第三話 出会い。
「ぐぅぅううぅ~~」
力強いシアンの宣言は、空気を読むことが出来ない胃袋によって雰囲気を壊された。
《『空腹で活動エネルギーが不足しています。飲食物の摂取か酸素供給による脂肪分解を推薦します』》
アンリはもっと空気を読んでいない助言をしていた。
「な、アンリ。これからは緊急時じゃない場合、僕が話しかけるまで助言は控えてくれるか?」
(この調子だと、なんだかカロリーとか色々うるさく言われそうだ。そんなことされたら食事がまずくなってしょうがない……)
《『分かりました。健康管理のことは緊急を要する時だけを除きシアン様の自律に任せることにします』》
「とは言ってもな~。もう昨日は水だけで固形物はなんにも食ってないんだよな。どうするか……」
全てを手に入れるという盛大な目標の前に、飯の種という緊急を要する案件が今の状況では解決する見込みがない。
幾ら前世の知識が戻っても、チート能力を持っていても5歳の子供に出来ることは少なく、食料を手に入れる方法は殆どない。
物資が全国から集まる王都だといっても今は戦時中。人々は不安に身を潜め食料を貯めこみ、自分の身内だけに気を掛けるだけも一杯一杯な状態だ。
当然、そんな状況下で難民への視線は決して穏やかなものではない。実際シアンも捨てられた物を探して歩きまわることすらも目の敵にされ、石まで投げられて、下水道まで追いやられている。
《『シアン様。1つ提案してもよろしいでしょうか』》
幾ら頭を回しても見つからない答えに悩まされている主を見かねてか、アンリが提案の許可を求めて来る。
シアンも出来る事ならコレぐらい自分でやりたいと思って少し悩んだが、結局アンリも自分の能力だからと割切り提案を聞くことにした。
《『まずは、今から私がマップにマークする物を集めてください』》
指示の従い幾つかの物を集める。
《『シアン様。この図面通りに物を作ってください』》
「え?コレは……まさか?」
《『はい。スリングショットです』》
そう。アンリが目の前に出したのは簡単なスリングショットの作り方。
要するにアンリはシアンにこのスリングショットで狩りをしろと言っているのだ。
確かに王都でも鳥などは結構いる。ソレを狩ることが出来れば十分な栄養源になるはずだ。シアンはそれに気づきすっと笑みを浮かべた。
(特殊な事をしなくっても役に立つんだな。アンリの奴)
前世でネットで一度見ただけのスリングショットの構造を分析し、横目で一度見ただけの材料のことを覚え、ソレを利用して作ることを考えついた。そんなアンリ発想力は異常と言えるほど特殊極まりないものだが、魔法とかの手軽なやり方を期待していたシアンは全くその特殊性に気づかないまま、スリングショットを作り王都内を飛び回る鳥を狩っていく。
最初は慣れないことで何羽か取り逃がしたが、王都の中には生ごみを漁る、烏のような鳥がワンサカいた為、1時間もしない内に5羽の、この世界では地球の烏のように位置づけされる白と黒の羽を持つ【ロギット鳥】を狩ることが出来た。
《『スリングショットの熟練度が上がりました』》
《『スキル【射撃】を習得しました』》
「こんな感じで上がるのか……。思ったより早いかも。でも、油断は禁物だな。スリングショットが慣れやすいだけの可能性もあるし」
「おい。ちび。その鳥狩ったのお前か?」
スキルの習得の知らせを聞きながらロキット鳥を調理できる場所を探し歩いていると、後ろから野太い男の声が聞こえてきた。
シアンが後を振り向くとそこには軽装だが丈夫そうに見える鎧姿をした20代ぐらいの男の人が怪訝そうな顔をしているのが見える。
一瞬物盗りかも知れないと思い体を緊張させていたシアンだったが、胸元にある8つの星が描かれた盾の紋章を見て少し緊張を解いた。
「ロキット鳥を狩っても不法じゃないんですよね、衛兵さん?」
盾の紋章は軍人を、8つの星は王都所属であることを示す。
今は戦時で、殆どの兵力は前線に出ているため、こんな紋章を持って王都を歩いている人は衛兵だけになる。シアンはそう考えて聞いて見ると男は後ろ頭を掻きながら、困ったような表情を作った。
「法の問題じゃなくってだな。ロキット鳥なんてどうやって……じゃない。お前、難民だろう?配給が足りなかったのか?そんなまずい鳥まで狩って」
「そんなもん大人達に奪われたんですよ」
「そらぁ……。うちの不手際、だな。上に報告しなきゃだめか。悪いな、ちび」
「別にいいですよ。貴方のミスじゃないんですし」
「それにしてもすごいな。ロキット鳥を5羽も……。その腰に下げてる変テコなやつで狩ったのか?」
「ええ。まぁ」
「ちび。歳は?」
「五歳ですけど……」
「そっか。その歳でちゃんと受け答えもできるんだな。頭もいいし、顔も悪くない……」
《『シアン様。相手の筋肉の緊張度が上がりました。目の前にいる人は敵である可能性があります。戦闘か回避の用意をしてください。』》
感心したように微笑む衛兵の答えの直後、アンリの警告が聞こえる。
(戦闘って、俺の二倍以上大きい人だぞ!逃げるに決まってる!でも一体何なんだ!?)
アンリの警告に戸惑いながらも出来るだけそれを表に出さないまま、シアンは何時でも逃げられるように少し後ろに踵の方向を変えておく。
「衛兵さん。そろそろ飯にしたいので帰りますね」
「ちょっと待った。お前腹減ってるだろう?俺と来ないか?そんなまずいロキット鳥より上手いもん食わせてやるぞ。」
急いで帰ろうとしているシアンを見て少し慌てるように口を走らせる衛兵。だが、かえってそれがシアンとアンリの疑いを確信に変えた。
(こいつ、人攫いだ!)
《『その可能性が一番高いと思います』》
判断が下されたのなら次は行動のみ。シアンはわざと何も分からない振りをしながら手を振りながら衛兵から逃げ始める。
「いいですよ!僕はロキット鳥大好きですから!じゃ!」
「あ!このガキ!!逃げんじゃねぇ!!」
だが、衛兵も決して上手くない小芝居を見抜かない馬鹿じゃない。即座に怒鳴りながら、シアンの後を追って来る。
(くっそ。幾ら戦時中といえ衛兵が人攫いなんてするのかよ。治安が悪いにも程があるぞ!)
必死で王都の街並みを走る。しかし、時間が早すぎたせいか助けを求める人ひとり見つからない。
結局、数十メートルも進むことも出来ずに、シアンは衛兵に捕まってしまう。
歩幅の違いと、早く走るための筋肉もまともについてないシアンには逃げ切ることは出来なかったのだ。
「この野郎!大人しくしやがれ!!」
「放せ!!放せよ!!!誰か!助けて!!」
「うるせぇっ!!騒ぐな!!」
丸で猫でも掴んだようにシアンの後首を片手で掴んで持ち上げた衛兵は宙吊りにされて叫びを上げるシアンの口を残った手で塞いだ。
(クッソォ。折角、新しい人生を楽しめると思ったのに、一日もしないままコレじゃあんまりだろうが!)
シアンは悔しさに目に涙をためながら必死で藻掻き続ける。
《『シアン様。敵のステータスの計算が一部完了しました。口を塞いでいる左親指の関節に異常が見られます。最大の力でそれを捻ってください』》
天の声のようにアンリの声がシアンの涙腺を止める。全ての考えを停止してシアンはその言葉に従い、両手いっぱいに力を入れ思いっきり衛兵の指関節を捻り潰した。
「ックアアァァ!!!!!」
関節が潰された痛みで手を放してしまう衛兵から自由になったシアンは地面に着地した途端走りだす為に足に力を入れる。だが、痛みに苦しみながらも衛兵はシアンの背中を足で蹴り逃走を防ぐ。そして地面に倒れたシアンの背中に片足を乗せると、自分が計画したシアンの待つ未来を狂ったように吐き出した。
「こんガキ!顔も頭もいいみたいだからちょっと高く売ってやろうと思ったが、てめぇはだめだ。たっぷり痛めつけて売淫窟に捨て値で売り捌いてやる!男のガキが好みな変人共も結構いるから精々媚び売って長く生き延びてみろや!!」
だが、絶望的ともいえる自分の未来図を聞かされながらも、シアンは地面に踏みつけられた状態で視線を一点に固定させていた。
その目に絶望の色は微塵も映っていない。
「おお~こんな朝っぱらから人攫いかな?それも首都警備を担当する衛兵が犯人だとは~私の運も捨てたものじゃないな~」
呑気な口調でありながら透き通ったその声の持ち主は、軍服に似ているが何処の所属か分かるような紋章などが1つも付けられてない服を着たすらりとした女性で、腰に下げた細いレイピアに手を置きゆっくり近づいて来ていた。
「……ヴぁ、ヴァノア……なぜ、貴女が……貴女は戦場にいた筈……」
「だって。戦争がほぼ終わったからつまらなくなったんだよ。だから先に戻っただけ」
「お、終わった…?」
女性が近づくに連れ、腰が抜けたように少しずつ下がる衛兵。
背中に乗っていた足がなくなったお陰で、シアンは体の自由を取り戻すことが出来たけど、うつ伏せたまま首だけ上げて女性の方を見る。
戦争が終わったという言葉が出ていたがシアンにはそれより目の前の女性のことが気になっていた。
プラチナ・ブロンドの髪に人間とは思えないような美貌、全てを見通すような緑の瞳、そして尖った耳を持つ、ヴァノアと呼ばれたその【エルフ族】の女性は口元を釣り上げると、腰に下げていたレイピアをゆっくりと抜き衛兵に向けながら実に楽しそうに魅惑的な声で囁いた。
「だからね。少しは楽しませてくれよ。西区警備隊の衛兵君」