SS 01-03 肉食の月
「な~フィアよ。これで何人目だ?」
「十八人目ですよ。お父様」
「自慢じゃないんだ。少しはすまなそうな顔ぐらいしなさい」
「なにも間違ったことはしてないんですもの。そんな顔する理由がありません。お父様」
シアンが屋敷でプレリアを見送っていた頃、
王宮の庭で問題児で有名なフィアローナ王女と、父親としてはあまり立派ではない国王が父娘の会話をしていた。
話題はフィアの魔法講義の先生のことだった。
なまじ才能があるため、魔導学園初等部を優秀な成績で卒業し、再来年高等部に入る予定(因みに中等部はない)になっているフィアであったため、その時までに少しでも腕を伸ばしてあげたい親心が実を結ばないところか、悪い噂まで立てられている始末。
マキアデオスは自分が欲張り過ぎたのではないかと心配になって、こんな父娘の会話の場を用意したのだ。
プレリアの頼みで、たった一日先生をやったシアン以外、全ての宮廷魔道士が二時間も保たずに匙を投げてしまっている為、魔導庁からはフィアの教育係のことを《地獄送り》と呼び避けるようにまでなっていることを考えれば、心配にならないのがむしろおかしい状況だ。
何故地獄かというと、
「フィア。魔法は嫌いか?」
「好きです。とっても」
「なら何故魔道士たちを毎回苛めるのだ?」
「イジメたわけではありません。質問をしただけです」
「ではなぜ、「なぜ」しか言わないのか、教えてくれぬか?」
「それが問題でしたの?ではこれからは「どうして」とか「どんな原理で」と言葉を変えて聞きます。これなら問題ないのでしょう?」
「いや……別に変わってないように聞こえるが……」
シアンに「魔道士と少し仲違い」とだけ説明した裏には「質問攻め・《何故》ヴァージョン」という事実があったのだ。
「フィア。実はな、今日魔導庁の庁長がお前のことを諦めさせてくれと泣きついてきてたぞ」
「わたくしは構いません。代わりにシアンを呼んでください」
「シアンは今月末からお前の後輩になるんだ。だから講義には来てもらえん」
「なら問題ありませんね。シアンなら入学直後でも卒業試験ぐらい簡単に合格できるはずですから」
「いや。私はあやつをルードヴィアスの友人にしようと思っておる。だから卒業は二年後だ」
「じゃ、二年後に学びます。シアンに」
「なぜそこまであやつに拘るのだ?」
「彼だけがわたくしの「なぜ」に答えてくれていたからです」
そこでマキアデオスの顔が一瞬、父親の顔から国王の顔に変わる。
「あやつに何を聞いたのだ?」
「《何故》炎は燃えるのかを聞きました」
「答えは?」
「『高い熱がある物は内部の活動が活発になる、その逆もまた然り、内部の活動が活発になっている物は高い熱を持っている。そしてその熱が物の耐え得る限界値を超えると燃える』と言っておりました」
「同じ質問を魔道士たちにも?」
「しましたが、一番マシな答えが『熱くなりすぎると燃えるのが自然の摂理』でした」
シアンが教えたのは分子の活動と熱の関係を、分子抜きで説明しただけのものだったが、この世界には摂理の概念はあっても粒子関連の概念は希薄だ。顕微鏡はあるが精々120倍ぐらい拡大できるだけで、到底分子まで観察できるレベルではない。
分子、いや仮想の粒子関連の理論もあるにはあるが拙いものだけで、仮説の域を出ないものばかりだ。
そんなことをシアンが当然のように話していたのだ。
『内部の活動が熱と関係が有る』と。
八歳の子供が思いつきで言えるようなことではない。
だが、マキアデオスは理解していた、世の中には化け物と呼ぶべき人間がいるものだと。
それは手なずけられるシロモノではないと。
だから、化け物の感情の中に入る必要があるのだと。
そんな考えから、二年もの時間を費やしてルードヴィアスと友人になれるように仕向けていたのだが……
「な、フィアよ」
「はい。お父様」
「シアンがそんなに気に入ったのか?」
「はい。彼は面白いです」
「そっか、面白いか……」
マキアデオスはそこでニヤリと楽しそうに笑った後、フィアに直接的に聞いた。
「お前もシアンの友になってみるか?」
もちろん、マキアデオスが考えていたのは「友」ではなく「嫁」、つまり結婚相手のことだった。今は幼い二人だから友人でいいと思っただけ、だったが……思わぬフィアの返事がマキアデオスを驚かせた。
「友人はいやです。彼は必ずわたくしのものにします」
たった十二歳でしかない娘が話す言葉とは思えないその「肉食系女子の言葉」に一瞬驚いたマキアデオスは「くははは」と豪快に笑った後、
「そうか、ものにするのか?わかった。やってみなさい、フィア!父はお前を応援しておるぞ!」
と言ってフィアの両脇を抱えて空高く持ち上げた。
それを聞いたフィアは綺麗に口元を釣り上げ三日月のような笑みを浮かべる。
偶然ではあったが、空にはその笑みととても似た白い月が薄っすらと輝いていた。




