SS 01-04 工房騒動
「ガキは帰れ!」
『なんか久しぶりの反応ですね。シアン様』
(別に好きな反応じゃないけどな)
王都の商業地区の一角にある小さな工房の前。
シアンは心の中で軽くため息をつきながら、目の前の髭面の、と言っても40代ぐらいで若く見える、ドヴェルグに左手を上げて腕輪を見せる。
「戦人ギルドの副ギルド長からの紹介で来ました。ここが武器じゃない鍛冶に関しては王都で一番の実力を持っているそうですね。それで仕事を頼もうと思いましたが……」
「リ、リヒトさんから?それにガキのギルド員って……」
「はい。シアントゥレ・イプシロンといいます」
「す、すまねぇ。ギルド長の息子さんと知らずに……」
「そんなに畏まらないでください。数日前にギルド長の養子になったばかりのただの子供ですから」
「いや。それでも戦争の英雄の息子だ。コケにするわけにはいかん!」
「では、この図面に目を通してもらえるでしょうか?」
シアンは腕輪から自分が書いた図面を取り出し、ドヴェルグに渡した。
「ん?何だ、これ?椅子に……輪っか?」
「はい。車椅子と言います。足が不便な知り合いの為に作りたいのですが、自分で作るには少し機材も技術も足りなくって……」
そう。シアンが今作ろうとしているのはカルーアの為の車椅子だった。
生まれた時出来た障害を治療すると言っても、それは随分後の話になる。だから臨時的にでも自分の言葉が嘘じゃないのを知らせるために、車椅子を作ろうと思ったのだ。だが、それをやるには専門家の力が必要だ。
それにこれにはもう一つの目的がある。
作業過程を見てアンリのスキル作りの足しにすることだ。
だが、普通の車椅子では余り多くの経験値は得られない。だから、シアンが作ろうとして描いた図面は……
「面白い構造してるな……これは魔道具になってるのか……だが、魔石も結構でっかい奴が必要だし、魔石に描き込む術式も並のやつにゃ出来ないんだ。今のウチでは手が負えないな。悪いがこれは……」
「この魔石を使ってください。パルマタロガの魔石です。術式は既に組み込んであります。連結式さえちゃんと組み込むことが出来ればそのまま付けてしまって問題ない筈です」
シアンは腕輪から、拳大の青黒い、宝石の原石のように見える、魔石を取り出しドヴェルグに手渡す。
「こ、これは……」
「戦人ですから、偶然発見しましたので狩りました」
シアンは簡単そうに口にしたが、パルマタロガはそう簡単な相手ではない。
背中を、針で覆われた硬い甲殻をまとった、サイのような外見をしたその魔獣は、単眼クオーレよりは下級だが、防御力だけならクオーレよりも上であるため、狩られた個体は殆ど市場に出まわらない、貴重品扱いされている魔獣だった。
それに術式は基本的に魔法使いの師弟の間に秘匿されて伝わるようなものだ。
魔法の師匠を持たないシアンは当然それを知る余地もないが、術式を盗み分析して改竄までできる、最強の存在がシアンの中にいたお蔭で、この全ての作業を自前でできるようになっていた。
もちろんこれらの仕事を金で換算すれば最低でも小金貨40枚以上、ヘタすれば大金貨でも簡単にてきない仕事だった。
「いや……噂では聞いていたが、さすが英雄の息子になれるだけの実力を備えてるんだな、お坊ちゃんは……」
「そのアダ名はやめてくれるとありがたいんですけど」
「あ、すまん。すまん」
「いいえ。いいです。どうせいつか噂は収まるでしょうし……」
ため息混じりにそう言ってから、シアンは仕事の方に話を戻す。
「で、図面ですけど、何分初めて描いたものですので、ちゃんと僕の考えが伝わってないかもしれません。ですので、出来れば作業してる間、側で見学させて貰っても構いませんか?」
「時間掛かるぞ?最低でも二日は掛かるはずだ」
「問題ありません。3日ぐらいなら時間作れます」
「そ、そうか……まぁ、俺も初めて作るもんだし……いろいろ聞かせてもらった方が仕事が捗るか」
「よろしくお願いします」
「俺はパルメレンってんだ。こっちこそよろしくな!」
そうやって電動式車椅子ではなく、魔動式車椅子の制作が始まることになったのだが……
◇
次の日。
「すまん!!!」
「え?どうしました?」
何か言いづらそうに口篭もるパルメレンだったが、すぐに決心したようにもう一度頭を深く下げてきた。
「坊っちゃん!本当にすまん!魔石を奪われてしまった。金は必ず払う!もう少しだけ時間をくれ!」
「奪われた?!」
「ああ、何処から噂を嗅ぎつけたのか、今日の朝、ラファーイェン伯爵の私兵がやって来て魔石を奪って行きやがった!この端金だけ残して!!」
バルメレンは床で散らばっている大銀貨の何枚かを恨めそうに睨みつける。
「ラファーイェン伯って確か……」
「ここらへんの商家を牛耳ってる貴族だ。一応抵抗はしたが、結果はこのザマだ。本当にすまん!」
なんども申し訳無さそうに頭を下げるバルメレンの両腕には、包帯が幾重にも巻かれていたが、その幾重にも巻かれている包帯すらも防げない血の色がクッキリ染みを作っていた。
どう見ても切り傷から出てきた血の滲みだった。
『シアン様。どうします?貴族相手に喧嘩でも売っちゃいましょうか?』
(ああ、確かにこれはちょっと頭に来るな……)
シアンはアンリと少しの計画は立ててから、パルメレンの屋敷へ早速足を向けた。
自分の物を不当に奪われた恨みと、知り合いを傷つけられた怒りから始まった、少し短絡的と言わざるを得ない行動だったが、シアンにはそれだけで動く理由は十分だった。
もちろん、アンリにはもう一つのもくろみがあった訳だが………
◇
「ラファーイェン伯爵様には会わせて貰えないと?」
「当然だ。何処の誰かも知れないガキを伯爵様に会わせるわけないだろう!」
「シアントゥレ・イプシロン。イプシロン伯爵家の者で、戦人。この腕輪を見れば分かるでしょう?」
「そんなもん!お前がその人を偽っているかもしれないから認めるわけにはいかない!」
こんなやり取りを数分ぐらい続けていると、思った通り伯爵が外に顔を出してきた。
「何事じゃ!!騒々しくて仕事にならんではないか!」
「お、お館様!」
「ラファーイェン伯爵、ですね?」
「お、お、お前は……!?」
どうやら、シアンと面識があったらしくラファーイェン伯爵はシアンを見て顔を引きずらせた。
『やっぱりあの時の人ですね、シアン様。シアン様の貴族審議の場にいた人です』
(お前の記憶力、本当半端ないよな……)
『じゃ、計画通リに行きましょうか?』
(了解)
「伯爵。この屋敷の私兵が僕の魔石を強奪しました」
「な、何を……」
「元はといえば、これは警備隊に連絡した方がいいんでしょうけど、それでは伯爵がお困りになるのではと思って、直接ここへ顔を出しましたが……どうも、だめみたいですね。伯爵にも会わせて貰えず、屋敷の前で邪魔者扱いまでされてる始末ですし。警備隊に連絡して、しかと真犯人を捕まえてその関係者を全て……」
シアンは伯爵ではなく、実行犯だけに罪を問うような話を口にしていく。だが、シアンは伯爵を許すつもりは毛ほどもなかった。
つまり、これはわざと相手に抜け穴を与える芝居だった、のだが……
「わたしはそんなこと知らん!言いがかりではないのか!!」
『おお、シアン様。相手は思ったより小物でしたね。わざと抜け道を用意してあげたのに全否定で自分の墓を掘りました』
「伯爵はこの屋敷とその犯行は関係のないことだと、おっしゃるんですよね?では、陛下にその真偽を確かめていただきましょう。な~に簡単です。子供の僕もやり遂げた貴族審議です。無実な伯爵なら問題ないでしょう」
シアンが貴族審議の事を口にすると、伯爵の慌てっぷりが一層激しいものになってきた。
「ま、ま、待つのだ。シアントゥレ殿。一体わたしになんの恨みがあって……」
「恨みはありませんよ。ただ、僕が狩ってきた魔獣の魔石を奪われて、その犯人を捕まえて、魔石を取り戻したいだけです」
「だ、だが、この屋敷は、わたしは関係のないことだ。だから他を当たって……」
「そうですか?本当ですね?では僕がこの屋敷を直接調べても問題ないんですよね?」
「そ、それは……」
「だめならば、僕は疑うまでです。証人もいますし、貴族審議の許可までは問題なく取れるでしょうから」
「わ、分かった!調べて見なさい!ただし、わたしも仕事がある身だ。半刻内には出ていってくれ!」
思い切ったように捜索の許可を出す伯爵。
だが、これで勝敗は決した。
許可が降りた直後、シアンはストーカーの発動して魔石の移動経路を簡単にわりだしたのだ。
予想通り魔石は屋敷の本館に向けてその痕跡が続いている。つまり、伯爵は黒だったわけだ。
シアンは「ありがとう御座います。では行きましょうか」と言って堂々と中に入って行く。伯爵も渋々とその後に続いた。
だが、まるで最初から分かっていたようにシアンが本館へ向かうと、伯爵の顔がみるみる暗くなって行く。
時々「まず、あっちから」とか、「散らかってるから」とかでシアンを他に誘導しようとしていたが、シアンには全然通じなかった。
そして、
真っ直ぐ魔石の方へ移動したシアンは執務室の机の上にある小さな箱の前に立って死刑宣告を言い渡す。
「伯爵。この箱を開けてください」
「……小僧……なにが望みだ?」
もう、諦めているのか伯爵が口調を変え、シアンの目的を聞いてきた。
「さっき言いましたよね?犯人を捕まえて、自分の物を取り戻すと」
「ならば、持っていけ!その中にあるのがお前が探していた魔石だ!」
「おや、もう一度言わないとだめですか?『犯人を捕まえて』とも言ってたでしょう?」
「まさが、わざとわたしを捕まえる為に……」
(一体どんな被害妄想してんだ?)
「順序が逆でしょう。あなたが僕の物を奪った。だから罪を問う。違いますか?」
そこで伯爵は脅すように血走った目でシアンを睨んできた。
「この屋敷から出られると思うのか?」
「この前見ましたでしょう?この屋敷ぐらい一瞬で制圧出来ますよ?試して見ます?」
「……じゃ、わたしは本当に貴族審議に……」
(怒ったり、落ち込んだり、忙しい人だな……)
『シアン様。ここで提案ですが』
(ん?なに?)
そこでアンリはもう一つの計画をシアンに教える。そしてシアンはそれを採用することにした。
◇
二日後、無事車椅子が完成して、それを持って大使館に来たシアンは、カルーアに車椅子の試運転をさせながら、制作過程の経緯を教えていた。
「それで、その伯爵は……」
「ああ、自分の手で、犯行を自白する書類を書いて判子も押してもらったよ。僕の頼みを《三回》《何でも》聞いてくれることで、その書類を返すと言う約束だ」
「本当いやなガキだよ。お前は」
呆れたようにカルーアがため息をつく。
「でも、まぁ、一生の間、三回全部使い切るつもりはないな」
「うわ。マジ?それはイジメだろう?」
「当然だ。僕は僕に喧嘩を売ってきた人間を簡単に許すつもりはない。それはあんたも同じだよ?」
「お、俺になにさせるつもりだ?」
「まぁ、それは……今は教えないよ。それも罰の一部だから甘んじて不安がっていてくれ」
「こんな物までくれておいて、貰った瞬間のありがたみを返せ、この野郎!」
カルーアが車椅子をグルっと回転させてシアンを攻撃する。だが、シアンはヒョイッとそれを避けると、そのまま走って大使館の外に向けて走りだした。
「まずは、体を正常に戻してからだよ!後にちゃんとこき使ってやるから!」
そう言い残して走って行くシアンを見ながら、カルーアは何故か大笑いしまった。
「ぷはははは!!それは罰じゃなくって、褒美だぞ!こんな俺の体を直して仕事までさせてくれるってことじゃんか!!クククッ……まじ、嫌なやつだよ、お前は」
『シアン様。それにしても今回は色々美味しいトラブルでしたね?』
(さぁな)
『だって、公爵から車椅子の代金も貰いましたし、スキルも大分上がりましたし、伯爵を手駒に出来ましたし、カルーアさんの好感度も上がりましたし……』
(最後のやつはない!)
『はい、はい。そう言うオチにしておきましょう』




