SS 01-01 金髪の悪魔
戦は嫌いだ。
戦のせいで家族も部落の皆も亡くして一人になった少女は、毎日のように、いや考える暇ができたら常にその一言だけを繰り返し、繰り返し頭の中で唱えていた。
だが、彼女を拾って育ててくれてたのは戦人で、彼女も強くなるために一日も欠かさず訓練を繰り返し、16歳の時自分も戦人になった。
エルフという種族特性上、人間とは違いまだ少女とも呼べない程、幼い彼女が血腥い世を自分の足で歩き始めたのだ。
彼女、ヴァノア・イプシロンはそこから自分の伝説を作り初めていった。
◇
大陸間戦争。
それは、ラザンカローから東の海を超えたところにある、ライル大陸の唯一の大国、ライル帝国がラザンカローを侵攻したことから始まった、史上初の世界戦規模の戦争だった。
12国が参戦し、死亡者推定20万人と言う最悪の結果を残したその戦争は戦後、多くの国の形を変えさせ、歴史も文化も多く後退する結果をもたらした。
侵略国であるライル帝国は、戦後三分割され、ビードライル、クーライル、サードライルの三つの王国に分裂され、最初に侵略を受けたラザンカロー王国は戦時中二人の国王を失い、東の海に面した海上都市の幾つかを回復不能になるまで破壊された。
そんな戦争が終わりに迎え走っていた頃、戦場では一曲の歌が軍人の口を伝って広まっていた。
それはとても残酷で、とても人の神経を逆なでする、悪魔の話でも語ったような歌だった。
「金色の風が吹く日は、死者の宴が始まる。
両腕を砕かれ、両足を切られ、
目ん玉を抜かれ、耳をちぎられ、
全身を焼かれ、心臓を突かれ、
呼吸を忘れた死者たちが
一人一人集まり、踊りだす」
だが、この歌が不吉に思われるのは、歌う人間が殺されると言うジンクスがその歌に付きまとっていたからだった。
それは戦場の軍人だけの話ではない。
思わず、その歌を歌ってしまったせいで、恐怖に振るえていた占領軍である、ライル王国軍の軍人に子供が殺されることも少なくなかったのだ。
《明日もまた誰かがこの歌のせいで殺されるだろう》
そんな迷信は戦争の間、波のように広がり続ける。
その歌の主人公がその波のことを耳にするのも、そう時間はかからなかった。
「隊長。もう勝敗はほぼ決まりましたでしょう?すぐ終戦しますから、ここまで殲滅戦に力入れなくってもいいんじゃないですか?」
「私が血に酔ったとも言いたいのかな?君は」
「違いますよ!私はただ……」
「冗談だよ。歌のことだろう?曲名が確か、《金髪の悪魔》だっけ?私も悪名を上げてしまったものだね……」
「な、なんでそんなに平気なんですか!?自分が悪魔呼ばわりされてるんですよ?敵からだけじゃなく味方にまで!」
「別に構わないよ。私は戦人だ。戦をすれば誰かが死ぬ。そんな戦をする人間は誰かを喪った人たちから怖がれ、憎まれるのが自然だと思うんだ」
「自虐趣味でもあるんですか?俺らは侵略者から国を守っているんですよ!?それは名誉であって、非難されるものではありません!」
馬に跨がり殲滅戦の為に敵の退路と予測される地点に向けて進軍していたヴァノアに、副官の戦人は何故か顔を赤く上気させながらそんなことを口にする。
だが、ヴァノアはその言葉に少し眉をしかめ、副官を睨んで静かに口を開いた。
「愛国心で戦争をするなよ。戦争時の愛国心というのは上のものが民に戦争をやらかす為に使う詭弁だ。私は国の為ではなく、戦争が目の前にあるから戦っているんだ」
そして、子供の頃から何時も唱えていたあのことを口にした。
「私は戦が嫌いだ。だから戦う」
金髪の悪魔と呼ばれながらも、中身は少しも変わってない彼女は、戦で死んでいく人を見ていつも傷ついていた。
それは味方だけのことではない。敵に対しても同じだった。
なんの覚悟もなく戦場に駆り出された少年兵たちを、自分の手で殺しながらも何時も、何時も、自分の心を削っていたのだ。
だが、だからこそ、彼女は戦っていた。
戦が嫌いな自分だからこそ、戦場で生きる意味があるのだと。
そうやって戦に身を任せ、死んでいこう、と。
それから彼女は、大陸間戦争が終わった後も戦場を駆け回り続け、後に戦人ギルドのトップにまで登っていった。
だが、何時までも変わらない戦が嫌いな彼女の心は、次第に戦争を起こす権力者たちに対する憎しみに変わっていた。
そして、組織の長である彼女の影響は自然にギルドの性格として定着され、貴族とギルドとの対立構図が作り上がる。
それでも戦争の火花は場所と時間とは関係なく打ち上げられ続けた。
今回の戦争はバッシュマン王国からだった。
今回も彼女は自分の仕事を全うし、戦争を早期終結に導いてみせた。
しかし、終わりのない戦いに少しばっかり、ほんの少しばかり彼女は疲れていた。
だから、人攫いの知らせを聞いて気晴らしでも、と思って、一足先に戦場を離脱して王都まで戻ってきたのだ。
そして、王都に戻った彼女は幼いころの自分を連想させる一人の少年に出会った。
自分と同じ、自分の弱さに対する悔しさと、強さに対する強欲さを宿した目を持つ少年を……
数日後、彼女はその少年を、一生自分と縁がないと思っていた、家族として迎えることにした。
色んな状況的押しがあったとしても誰も考えつかない、そう自分すらも考えてから決めたわけではない、その決定は彼女の未来を変えることになった。
《金髪の悪魔》から、《英雄の慈母》へ……
だが、それはもう少し未来の話……




