の関係なく、簡単に学べるということを知られては、世の中が呪で満ち溢れてしまう、つまり大混乱が起こる可能性があるんだ。絶対、絶対!口にしないように!」
「はい!わかりました。絶対言いません!」
ヴァノアはもう一度シアンに注意して、シアンは自分がとんでもないものを話してしまったことを理解した。
他の魔法に比べて呪魔法は魔力を少量しか必要としない。それは、簡単に広まる可能性を持っているとのことであり、広まった時、考えの付かない事態がまっているということは想像に難くない。
シアンはそれを肝に銘じて自分の口にチャックを、いや自分の口を溶接することにした。
「なら、あの娘は宿直室にいるから行ってやりなさい。書類は私が処理しておくから。後に署名だけすれば済むようにしておくよ」
「ありがとうございます。お母様」
◇
「……」
(アンリ……どう思う?)
『健康自体には問題がなさそうですが……無言症でしょうか?』
宿直室へ行き魔紋登録をした後、少女に名前を聞いたが、何故か返事がないことを不思議に思ったシアンは、色々質問を少女にかけてみた。
だが、返事は何一つなく、頭を上下左右に動き言葉を理解していることしかしない少女を見て、簡単な健康チェックなどをしてみたけど、発生器官には指したる障害は見られない。
「言葉、喋らないの?」
シアンの質問に少女は首を横に振る。
「喋れないの?」
今回は激しく頷いてみせた。
『あ、なんか、犬系の獣人族だからか、ワンちゃんみたいな反応ですね』
(こら。それは失礼だろう……)
『いいんですよ。どうせ聞こえませんから』
(それにしても……僕が……奴隷の主……か……)
シアンは少し複雑な気分になり、微妙な顔をしてしまう。だが、シアンの雰囲気が少し変わったことを察知した少女が、
「くぅん~くぅぅん~」と、心配そうな顔でシアンを覗き込んだ。
(あ、本当に犬っぽい……)
『ほら。シアン様も言ってるじゃないですか~』
(……ゴ、ゴホン!)
『頭の中で咳払い出来る器官はありませんよ~』
(と、兎に角……)
「僕はシアンだ。名前がないと不便だから、どうするかな……喋らないから好みを聞くことも出来ないし……君の呼び名、僕が決めてもいいか?」
少女は頭を縦に振る。首がもげるかぐらい激烈な振り方だった。
それぐらい嬉しいかったことを表現しているのだろう。
「分かった。じゃぁ。《ユウ》かな。遠いところの言葉で《勇ましい》と言う意味だよ。これからも辛いことがあるかも知れないけど、勇ましく生きるように……」
シアンが付けた名前は日本語で、勇だった。
女の子と名前としてはどうかと思われるかも知れないが、ネーミングセンスのないシアンとしては、最大限に頭を捻ったネーミングだ。
それに少女もその名が気に入ったらしく、さっきよりももっと激しく頷き始める。それはシアンが首を両手で掴んで止めるまで、止まることを知らなかった。
その日から、シアンはその手のかかる奴隷の主になった。
◇
次の日。
シアンは朝から仕事の為、王都の外に出ていた。
初めての五級の依頼を受けられることになったので、少し張り切った感はあるが、問題はユウだ。
昨晩、屋敷のメイド長、マーシャの手配でユウの服とかの用意は出来て部屋も与えたが、朝に起きるといつの間にかシアンのベッドの下で体を丸めて寝ていて、仕事に出かけようとすると、シアンに付いて行くために部屋着のままに屋敷を出てきたのだ。
最初はマーシャがシアンの邪魔にならないように捕まえようとしたが、思ったより素早く避け続けたせいで、結局マーシャはダウン、結局シアンが仕事に連れていくことにした。
『多分、問題ありませんよ。戦闘が出来ない動きではありませんたから』
(まぁ、今回の依頼はラバロング10頭の狩りだけだし、大した問題はならないだろうけど……)
ラバロングは簡単に説明すると、虎とワニをキメラにしたような外見の魔獣だ。
体の重要器官を守るためにワニのような硬い皮を持ていて、虎のようなフォルムをしている。
この魔獣の特徴は唾。
強酸の唾を吐いて、獲物を溶かすことが出来る上、それをフェークに使うなどの小賢しい真似も出来る少々厄介な魔物だが、モーションに特徴があるため、一定ランク以上の戦人には思ったより狩りやすく、シアンも何回か狩った経験を持っていた。
「ユウ。ここからは危険だから、周りに気を付けるんだよ?」
それでもラバロングが危険な魔獣であることには変わりなく、シアンは森に入った直後ユウに注意を喚起した。
「うっ!うっ!」
多分「了解」と言っているのだろうと思ったシアンは、その頷きを見て一緒に頷いた。
だが、その直後。
いきなりユウが森の奥に走りだしていった。ノーモーションでのダッシュで、シアンも距離が開くまで目で追うことが出来ないほどの速度だった。
「ユ、ユウ!?」
『シアン様。呼ぶ前に追いかけましょう!』
(そ、そうだな!)
シアンは早速、足に風の魔力を乗せて、最大速度でユウの後を追っていく。
しかし、追いついていた時には、既にユウの用件は終わっていた。
「え……コレ……ラバロング?」
「アウッ!アウッ!!」
そこには牛のような大きさのラバロングの、首が折れた死体が一頭、置かれており、ユウは自慢そうな顔でシアンに大声を上げて頷いていた。
「ユウが狩ったのか?」
「アウッ!」
シアンの質問にもう一度元気よく答えるユウ。
どうやらシアンが拾った奴隷は猟犬だったようだ。




