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第二十七話 交渉。


 カイゼル髭のラングレン公爵はああ言っていたが、シアンはそれが嘘だと分かっていた。

 だが、この場でそれを口にするということは許されない。それは身分だけの問題ではなく、国際問題に成り兼ねないからだ。


 だが、プレリアはそんな公爵の言葉は聞かなかったかのように、挨拶から話を始めた。

 「ご無沙汰しております。半年前になりますか、奥方の葬式以来ですね。元気そうでないよりです」

 「帰れと言っておる!」

 公爵の方も引く気はないようだ。


 だが、プレリアはまるで公爵の言葉が耳にはいらないように次々に話を進めて、噛み合わない会話が続いていった。

 「ラングレン公爵。ご令息は息災ですか?」

 「わたしの言うことが聞けないのか!?」

 「招かれざる客ですが、そこまで声を上げる必要はないと思いますが?」

 「犯人は私だ!逃げも隠れもせぬ!!だから帰れ!!」


 漸く会話が繋がったが、公爵は自分の言葉を覆さないまま、声は段々大きなものになっていく。しかしそこでプレリアは声を低くして公爵を睨み込んで、一発目の勝負に出た。


 「何時までそんな話をしてらっしゃるおつもりですか?ご令息、死にますよ」

 「な、なに!?」

 「ご令息が所属している《ラ・ギルルスの剣》は正体がばれれば口封じの為、直ぐに制裁を下します。こうしている間にも時間が過ぎていきますよ、公爵」

 まるで全てを知っているかのような口振りだった。


 プレリアは実際この部屋に入る前までは、シアンに連れられて走り回っていただけだった。だが、その過程で得た色んな情報がラングレン公爵と対面した瞬間、全て頭の中で繋がり犯人の確信が終わっていた。


 鍵になったのは、シアンが指さした私邸と公爵の自白発言だったが、その裏にある色んな情報が絡みあって可能になった推理だった。


 まずは、公爵の異常な行動から見ると《息子を守る父親》、それ以上も以下ではない。だが、この行動には理由がある。

 ラングレン公爵はこの国に来る前、二人の息子と側室を流行病で亡くし、正室とも半年前に持病で死別している。

 その上一人だけ残っている息子は難産の末に生まれた影響で両足と左腕を使えず、ずっと部屋に篭もりっきり。


 自然に公爵の家族への愛情はそのヒキコモリの息子だけのものになった。

 シアンが指定した場所と公爵の行動を見ると、犯人は公爵の息子以外ありえないは当然だ。

 だが、プレリアはもっと他の事柄からそれを裏付ける情報まで統合して自分の推理をもっと硬くしていた。


 一つ目は、一年半前の事件の際、亡命を計らった貴族の滞在先が公爵の元領地であったこと。

 もう一つは、公爵の赴任が一年前であったこと。

 最後が、昨晩の尋問結果、例の商人が不法奴隷商と絡み始めたのが、丁度その時からであったことだ。


 因みに不法奴隷商の一番の敵は警備隊ではなく、戦人ギルドだ。

 不法奴隷商のネグラは一般的に都市ではなく辺境に設けられる。そして辺境は戦人の領域と言って過言ではない。

 そんな不法組織にとってはこの国のように活動の幅が広く強いギルドは目障りこの上ない存在になる。

 都市内にネグラを張ったのも都市内ではギルドより警備隊の活動が上になる場合が多いから、それが原因だと推測出来る。

 尚、戦争は奴隷商にとっては正念場だ。戦争が起きれば幾らでも敵国から奴隷を捕まえることが出来る。


 こうやって、公爵の息子を事件の重心に置くことで、全ての行動の裏付けが取れた。


 それを一瞬に終わらせ、プレリアは公爵との交渉を始めたのだ。


 「……何を言っている?《ラ・ギルルスの剣》だと?カールが、わたしの息子がその組織員だと言うのか!?」

 高位の貴族なだけあって、秘密にされている裏組織のことは耳に入れてあったようだが、どうやら自分の息子が絡んだ事件がそんな裏組織の件だということまでは知らなかったらしく、確認を取るようにもう一度プレリアに聞き返してきた。


 「はい。ご令息が操っていたフレッシュゴーレムの口からハッキリの聞きました。自分は《ラ・ギルルスの司祭》だと」

 「し、司祭!?」

 「随分前から組織の中で活動していたでしょう。少なくとも一年半以上前からなのは確かです」

 

 プレリアはそこまで言って一旦話を止め、公爵が直接質問して来るのを待つことにした。公爵の衝撃を受けている顔を見る限り、少し情報を飲み込む時間が必要だと思ったからだった。

 

 「じゃ……本当にカールは、あの組織に……」


 公爵は毒でも飲み込むような顔でその事実を口にしていく。やがて状況が頭だけでなんとか理解出来るようになった公爵は、すこし震える声でプレリアに聞いてきた。


 「倅をなんとか守れるすべは……?」

 「申し訳ございませんが、その組織のせいで我が国の者も多数命を亡くしてますので、それは厳しいのではないかと……」

 「そう……か。ならもう帰ってはくれぬか。これからカールを守る方法を考えねば……国王にはわたしからちゃんとした書状を……」

 「公爵。私達とご令息と会わせて頂けないでしょうか」

 「会わす?逮捕ではなく?」

 

 自分の言葉を切って頼みを口にしたプレリアを見て、公爵はキョトンとした顔で質問を返す。

 プレリアは静かだがはっきりした声で、結果として来るであろうメリットもデメリットも含めた真摯な頼みを公爵に伝えていった。その声は慈しむように部屋の中にいる皆を包み込んできた。


 「逃亡の恐れはないと考えておりますので、無理やり逮捕はしません。ただ、陛下への報告後にどうなるかまでは確答できませんが、私からも陛下に寛大なる処分を、とお願い申し上げましょう。それとちゃんとした話し合いが出来るならばきっとそれがご令息の命を救う手立てを探す手がかりになる筈です。ですので、是非とも、是非ともお願いします!」

 「……」


 お願いしますの言葉と共にプレリアが頭を下げる。シアンもそれに続いて頭を下げた。


 (アンリ。この人……すごいな)

 『はい。交渉は相手を欺くことが全てではないのは分かっていましたが、ここまで正直な交渉があるとは、勉強になります』

 (そうだな。宰相という席が謀略だけで動く場所じゃないってこと、なのかもな)

 

 アンリはシアンの言葉に元気よく『はい!そうですね!』と答える。そこには、この前までの為政者に対するシアンの偏った考え方が少し変わったことへの喜びが込められていた。

 

シアンが頭を下げた状態でアンリと話をしている間、真摯なプレリアの話に漸く感情が動いた公爵は力のない声で口を開いた。


 「カールの、息子のことをよろしく頼みます。宰相殿」

 「はい。全力を尽くします。公爵」



 ◇



 漸く許可を貰ってシアンとプレリアは公爵の私邸の中にある、一室まで案内された。

 その部屋はシアンが今まで見たどの部屋より綺羅びやかな装飾が施された部屋だった。だが、その綺羅びやかさとは余りにも似合わない部屋の主が、ベッドの上で座り、シアンたちを怯えが篭った灰色の瞳で睨んでいた。

 歳は二十歳ぐらいだろうか、だが白い肌と痩せた体つきのせいで、もっと歳を取っているようにも見えた。


 「はじめまして、ではありませんね。カール・ラングレン殿」

 「はじめまして、にはしてくれないんだな。やっぱり」

 「しません。それが事態を好転させるとは思ってないですから」

 


 そうやって犯人、の本体との面会が始まった。


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