第二十八話 わずかな真実。
「オヤジはやっぱり俺を見捨てたのだな」
「見捨てたなど!公爵は貴方のことを思って、私達をあなたに会わせたんですよ!」
「別にどうでもいいさ。これで堂々と死ねるからな」
「な!?」
自虐的なカールの話に絶句するプレリア。だが、シアンはなんとなくカールの気持ちが分かってきた。
状況は違うけど、自分も前世で同じ考え方をしたことがあったからだ。
その原因は《無力感》だ。
シアンが前世で感じていた虐待と変わらない現状に対する無力感と、障害を持って生まれて自分の力じゃ何も出来ないという無力感は、原因と程度は違うかも知れないが同類のものであることは間違いない。故にシアンはカールのその言葉が理解できていた。
「貴方は何を言っているんですか!?どうしてそんな簡単に死ぬなど!」
「人間はどうせ死ぬんだ。俺は失敗を犯した。だから組織に殺される。これは最初に組織から力を貰った時から決まっていたことだよ。その覚悟もなく色々やらかしたりはしないよ」
「貴方……」
「違うな」
そう、今は違う。
シアンは前世と違い、アンリと開かれてはいないが、閉ざされてもいない未知の未来が待っている。だから、
シアンはこんなことを口にするカールを同情してはだめだと思った。
「それは覚悟じゃない。ただの諦めだ」
「なに?」
「シアンさん!?」
だから、教えてやろうと思った、自分があの時、余命のことを聞かされた時、どれだけ泣いて、どれだけ喜んだのかを。
そして教えてやろうと思った。生まれ変わった時、まだ生きていると感じた時、アンリのことも知らなかったのにも拘わらず、まだ生きていることに思わず、ほんの僅かだが、《感謝》してしまったことを。
「今、力を貰ったって言ったな、あんた。どうせフレッシュゴーレム技術のことだろうけど、それで組織を自分の恩人なのだと勘違いしているかも知れないけど。それは違うぞ」
「お前に何がわかる!」
「そうだ、分からねぇよ。だがな、これだけは言える。俺は戦争孤児だ。家族もないし親戚もない。あんたみたいな連中に捕まって売り飛ばされる寸前まで行った。だから言えるんだよ。ないものは自分の手で勝ち取るものだと、な」
「ガキが苦労自慢かよ!」
「違う!未来自慢だ!俺は必ずのし上がる!力も付ける!智恵も付ける!知識も付ける!そのついでにあんたの体を治す力も身に付けてやる!」
「な!?」
「医術も治癒魔法も結局は人間が発達させてきたものだ。俺がその中の一人になれないことはない。もう一つの自慢だが俺は天才だ。時には化け物呼ばわりもするぐらいの天才だ。出来ないとは思ってない!」
勢いに任せ、ガンガン自分の思ったことを口にしていくシアンを見て、プレリアは少し唖然としたが、直ぐシアンがした話がカールを十分に揺さぶったことに気付きその隙を突くことにした。
「カールさん。組織のことを教えて下さい。出来る事なら可能な限り力を尽くします!それがきっと貴方を助けることになる筈です!」
「助ける?俺を?……馬鹿か、お前ら。どうせ俺は死罪だ。組織に殺されなくっても死ぬんだぞ!」
「死にません。《ラ・ギルルスの剣》のような大手組織の情報を持っている人を無闇に殺す国はありません。我が国も同じです」
「でも、組織の目を欺けることはできないんだぞ」
「それは……」
「じゃ、俺は死ぬだけだ。組織の制裁は徹底しているからな」
今まで一人残らず正体がばれた組織員は殺されている。それはどうしても覆せない事実だった。それに関してはなにも約束することができない。それを言ってしまったら嘘になってしまう。それがプレリアの口を閉じさせた。
そこでシアンが代わりに質問を始めた。
「制裁方法は?毒殺、直接殺害、それ以外にあるのか?僕が聞いたのはそれだけだが……」
「方法は幾らでもあるさ。毒殺と直接殺害は一種の見せしめだ。本当に殺すだけなら遠くからでも一瞬で殺せると聞いている」
「遠く?魔法か、狙撃……」
それを聞いて、シアンは色々考えを巡らせてみた。だが、遠距離で人を殺す方法なんて限られている。
(狙撃銃でもない限り射程は長くっても500メートル未満。なら魔法と見て間違いないか……)
『シアン様。ただの脅しの可能性も捨て切れませんよ』
(それはないと思う。あんな高性能のフレッシュゴーレムを遠隔で操縦する技術を持っている連中だ。遠隔で殺す術を持っているとしても不思議じゃないだろう。)
考えに深けているシアンと何も喋らないプレリアを見たカールは、深い溜息を吐いた後、今度は完全に諦めがついたよう苦笑いを浮かべる。
「あ~あ。もういい。全部喋ってから楽に死ぬ。そう決めた。俺の代わりにオヤジにすまないと伝えてくれ。組織が殺しにくるのが今すぐってわけじゃないだろうし、せめてもの手向けだ」
「カールさん!」
声を荒げてカールを呼ぶプレリア。だが、それに被せるようにシアンの声が続いた。
「ちょっと待った。僕にあんたの体調べさせてくれないか?」
「え?シアンさん?」
「プレリアさん。おかしいと思わないですか?今まで正体がばれた組織の人間が殆ど3日もしない内に殺されてます。それはあらゆる処に組織の目と耳があるってことでしょう。でも、余りに早すぎます。情報を知った後、それを実行するための計画と実行する人間の手配、それをやるには時間と金、人材が必要な筈です。全ての場所に、全ての状況に適した人物が直ぐそこにいる可能性なんて、ほぼゼロだと思いませんか?」
「それは……」
「それと俺の体を調べるのがどう関係してるんだ?」
シアンは怪訝そうな顔をしている二人に自分が纏めたことを聞かせ始める。それは問答形式の一種の確認作業だった。
「あんた、フレッシュゴーレムを操っていた時、細い魔法の線を使って魔力を供給していたんだろう?遠隔で操作する時、あんたどうしてたんだ?」
「状況が不利になれば接続を切れ、とか。誰かに付けて情報を集めて来い、とか。こんな簡単な命令を幾つか出して送り出す。それ以外には殆ど自律活動して、時々俺に情報を送ってくるんだ」
「情報伝達手段は?」
「魔力線からの意識伝達……」
「「それだ(です)!!」」
シアンとプレリアの声が重なる。
プレリアも漸くシアンの考えがわかったようだった。
つまり、シアンが考えたのは、フレッシュゴーレムと同じことを、カール自身もされていた可能性だった。
それなら話は簡単だ。シアンは何の前触れもなく「じっとしてろよ!」と言って風の束縛魔法【ウィンドバインド】でカールの首の下だけを囲い魔力が漏れる隙を塞いで、アンリに頭部の魔力変動を探ってもらった。すると、
『シアン様。発見しました!』
(でかした!色付けしてくれ!すぐ切るぞ!)
シアンの予想通リなら、リンクを辿るのは危険だ。向こうから何かを送り込む可能性がある。
だが、既にそれは遅かったようだった。
「くぅがあはぁああ!!!!」
「!?」
いきなりカールが自分の胸を鷲掴みにして苦しみだす。
それを見たシアンが素早く魔力線を切ったが、既に意識を失ったカールは口元から血を流しながらベッドに倒れてしまった。
『シアン様!心臓が止まりました!』
「まさか!もう……」
「いや。まだだ!」
シアンはそう叫びながら絶望しているプレリアの言葉を遮ってベッドの上に飛び上がり、カールの服を開けた。
「!?これは!?」
驚くことにカールには少し低いが男に有るまじき胸の膨らみがあった。だが、そんなことにかまっている暇はない。
シアンは急いで両手に電撃の魔法を纏わせた。
(アンリ!細かい調整は任せた!)
『あ!はい!』
「シアンさん!一体何を!?」
「まだ、生き返らせます!!」
「!??」
シアンがやろうとしているのは除細動だ。
前世の会社で安全教育を受けた時、簡単な説明を聞いたことがあるだけだが、アンリならその記憶を引き出せると思ったからの賭けだった。
『はい!いけます!三の合図に今色つける場所に両手を当ててください!』
(いち、にっ、さん!!)
合図にあわせて心臓を対角に包むように手を当てる。すると『パチッ』という音もなくカールの体が一回だけ激しく跳ねた。
『まだ戻りません!』
(もう一回だ!いち、にっ、さん!!)
もう一度激しく揺れるカールの体。
『戻りました!!』
(うっし。呼吸は?)
『まだです!人工呼吸が必要です!』
アンリのそんな叫びを聞いてシアンは一瞬動きを止める。だが、息を吹き返らせるためには必要な処置なのは間違いない。そこでシアンは地球では出来ない、もっと効率的な方法を使用してカールの息を吹き返らせた。
そして損傷を受けているかも知れない内臓を回復させるために急いで治癒の魔法を掛けた後、シアンは漸く荒れた呼吸を落ち着かせることが出来た。
『ああ~やっぱりウブですね~シアン様。そこは風の魔法じゃなくマウス・トゥ・マウスでしょうに……』
(僕はどこぞのラブコメの主人公か!?)
さっきの慌てぶりとは打って変わった、ボケと突っ込みだった。




