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第三十話 襲撃者。

 《ライラ・ログヴィス》は諜報員、つまりスパイである。


 幼い頃から厳しい訓練を受け、戦闘、追跡、潜入、偽装工作のスペシャリストになり、4年前に固定スパイとしてラザンカロー王国へ潜入した彼女は、《ライラ・シャフトン》という名前でギルドの職員として仮面生活を始めた。

 彼女はその後、本国の勝利を手助けすると言う思いで、様々な情報を集め本国、バッシュマン王国へ送り続けた。

 しかし、三年半前勃発した戦争は、半年でラザンカローの勝利で終わってしまい、本国からの連絡も支援も完全に絶たれてしまう。

 

 だが一年前、一つの転機が彼女の元を訪ねてきた。

 それは本国で自分の担当教官だった《ボヤン・タピアス》が戦人に偽装して、ライラとの連絡係(ハンドラー)として王都まで来たことだった

 

 久しぶりに再会したボヤンの話は纏めてみればこうだった。

 「戦争は終わってない。本国は今厳しい状況に置かれているが、再戦の機会を伺い様々な準備をしている。だから、ライラもそれを手伝い祖国の未来の為に献身せよ!」


 しかし、ライラは二年の間変わっていた。

 支援もなく連絡もない二年の間、お金の厳しさを肌で感じながら一人で頑張ってきたライラは、祖国の未来より自分の未来が大事になっていたのだ。

 そんなライラの変貌っぷりに驚きながらも、ボヤンは笑いながらその変貌を受入れ、金を持ってライラを利用し始めた。


 彼女から金で情報を買い、この前はシアンを嵌めるための襲撃事件も金を以ってやらせた。

 シアンの時は丁度シアンのせいで金欠状態になったライラはノリノリでその仕事をこなし、纏まった金も手に入れた。

 だから、懐が温かいライラにとって、今回のような仕事は元はといえばお断りのはずだった。


 だが、大金貨100枚という大金は、余りにも魅力的だった。

 それに今回はシアンを嵌める時と違い、わざと姿を現す必要もなく、大使館内部いるターゲットを三人か四人殺せばいいだけの、間者向けの仕事だったのがライラの尻を軽くしていた。




 「それにしてもボヤンさん。最近本国の命令って殺しが多いですね」

 「今回の仕事が成功すれば、モラークとラザンカローの間に国際問題が起こる。そのいざこざは我が祖国が国力を蓄えられる時間稼ぎと資金稼ぎの機会を齎す。だから、失敗は許されん」

 

 夜陰が都市を包んでから間もない時刻、ライラはボヤンと共に大使館内部は潜入していた。

 警備が私邸の方に集まっていた為、その他の警備状況が手薄になっていて、二人は最初のターゲットである公爵を殺し警備の目を本館の方に向かわせるという計画で、本館の屋根の上まで移動していた。


 最初のターゲットである公爵と補佐官は今、ライラ達がいる屋根の真下にある執務室で何らかの話し合いをしている。

 それを確認したボヤンは、ライラに執務室の隣の部屋の窓から中に侵入し、執務室の扉の方から仕掛けるように指示をだす。ボヤンはライラと同じタイミングで窓の方から攻撃を掛けるとの話だった。


 指示通り隣の部屋に侵入したライラはまず周りの人影を確認する。

 (よっし。この部屋には誰もいない。匂いは……執務室に二人……、廊下にも誰も……って誰か階段から上がってきている。どうする?やっちゃうか、少し待つか……ん?この匂いは……シアントゥレ!?)


 ライラは私邸の方にいるはずのシアンがここにいることに驚き、扉の側に体を密着させて外の音に耳を傾けた。


 耳に聴こえる足音はシアントゥレ一人のものだけ。

 そして、その音は階段を上がり直ぐに執務室の方に移動したので、ライラも静かに場所を移し執務室の壁の方に耳を密着させた。

 幸いそこまで厚い壁ではなかったので、微かに人の音が聞こえてきた。


 『……連れて王宮の方に……ます』

 『いきなりなに言ってるのだ!まだ王宮からは何の連絡もっ……』

 『ここに敵がやってくる可能性があるからです。どうかご許可を……』

 『……警備のものがいるではないか!』

 『……どうしてもっておっしゃるなら諦めますが。敵は狡猾です。最大限の注意が必要だと思われます』

 『王宮から連絡が来るまでは最大限の注意を払う!だから、今日はこのまま待っていなさい!』

 『はい。分かりました。では』


 話はそれまでで、会話を終えたシアンは直ぐ執務室を出て階段を降りて行く。

 ライラは胸を撫で下ろしながら覆面に覆われている顔に薄い笑みを浮かべた。


 (ふぅ。緊張した~。でもいいこと聞かせて貰ったわ。つまり生きているかどうか分からなかった獲物、カール坊が生きていたってことだよね。でも私達が来るのを既に察知していた?一体なにものなのよ。あの坊やは!)

 

 どうせ今日は死んでもらうんだし別にいっか、と雑念を一気に取り払ったライラは廊下に人の気配がないのを確認してから、こっそり扉を開き廊下に出て、隣の執務室の前まで足音一つ建てないままゆっくりと進んでいく。


 (私が扉を開けると同時にボヤンさんが窓から入る。だから一人で突っ走る必要はない。まずは視線だけ引き付ければいい。なら、コレが一番速いよね!)


 ライラは懐からなにかの包を取り出し、ドアノブに紐でくぐりつける。

 そしてその上に指を当て「【ファイア】」と静かに呟いてから、素早くドアから少し離れた壁に身をくっつけた。


 『ドン!!!』


 という大きな音と共にドアノブが弾け飛びドアが半壊する。

 どうやら包の中身は爆薬の類だったようだ。


 その後、素早く短剣を取り出し執務室の中へ飛び込んだライラは、そこで理解出来ない状況に直面してしまった。

 

 「な、なんで部屋の中にもう一つ部屋があるのよ!!!」


 そう。扉を破って入った執務室の中には、無骨な土色にできているもう一つの部屋がライラを待っていたのだ。

 そのもう一つの部屋の壁に罅が入り、まるで扉のように開いていく。

 そして中から、ここにいるはずのない人間の声が聞こえてきた。


 「お久しぶり……ってほどじゃないですよね。ライラさん」

 「シ、シアントゥレ!!何故!?あんたはさっき!?」


 あまりの驚きに覆面をしている自分の正体がばれたのにも拘わらず、ライラは自分の疑問を優先してしまう。だが、驚くことはそれで終わりではなかった。


 シアンが「まだ驚くのは早いですよ。これは何でしょう、か?」と言いながら少し横に移動すると、灰色の部屋の中に綺羅びやかな服を着ている一躯の死体と、ボロ雑巾のように気絶しているボヤンの首筋に剣を当てている、官服を着ているカイゼル髭の人が見えてきたのだ。

 

 「ボ、ボヤンさん……」

 「詰みですね~ライラさん~」


 驚きの余りぼんやりしているライラに、シアンはからかうような話を口にしながら楽しそうに笑ってみせる。


 ライラにはそれが悪魔の微笑みにみえていた。




 ◇




 時は少しさかのぼり、ライラがボヤンと共に敷地内に侵入して本館へ移動中だった頃、シアンはアンリの知らせによって侵入者が二人いることに気がついていた。


 (つまり、ライラさんが間者で、もう一人の間者と共にここに侵入しているってことだな?)

 『はい。その通りです』

 (でも、なんでここじゃなく本館の方に移動しているんだ?狙うのはカルーアさんだろう?)

 『多分、情報を知っている、もしくは知っていそうな人間を殺す為でしょうね。公爵なら知っているのは当然ですし、今は私邸の方に警備が集中していますから、その目を本館に向けさせることも計画しているかもしれません』

 (じゃ……どうするか。こっちから打って出るか?)

 『それがいいでしょう。公爵に死なれるのは問題になるでしょうから』

 (二人か……どれだけ強いんだろう……でも今はやらないとだめだな……どうせ《赤の剣》の連中じゃないだろうし……)

 

 シアンがそう予想した理由は簡単だ。

 《赤の剣》の中には瞬間移動が出来る人がいる。その人がもし暗殺をするとしたら、それは赤子の手を捻るより簡単だ。

 なのに深夜でもない時間に間者をここに送り出したのは、瞬間移動に何らかの制約がある、もしくは他に瞬間移動が出来ない理由があるとみて間違いない。

 他の《赤の剣》の可能性はあるが、やっぱり低い確率だ。

 瞬間移動ができる人間が何人もいる筈もなく、この近くにそんな人材がいたなら、間者など使う必要自体なかったはずだからだ。


 そう言う理由で《赤の剣》が直接出向くことはないだろうと踏んだシアンは、直ぐに行動に移ることにした。


 「お、考え事は終わったか?」

 「終わったよ。今からお前を連れて本館に行く」

 「な?一体何考えてるんだ?」

 「襲撃者が来た。僕はそいつらを捕まえに行く。だからお前にも来て貰うんだ。護衛の僕がお前を置いていくわけには行かないからな」

 「襲撃者!?本館?まさかオヤジを殺すためか!?」

 「そうだ。だから今直ぐ移動する。手遅れになる前に動くぞ。少しの不便は我慢しろよ!」

 「な!?お、おい!」


 シアンはそう言ってカルーアの体の下に両手を入れてそのまま持ち上げた。所謂、『姫さま抱っこ』というやつだった。

 そしてシアンはそのまま窓の方へ向かいカルーアの足を利用して窓を押し開けてる。

 「おい、まさか!?」

 驚いて首にしがみつくカルーアに「舌噛むなよ!」と短く警告して窓を飛び越えたシアンは、風の魔法を利用して地上へ軟着陸する。


 そして、足が地に付くと共に本館に向けて走りだした。

 

 多少不格好な形で小さな少年に抱かれていたカルーアが見たシアンの横顔には、何故か腹黒い笑みが浮かんでいた。


 

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