第三十四話 卒業
※ここからまた本編の方に戻ります。
少し遅くなって申し訳ございません。
これからもよろしくお願いします。
シアンが魔導学園に入学してから二年の時が過ぎた。
季節は初夏。
入学と卒業は決まった時期、通常春にするものなのだが、魔法に才能がある子供はそう頻繁に現れるわけではない為、魔導学園は決まった時期ではなく、入学から二年の教育を受けた時点で卒業証書が貰えるシステムになっている。
故にシアンはルードヴィアス王子と自分が入学した初夏に卒業することになったのだ。
卒業証書を手に二年間通い続けた教門を、初めて笑顔で通るシアン。
一緒に教門を出てきたルードヴィアス王子は、自分の横でニマニマしているシアンをジト目で睨んでいた。
「シアン。変態顔になってるよ」
「変態顔じゃない!これは嬉しさを噛みしめている顔だ!」
二年もの時間を共に過ごしていたお陰か、二人の口調が単なる学友のそれとは違い、完全に砕けたものになっている。どうやら国王の計画は上手くいっているようだ。
「そんなに嬉しいのかな……私は学校、結構楽しかったのに……」
「それはお前が僕の苦労を知らないから言えることなんだ」
「知ってるよ。変なバカどもが近づかないように色々気を使ってくれただろう?それには本当に感謝してるって」
「違う。それは苦労じゃない。むしろ苦労だったのは……」
「苦労だったのは?」
「退屈に耐えること」
「え~?だって君。何時も真剣に勉強してたじゃん。図書館に篭もりっきりの時もあったし。知らないこと知っていくのって私は面白かったけど……」
「それは~まぁ~必要不可欠なことだったよ。別に口にしたくはないけどな……」
シアンは本当に嫌そうな顔をしながら言葉を濁す。
実は、シアンが学校で二年間勉学に励んだ理由は、大した事ではない。
地球で既に学んで知っていた知識でも、この世界では研究すらされてないものであるため、この世界の水準に合わせた知識を学び直すしかなかったからだった。
例えば、氷。
氷は水が1気圧の下で氷点下の温度になって出来るものだ。
だが、これは不純物が含まれてない場合の話であり、水の中に塩が含まれているともっと低い温度で凍り、氷が解けるにも長い時間が必要になる。
これが地球の知識なら、魔導学園では、
まず、色んな不純物が含まれた状態の水を可能な限り分類し、丸暗記する。
それらの氷点の範囲も丸暗記する。
それらを水魔法で凍らす場合の力加減を経験で体験する。
こんなしっかりと研究されてないものを学ぶという、馬鹿げた教育をしていたのだ。
ヴァノアの指示で、出来るだけ自分の能力を抑えて学園生活を過ごすことにしたシアンは、当然そんな馬鹿げた勉強をいくら嫌だからと避けるわけにはいかなく、結局全ての教育に耐え切って見事に卒業証書を手に入れた。
これがシアンはニマニマと変態顔に、いや嬉しさを噛みしめている顔にならざるを得ない、《一つの戦いでの勝利》であった。
シアンが名付けるには《退屈と無知との死闘での勝利》だった。
「それにしてもシアン、君はこのまま屋敷に戻るのか?」
「まぁ、ギルドに一旦よってお母様に報告する必要があるけど……ってなに?なんか用事でもあるのか?」
「いや……いい。別に大した用事じゃないんだ。でも、卒業してこれっきりってのは嫌だからな。連絡ぐらいマメにしてくれ」
「あ、それはもちろん。でも幾ら王子様でも、お前も偶になら出てこられるだろう?時々お前からも連絡くれよ?」
「もちろん!私は王位継承序列13位だから、王室でも結構暇なんだ。ちょくちょく屋敷にもよらせて貰うよ」
「でも、前もって連絡ぐらい入れてくれ。僕戦人だから結構遠いところへ仕事に行くこともあるからな」
「了解。じゃ、私はあっちに馬車待たせてるから」
「ああ。またな。ルード」
シアンはまた明日にでも会おう、とでも言うような口調で、走っていくルードヴィアス王子に手を振って見送る。だが、
『でも、シアン様。暫くは王宮と距離をおくつもりでしょう?』
(暫くは、な)
『今のままじゃ飼い殺しに成り兼ねませんからね~』
(でも、ルードに手紙ぐらいは書くよ。折角出来たタメの友人だしな)
『はい、はい。でもそれも国王の企みですよ、きっと』
(分かってる。だが、王様は分かってないよ。僕がそれを知った上でルードと友になったことを。これは後に良い交渉材料になるんだ。全く損にはならないさ)
『本当の事は?』
(ルードがいいやつだから)
『ですよね~でもいい人は苦労するんですよ~色々と』
(まぁ、そうだよな)
その頃、シアンとアンリからこんな評価されているルードヴィアス王子は、馬車に乗り王宮へ向かいながら深いため息をついていた。
(卒業証書もらったら王宮に連れてこいって……はぁ、でももう卒業したんだし、フィア姉様のこんな頼みからも開放されるんだ……)
実は今回だけではなく、フィアは何回もルードに同様の頼みごとをしていた。
王女であるため王宮から滅多に出られないフィアは、何かあればシアンを王宮に連れてこいと口にしていたのだ。だが、ルードはその頼みをその場で断るか、後になってだめだったと、言い訳をしている。
理由はシアンに対するフィアの異常な執着のせいだった。
いい人のルードはそれを察知し、シアンを姉の魔の手から守る努力を人知れず、ずっとしてきていたのだ。
ルードは卒業で接点が薄くなったことで、もうこんな苦労からは開放だと安心している。だが、彼は知らない。
これからが本当の始まりであることを……
十四歳の少女の執着は伊達ではないことを……
アンリの予想通り、まだまだいい人の苦難の日々は続いっていく……
◇
「卒業、ご苦労」
「お母様。そこは《おめでとう》でしょう?」
「いや。仕事を見事にやり遂げたのだ。これであってる」
「ですね。自分でもそれは否定できません」
一刻(2時間)後、
辻馬車に乗ってギルドに到着したシアンは、ヴァノアの執務室でこんな《卒業報告》を行っていた。
どう聞いても親子の会話ではないように聞こえるが、これが二年もの間、定着した二人の通常モードだった。
それに意外にも皆にはこんな会話が微笑ましく見えたりもするようで、偶に「ギルド長もちゃんと親やっているんだな」とか「あの化け物でも親の前では従順なんだな」とか言われたりしている。
だが、あくまでも二人が元々異常だから親子関係の異常さが薄れて見えるだけのことだった。
「で、わざわざギルドに顔を出したのは早速五級の試験の話を聞くためだな、シアン?」
「ええ。そう言う約束でしたからね」
「そうだな。まぁ、五級の試験は通常は戦闘関連の試験をすることになっているが……お前は既に戦闘は問題ないし……」
そんな言葉にシアンは『おお、これはもしや試験パスってこと?』と一瞬思ってしまったが、すぐに続いたヴァノアの言葉でその期待は粉々に砕かれてしまった。
それはヴァノアの通常モードの「親らしくない」言葉だった。
「そうだな。今回は《人殺し》を試験ってことにしよう」
余りにも、親らしくない言葉だった。




