第三十三話 これまでのこと、これからのこと
数日後、
ライラ殺人事件の捜査は何の進展もないまま、結局、似顔絵が描かれてない手配書に王国とギルドの連名で大金貨20枚という懸賞金が掛けられて、王都のあっちこっちに張られることで本格的な調査は一段落することになった。
だが、懸賞金が大きかった為か、次々と偽の犯人が通報されてくるようになり警備隊は千客万来状態。
通報者と偽犯人の関係は様々だが、主に金に困った貧民が自分の家族を食わせるため、家族に通報させるケースが多かった。それと主従関係、もしくは借金返済の為にそこの駆けつけたこともあったので、警備隊は思わぬ混乱に陥ってしまった。
結局、犯人以外には知らないであろう殺人方法を証言させるなどで確認を取り、偽の犯人だと判明された時には罰金刑を科せることで、何とか混乱を収めることができた。
そして、《ラ・ギルルスの剣》のことはいつも通り、緘口令が敷かれ、それに関する全ての情報は王族と一部、中央の人間だけの物になった。事件の張本人であるシアンもカルーアを除く、他の人の事は知らされていないことを見ると、かなり強く規制されているとみてまちがいないだろう。
カルーアのことは数日間の取り調べの後に、半年間の間、王宮から監視兼護衛の為近衛隊の人間が付くことになり、公爵の方もそれを受け入れた。
少し残念な点は、専属で付き添うようになったのがあの、騎士見習いのリエラさん(馬鹿娘)だったことだけ。
それを知った時、「これは誰を不憫に思えばいいのか分からない」とシアンは口にしていた。
プレリアは今回の成果より失態の部分を大きく見られ宰相から辞任することになった、と世間にはしられているが、正確には自分で退任を申し出て国王がそれを受け入れたのが正しい。
ただ、それにはもう少し裏があった。
宰相の席を外れたプレリアが新しく就いた席が外交官だったのだ。
これにはプレリアと国王両方の意志が込められていた。つまり、国際関係上で《ラ・ギルルスの剣》の痕跡を見つけることがプレリアの主な任務になる。
個人的理由と能力的理由がこれほどあっているポストはいなかったのであろう。
そしてシアンは貴族院で登録をすませ、正式に《シアントゥレ・イプシロン》になった。
既にライラ殺人事件の次の日にはヴァノアの屋敷に引っ越して、慣れない貴族としての生活は始まっている為、登録の時シアンの感想はただ「面倒だ」という一言だけだった。
アンリが態々少女の姿になってその場に立ち会い祝ってくれたから、何とか事なきを得たが、永遠のように続く王国貴族の歴史と栄光の瞬間などの話は、本当に人を眠り殺せると言って過言ではないものだった。
そうやってシアンは名実共に貴族にはなったのだが、生活自体はむしろ、やっと戦人として活動出来るようになっていた。
戦人として登録して間もない時から色んな事件に巻き込まれたせいで、まともな活動が出来なかったシアンは、結局国王からの依頼一つだけで八級まで上がってしまっていた。(大金の依頼だったせいで、ギルドへの上納金も大きくなりそれに対する貢献度としてランクがアップした。)
そして今日も何時もと同じく八級の掲示板の前で仕事を選んでいたシアンだったが……
「よ~!元気そうじゃないか、お坊っちゃん!」
近づいて来たポロスがシアンの背中を叩き、元気な声でシアンをからかった。
「何ですか?ポロスさん。そのお坊っちゃんて?」
背中のことは勿論痛かったがシアンは何時もの事なので痛みを我慢して、聞きなれない称号のことを質問した。
「え?お前知らなかったのか?最近のお前のあだ名だぞ。ウチのギルドの頭の養子だからお坊ちゃんだそうだ。少しぐらい噂に興味持て。戦人は戦うのが仕事だから情報も大事なんだぞ?」
「いやあ~。最近は依頼をこなすだけでも楽しくって、回りに目が向かなかったんですよ。でもそうですね。精進します。師匠」
「あ!俺をそう呼ぶなと言っただろうが!そのまま仕返しとは、マジ性格悪いな、お前。」
「悪くありませんよ。心が水のように清らかなだけです。だから相手の姿がそのまま映されてしまうんですね~ああ~いやだ。人付き合いには気をつけないといけませんね」
何分付き合いが長い相手だからなのか、シアンの冗談に遠慮が全くない。
「う~。気持ち悪ぃ~。俺、お前のそれだけは死んでも慣れる気しねぇわ。」
「なら、僕を弄るのはやめてくださいね。僕は自分での弄るは好きでも逆は好きじゃないんですよ?」
「ったく。くえねぇな、やっぱ。でもこのやり取りも暫くはお預けか……」
「ポロスさん。何処か行くんですか?」
なにか思わせぶりなその言葉にシアンは少し心配そうな顔で訳を聞く。するとポロスは、
「あ、いや。俺じゃなくお前……あ、いや。それはババアに聞けよ。俺は何も知らないぞ!」
慌てながらそう言い残してギルドから逃げるように出て行ってしまった。
(アンリ。何だと思う?)
『私にも何がなんだか……』
(行ってみるしかないか……)
ヴァノアに対するポロスの反応が変なのは何時ものことだけど、《行くのはポロスではなくシアン》という言葉はどうしても流すことが出来なかったシアンは、依頼探しを一旦諦めて、ヴァノアの執務室へ足を運んだ。
幸い他の来客もなかったので、シアンは直ぐ執務室に通された。
「ギルドマスター。聞きたいことが有るのですが」
「職場だからと呼び方を変えなくっていい」
「ではお母様。僕は何処かに行くのでしょうか?」
「ああ。学校だ」
「え?学校、ですか?」
シアンは思わず顔を思いっきり顰めてしまった。前世の学校では悪い記憶しかなかったから当然と言えば当然だったが、それだけではない。
この世界の学校とは基本、貴族の学校だ。平民の為の学校はない。
つまりヴァノアはシアンに、貴族の要塞に単独で攻め込め、と指示を出しているのだ。
「仕事の方は……」
「学校に通ってる間はランクは凍結させる」
「拒否権は……」
「ない。これも依頼だ」
「え?依頼ですって?」
「そう。国王陛下からの依頼だ。拘束期限は二年。ルードヴィアス王子のクラスメートで二年間過ごせば、お前は晴れて五級の試験を受けることが出来る」
「お、王子のクラスメートォ!?なら僕が行くという学校って……」
ルードヴィアス王子はシアンと同じ歳。
だが、王子が行く学校は貴族の学校ではない。むしろそこと比べたら貴族の学校の方がシアンには天国に近い。
無闇にプライドが高く、無闇に高圧的なその学校は……
「そう。お前は今月末から二年間、国立魔導学園初等部に通う。これは決定事項だ」
国立魔導学園。
国内の魔法才能を持つ人材を集めて、無料で教育して(教育という名のエリート意識を脳に刻み込ませて)、国の為に働く優秀な人材(言いなりに動いてくれる優秀な手駒)を育てあげる為の教育機関だ。
シアンは始めて本気で、依頼を出した国王と、その依頼を受けたヴァノアを恨んだ。
「依頼の内容は王子に付き纏う虫の駆除。王子はお前より考えは幼いが中々聡明なお方だ。有象無象たちなんかに流されたりはしないだろうが、もしもの時はお前がその虫を何とかしろ。学則に沿った形なら何しても構わん。私が許す。それと私からの助言だ。中で友人は作るな。お前の力は見せずに、中で盗める技術だけ全部盗んで来い。以上だ」
有無を言わさない口調でヴァノアは判決文でも読んでいるかのように仕事の内容を話する。
それは、シアンにまるで死刑宣告のように聞こえた。
そうやって、シアンの学園での二年が始まった。
そして、卒業後、シアンはその二年を「一生で一番つまらない二年間だった」と口にするようになった。
だた、それには何時も一つだけ、「友人一人を得たことを除けば」という後付けがついていたが……
※これで一章は終わりです。
次回からは、何話かSSを投稿した後に、二章に突入します。
誤解が生じないように先に言っておきますが、「学園編」ではありません。
話の始まりはシアンの卒業の時から始まります。
つまり「十歳編」です。
次の投稿から始まるSSも、その後の二章の方も、どうかよろしくお願いします。




