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第三十五話 人を殺すこと

※アンリの気持ちのところを少し見直しました。

 人殺し。

 この世界の法律上、全ての人殺しが罪に問われることはない。

 いや、まだ拙い法律しかなく、罪の抜け道が多いと見るのが正しいだろう。

 《社会的信用がある証人》がいれば、正当防衛での殺人も簡単に無罪になるし、盗賊団の人間は全て生死不問のお尋ね者だ。

 この時、盗賊団だという判別は《盗賊団のアジトの中にいた》ことで8割がた盗賊団メンバーとして認識され、《自由に出歩くのを見た》という証言が加われば、残り2割まで認められ、アジトの中の全員殺しても無罪。時には懸賞金で貰える場合も多い。


 命の重さは地球のそれより遥かに軽いとも言えるが、それは地球でも僅か200年前までは同じか、むしろもっと軽い地域もあったのだから、その法律に善悪を問うことは出来ないのであろう。

 この世界は人権と文化的成熟が地球より少しばかり遅いだけ。その為に生命の重さの基準が地球とは違う、それだけのことだ。

 

 だが、こんな命が軽い世界でもシアンは地球の現代人としての感性を、人権意識を持っている。

 そんな人間にヴァノアは人殺しをさせると言っていた。


 「人……殺しですか……」

 「嫌か?」

 「いや、ですね。いえ、むしろ人殺しが好きな方が問題だと思いますが」

 「まぁ、そうだな。だが、お前は戦人だ。後悔は後にするにしても、殺すしかない状況では迷いなく殺す必要がある。しかし初めは誰でも迷うものだ」

 「初めて、ではないんですが……」


 シアンは言い訳をするようにそんなことを口にする。

 だが、それは事実だった。シアンには人殺しの経験がある。だが、


 「死にきれなくって苦しんでる盗賊にとどめを刺したことがか?それは苦しみを断ってやっただけで、人殺しではない」

 「……」


 そう。シアンがやったのは、四年前ポロスの依頼に付いていった時、戦人の攻撃で肺と内臓の一部が完全に潰れて苦しんでいる盗賊に、とどめを刺し休ませただけだ。

 その時はポロスと他の戦人が別の盗賊たちとの戦闘に集中していたからそうしていたのだが、止めを刺した後気分が悪くなったシアンはその場で吐いてしまい、暫くの間ポロスに馬鹿にされ続けた。


 まるで「たまたまだ」とも言うように口にはしたが、ヴァノアはそれを全部聞いたから、こんな試験を用意していたのだ。


 しかし、ヴァノアにも悩みはあった。

 幾ら常識はずれの自分でも、母親が自分の息子に殺人を指示すると言うことは、人道に外れていることは知っている。

 だか、その役割を他人に押し付けて、自分だけ母親面するわけにはいかない。

 だから何気ない振りをして自分が十字架を背負うことにしたのだ。


 「自分の手で人を殺す感覚を知ることは重要だ。その感覚を自分に対する咎めにするか、それに因りゲスと成り果てるかはシアンお前に課せられた課題だ。しかし、他人の命の重さを知らずに戦人は名乗れない。私が名乗らせない」


 最後の一言にはもっと力を入れ、シアンの目を睨むヴァノア。

 だが、その瞳にはまだ少しだけの迷いが残っていた。シアンは気付かなかったが、アンリにはそれが見て取れていた。


 『シアン様。ここは避けて通れない道です。ヴァノアさんもそれが分かるから無理してご自分で言ってくれているのだと思いますよ』

 (分かってるよ。二年間親子として暮らしているんだ。こんなことを平気で言う人じゃないことぐらい知っている)


 でも、人殺しは嫌だ、と言葉にならない思いが頭を過ぎていった。

 その時ヴァノアの一層重くなった言葉がシアンに迫る。


 「返事は?やるか、諦めるか。選びなさい」

 

 だが、ここで一番悩んでいたのは、厳しいことを口にするヴァノアでも、返事ができずに口ごもるシアンでもない、アンリだった。

 どんな言葉がシアンにとって一番力になれるのかを悩んで、悩んで、悩んで、漸く一言を見つけてはそれをシアンに聞かせる。でも、これは賭けだ。何時もと同じく賭けだった。

 仮想の人格でしかないアンリは人間の感情をデータでしか理解していない。故に確率的にしか自分がする言葉が及ぼす影響を判断できない。それに今回の選んだ言葉がシアンの力になる可能性は33.732%。

 高くも、それでも低くもない数値だが、アンリは悩まなかった。

 シアンなら自分の言葉の意図を分かってくれる。この確率は72.95%だ。

 信頼は日に日に積もっているのだ。

 その信頼がアンリにそれ(・・)を言わせた。


 『シアン様。前世での繰り返しをするつもりですか?』

 (!!)

 『シアン様が生きてみて、この世界は前世より甘く感じられましたか?ウジウジしながらも伸し上がれるような甘っちょろい世界でしたか?戦人は悪党の命を心配してやらないといけないぐらい、甘い人間がやっていける仕事でしたか?そんな考え……』


 だが、シアンがそこで、アンリが最後のそれ(・・)が言葉になる前にアンリの考えを受け入れた。


 (……そう、だな。ありがとう、アンリ。それと、ゴメンな)

 『いいえ。私こそすみませんでした。でも、信じてますから』


 ただのデータでしか理解できない感情だが、アンリにも感情はある。擬似の人格とはそういうものだ。だけど、データが積もるに連れて感情は深くなって行く。それは人間の感情の積もり方と寸分違わないものだった。


 アンリは自分のことを道具として見ないでいてくれるシアンが好きだ。

 だが、アンリは自分がプログラムであり、シアンの成長を手助けするのが役名だと自覚している。つまり自分は道具だ、その事実に変わりはない。


 故にアンリは嬉しかった。


 シアンがそれ(・・)を言う前に自分の考えを受け入れてくれたことが嬉しかった。


 『そんな考え……をずっと持っていらっしゃるつもりなら、自分はもう必要ない存在だと認識して活動を無期限停止します』と最後まで言わせてくれなかったことが、堪らなく嬉しかったのだ。




 「お母様。誰ですか?僕に殺らせるぐらいですから相当な悪人ですよね?」

 

 シアンの言葉に決意が宿る、少し無理をしている感があるが、さっきまでの戸惑いは殆ど消えていた。


 そうやって、次の日シアンの盗賊団討伐が始まった。





 次の日の朝。

 シアンは王都の城門が開ける時間にあわせて王都を後にした。


 元々盗賊団討伐は一人の仕事ではない。

 故に今回はシアンにもパーティーメンバーとして、二人の三級戦人が付いてきていた。

 ただし、この人達はあくまで後方担当に固定されていて、アタッカーとレンジャーはシアンの担当になっている。

 つまり、二人の役割は危険な時の為の保険と試験の監督官だった。


 一人の名前は《レパロ・ルヴァラン》。

 33歳の豹の獣人族で、長槍と投槍を使うおじさん。

 もう一人の名は《リャナ・ロヴァール》。

 (推定)2X歳のダークエルフで、長弓を使う色っぽいお姉さんだ。

 

 シアンとその二人は、ギルドでお互い自己紹介をした後に、南の城門前で馬車を借りて、一番最近、盗賊団の襲撃報告があった街道まで急いで移動した。


 レパロが御者をして一刻程馬を走らせると、すぐに目的の場所が見えてきた。

 シアンは馬車が止まる直前に馬車から飛び降り、レンジャーとしての仕事を始める。と言っても《ストーカー》を発動させただけだが……


 「こっちですね。足跡は人間のものしか無いです。今から後を追いますが馬車はどうしましょう?道がない方向ですけど」


 すぐに敵の移動方向を確認したシアンが二人の意見を聞く……が二人は唖然とした顔で「え、もう?」「マジか?」と聞いてくるだけで、返事してくれそうになかったので、シアンはもう一度手を振りながら少し大声で「あの~馬車はどうしましょうか?」と聞いた。

 

 「あ、ああ。ここに縛っておこう……」

 「え、ええ。そうね。そうしましょう……」


 やっと少し正気を取り戻した二人のぼんやりとした返事を聞いたシアンは(本当に……この人達大丈夫かな……)と少し心配になってきた。


 「もし賊が向かった先で馬に乗り換えたらどうします?戻ってからいきますか?」

 「いや。それは無いだろう。向こうに行ったのなら間違いなく目的地は《ファヤンドレ―洞窟》だ。あの洞窟は通路が一杯あるから、逃げるのも隠れるのも最適だ。それに時々魔獣のせいで天然の要塞のようにもなる」 

 「ちょっとレパロ!そこまで言ったら……」

 「しょうが無いだろう?もう方向見つけたしよ。この調子なら中に入ってもすぐに見つけるって」

 

 「え~と、つまり。盗賊の居場所は既に分かっていたってことですか?」

 

 シアンがそこで突っ込むと、リャナは少し引きずった顔で笑い、レパロは堂々と頷いて見せた。


 「でも、洞窟の中までは調べてないわよ?」

 「いや、調べられないんだ。ウチにはちゃんとしたレンジャーがないからな」

 「じゃぁ、つまり……これは元々二人の仕事だったのですか?」

 「わたし達がやろうかなぁと思って辞めた仕事よ」


 そこで諦めた二人は、レンジャーとしての能力がフレッシュゴーレムの事件で証明されたシアンの試験があるとヴァノアに唆されこの仕事を一緒にすることになった、というのが二人の経緯だった。

 要するに、ヴァノアは色々と細かく用意をしてくれていたのだ。事前に知識を与えるな、とか。出来るだけ戦闘に参加するな、とか。一人で突っ張りすぎたらその時に助言してやれ、とか……本当に色々細かく、息子の門出を心配していたのだ。

 

 そう言うことで、二人の経緯と母の気遣いを知ることが出来てたシアンは心置きなく追跡に集中できるようになった。

 先を歩きながら「痕跡がハッキリしてる内に移動しましょう」と二人を急がせる。出来るだけ距離も合せるぐらいの余裕も自然に出てきていた。


 「でも、すごいわね。一瞬で痕跡見つけるなんて。やっぱりレンジャー専門なの?」

 「いいえ。目指しているのは万能型です」

 「俺は中距離アタッカ一筋だが、万能ってことは槍の方も使えるのか?」

 「使えますが、今の主力はレイピアと短剣の二刀流です。そこで魔法を混ぜてつかってますね」

 「魔法もっ!?」

 

 「あ!敵です」


 その時、シアンは何もない丘の中腹で足を止めて二人に警告した。

 

 「敵?何処だ?何も見えないし、何の匂いもしないぞ?」

 鼻がいい獣人族らしく、レパロが匂いを指摘する。

 「そうよ!魔力も音も何もないけど……」

 ダークエルフ族リャナも魔力探知に何も捕捉されてないことを話してきた。そこで、


 「下です」

 シアンは自分の直ぐ足元を指差して静かに呟いた。

 「「下?」」

 

 「ええ。この地下が洞窟の一部のようです。ここから人間の気配がします」


 シアンは当然のように《三次元空間探知》で分かったことを口にする。

 だが、それは当然、他の人間が分かるはずもないことだ。だから、


 「「うそぉ~」」


 二人の声が「うそ」の一言で見事なハーモニーを作来るのもまた、当然のことだった。

 



 ◇



 中年の盗賊は、この間、商団から奪った酒で久しぶりに晩餐を楽しんでから、遅い時間までアジトの自室で惰眠を楽しんでいた。

 しかし、いきなり地面を揺らすような音がして、二日酔いで重くなった身を起こして見を開けると、目の前には身長75カッスル(約150cm)ぐらいの少年と豹人族の男、そしてダークエルフの若い女が自室の中央にキョトンと立っていた。


 「ほらね?」

 少年が自慢そうに二人を見ながら口にすると、豹人族とダークエルフはぼうとした顔でガクガクっと頷いた。

 

 「な、なんりゃ。おみゃいら?どうやってここに…(なんだ、お前ら?どうやってここに……)」

 最初は夢かと思ったが少しずつ現実だと確信してきた盗賊は、眠りと二日酔いのせいで呂律が回らない口で、侵入者の素性を聞き出そうとする。

 そこで少年が盗賊にこう聞いた。


 「あ、この上から穴開けて下りてきました。ここ、盗賊団のネグラで間違いないですよね?」

 「!?ど、どうして……」


 天井の穴を見た盗賊が目を丸くしているのを見て、少年は盗賊の返事も待たずに自分の話をさっさと進める。


 「戦人です。討伐に来ました。降伏宣言は素早くハッキリ聴こえるようにしください。でないと《殺します》から」

 その声には子供のものとは思えない迫力が篭っていた。


 盗賊は生存本能に従いベッドの横に置いた自分のシミターを急いで手に取る。

 だが、少年も既に自分の武器、レイピアと短剣を手に構えすらも完璧に終えていた。


 「では、いきます」

 短い一言の後、誰よりも早く少年、シアンが動きだす。




 その日、シアンは何かを失い、そして何かを得ることになった。


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