第二十九話 二振りの剣。
その後、カールが起きるのを待ったシアンとプレリアは公爵にことの顛末を粗方説明し、プレリアは国王の処に報告に行き、シアンはそのまま大使館に残った。
もしもの襲撃に備えて、私邸の警備を増やして貰いシアンは臨時でカールの近接警護を務まるようになった。
「で、もう一息付けたし、話して貰おうか、カルーアさん?」
「俺をその名前で呼ぶなよ。チビ」
シアンは公爵から聞いたカールの本名をからかうように口にする。
どうやら子供の頃から、すこし性同一性にすこし問題があったためそのまま息子として生きてきたらしかった。
それに驚くことにまだ17歳。犯罪組織を始めてから二年以上経ったことを考えると15歳でよくそこまで出来るな、とシアンは考えてしまった。
「チビに助けられておいてありがとうも言えない人間がよく言うよな。カルーアさん?」
「だから、その名前で呼ぶなよ!」
ベッドの上で顔を赤らめて叫びつつけるカール、改カルーアの側にある椅子に座ってからかっていたシアンは、怒る力があれば少しぐらい話し合いができるだろうと真剣な顔で質問を始めた。
「で、どうなんだ?僕を嵌めた奴の情報知ってるんだろう?やっぱりバッシュマン王国の間者か?」
「へぇ、やっぱりお前ただの子供じゃねぇな。そこまで気付いていたのか……」
「普通の子供だったらそんな嵌められ方しなかったろうな」
「そう、だな。でもそれじゃまだ半分ってとこだな」
「半分?」
「そう。またその裏があるってことだよ」
なにげに自慢顔を満面に作りながらカルーアが話を始めようとすると、シアンはその顔が気に入らなかったのか先に口を開いた。
「バッシュマン王国内部で《ラ・ギルルスの剣》が裏で操っていたことだろう?」
勿論アンリさん情報だった。
「はぁ、お前一体なにもんだ?八歳って嘘だろう?」
「嘘じゃないよ。ただちょっと変わった子供だ。化け物呼ばわりしてるぐらい、な」
またこのネタか、と思って溜息混じりにそう答えるシアンを、まるで探るような目でカルーアはもう一枚のカードを引く。
「じゃあ、これも知ってるのか?《ラ・ギルルスの剣》は二振りあるってこと」
「ん?どういう意味だ?」
「やっぱりこれは内部情報だから知らなかったんだな。やっと一本取ったって感じだぜ」
「ご託はいいから、早く言えよ」
少し険悪な目つきでシアンが話を急がせると、カルーアは二本の指を突きつけてニッコリと笑った。
「大金貨20枚。これでも安いよ。他じゃ手に入らない情報だから」
「あ、そう。分かった。僕は帰らせて貰うわ。正直護衛なんて性に合わなかったんだ。後のことは他の人達に任せて僕はカールがカルーアさんだって情報でも売って上手いもんでも食べようかな~」
「いや、冗談、冗談だよ!!本当に可愛げないガキだな……」
シアンは自分を弄ろうとしたカルーアにお返しとして、自分の実年齢に合う口調でもう一度話をせがんでやった。
「わ~い。聞かせてくれるんだ~お姉ちゃん?早く早く~」
「うわぁ~!!話す!話すから!それやめろ!今までより1000倍気持ち悪いから!」
「早く言わないと、またやるよ、僕」
「はい。すみません。もう勘弁して下さい」
そうやって始まった組織の話は少し、いやかなりシアンの表情を歪ませるものだった。
まず、組織の構成についてだ。
《ラ・ギルルスの剣》は赤の剣と白の剣という二つの組織に分かれている。
《白の剣》は謂わば潜入組。
様々な場所に潜入し、色んな役割をするために作られた組織だ。
比較的自由で、時々指令を受けてそれをこなす。それで、組織本部から金銭的だけじゃなく、他にも色んな利益、もしくは利権を貰ったりする。
つまり、カルーアは《白の剣》の司祭ってことだ。
逆に《赤の剣》は使徒がなく全て司祭級以上に構成された、戦闘組だ。
いや、戦争組の方が正しいのかも知れない。
《赤の剣》の仕事は戦争に関する全ての事。
それには国家間の紛争を焚きつけるなどの下準備が含まれている。
つまり、三年半前の戦争が《赤の剣》の仕業だったってことになる。
だが、《赤の剣》の驚異的な面はそれだけではない。人数は少ないが全て人外と言っていいほどの力を持っているのだ。カルーアの話によれば、剣技、魔法だけじゃなく、地球式に言えば超能力のような力を持っている人もいるらしかった。
カルーアが最初に入教する時、カルーアを訪ねてきた《赤の剣》の司祭は、瞬間移動を使っていたそうだった。
この世界に転移魔法はあるが、ゲートを作らない瞬間移動はない。その転移魔法すらもエルフ族のほんの一握りの人間しか知らない秘伝中の秘伝だ。つまり、転移魔法ではなく瞬間移動の特殊能力であると推定される、とのことだった。
その次は入教に関してだった。
入教は基本《司教》が目を付けた人間を、司祭が訪ねてその意志を聞くことから始まる。
そして『闘争こそが神の意志』と言う、唯一の教理と共に、一度入教すると出口は死のみ、と聞かされ、それに頷くと短い魔法の儀式をして、入教を認められ使徒となる。
その後、指令を20回こなすことで司祭になるが、やることは使徒の時と別段変わらなかったそうだ。
シアンはそれを聞いて、その儀式の時がカルーアにラインが繋がった時だと推測したが、それにはまだ確証がないため口にはしなかった。
だが、アンリによれば、儀式がラインを付ける最適のタイミングであり、そうすることで《ネットワーク形式の組織運営》が可能であるとの話だった。
シアンはアンリの予想を聞いて思わず溜息を吐いてしまう。
(ってことは、赤が白を支配している形、と見ていいんだな?)
『そう見て間違いないでしょう』
(それを役割が違う二つの剣だと吹き込むのが奴等の支配方法ってことか……そうすることで自分たちは戦争のことだけに集中出来て、あらゆる下ごしらえは白の連中に任せることが出来る。頭が良すぎる戦争崇拝者なんだな)
戦争崇拝者と言う《ラ・ギルルスの剣》の新しい定義を付けたシアンは話を元の間者の話に戻す。
「聞かせてくれてありがとう。でも、まだ大事なことを聞いてなかったな。僕を嵌めた実行犯。間者のことだ。誰か知っているんだろう?」
「……女、獣人族、背丈はお前より少し大きいぐらい、短剣を二本使ってる。顔も居場所も分からない。鼻が効きすぎたから、追跡も失敗。それが全部だぞ」
「なんだ、それ。結局大したこと知らなかったじゃん」
「赤の剣だぞ。簡単に見つかる訳がねぇって」
シアンのブーイングに、文句を垂らすカルーアの代わりに、アンリがカルーアから聞いた情報を元に、ちゃんと役立つ話を聞かせてくれる。
『この都市内でシアン様とすれ違った人間の内、外見だけで確認しました。該当する人物は13人いますね。でも、その中でシアン様の顔なじみは……一人だけいます』
(え?いたの?知り合いにそんな人……)
『いますよ。それに……』
アンリが話を濁すとシアンの目の前に普段は消してあるミニマップが浮かび上がった。何故か屋敷の中で赤い点が一つマーキングされていた。
(なんだ!?)
『どうやらその人。ここに侵入しているみたいですよ』
(え?マジ?僕の知り合いが僕を嵌めたってこと!?一体誰なんだよ!?)
『ギルド職員のライラさんです』




